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<大人の童話>それが森にないならば。

ここは北国のとある森の中。
ここに織りなすのはこの森にまつわるストーリー。
物語の中には、大人のあなたが忘れてしまった何かがきっと落ちている。

題名 それが森にないならば。


がおお。
今日も山登りの人間を驚かせてリュックサックをいただいた。お目当てはこれだ。茶色くて甘くて口の中でとろけるチョコレート。森にあるどんぐりよりも、ベリーの実よりも、栗よりもずっと美味しいチョコレート。

俺は最近チョコレートに夢中なのだ。

友達はみんな俺のことを「情けない」と言う。
クマは森の生き物だ。森に感謝して森にある食べ物を食べるのがクマの正しい道。人間のものを奪って食べるなんて恥さらしだ、と。ましてやバカみたいに甘いチョコレートに夢中になるなんて、あいつは舌が死んでいるねとまで言われた。

だけど俺はやめられない。

だいいち、チョコレートはバカみたいに甘くなんかない。カカオの香ばしい風味が香る繊細な食べ物だ。それにいろんな味があるのだ。ミルクチョコレート、ヘーゼルナッツ入りのチョコレート、ホワイトチョコレート・・・。みんなにバカにされても絶対に嫌いになんかなれない。
だけど森にチョコレートはない。だから仕方なく人間を驚かせて頂戴しているのだ。本当はそんなことしたくないけど・・・。

ある日、森にえらい大学の先生が森へ来た。
なんでもクマの生態が専門だそうだ。
どうやら街では俺がリュックサックを奪うことが噂になっているらしい。怖くて森へ入れないので、なんとかしようと先生を呼んだみたいだ。

先生はリュックサックをいくつか置いていった。
ノートとペンが入っているもの、りんごが入っているもの、お弁当が入っているもの・・・あったあった!チョコレートが入っているもの。
俺は遠くからでもチョコレート入りのリュックサックがわかる。他のリュックサックには目もくれずチョコレート入りのリュックサックを丁寧に開けて(ビリビリに破けてしまったが)チョコレートを頂いた。

先生は俺がチョコレートが好きなことに気がついたみたいだ。
それ以降、山登りの人もキャンプをする人も、森に入る人はみんなチョコレートを持って来なくなった。

俺は落ち込んだ。
もちろん人間を襲うことはしなくなった。だってチョコレートを持っていないから。悲しくて立つこともできない。それからというもの、やりたいことがないから寝てばかりいた。


しばらくして先生がまた森に来た。元気のない俺を見て、「これではいかん!」と叫んだ。「クマがやりたいことを無くしたら、クマのいいところがなくなってしまう」と言って焦った。

それから先生は森の木の実を取ってきてくれたり、相撲をしようと誘ってくれたり、俺にクマらしいことをさせようとした。
だけど俺はチョコレートにしか興味はない。相変わらず呆けた顔で寝てばかりいた。
ある日もう我慢の限界で「俺はチョコレートが食べたいんだ。そのためだったらなんだってできるけど、他のことはやりたくないんだ!クマ扱いはやめてくれ!」と叫んだ。

先生は悲しそうな顔をして街へ戻った。もうしばらく会っていない。


1年以上の月日が流れて、俺が毎晩チョコレートの夢を見て、どんなチョコレートがあったらいいだろうかと妄想に明け暮れている頃、また先生がやってきた。
「君に適任の仕事を用意した。一緒に街へ行こう。」と言った。
その提案に驚いて、しどろもどろ「クマは街へはいけない」と断った。
だけど先生はキッパリと「クマ扱いはやめてくれと言ったのは君だ。森を出るんだ。」と言う。
俺は迷った。だけど森ではバカにされているし大好きなチョコレートもない。
俺は決心した。
自分はクマだけど、この森で生まれたけど、俺の欲しいものは森にはない。
振り返らずに俺は森を出た。


先生は街にチョコレート工場を作っていた。「クマのチョコレート研究所」と入り口に書かれている。「今日から君はここの研究所長だ!」と先生は笑った。

俺はチョコレートの研究に夢中になった。
ずっと頭で思い描いてきたレシピを次々に試してたくさんのチョコレートを作った。
もちろんチョコレートをたくさん食べた。
夢に見た甘くとろけるチョコレートに囲まれた日々がここにはあった。

「クマのチョコレート研究所」は街でたいへんな人気を博した。
とても香りが良くて、甘さも上品でおいしいと評判になった。
俺は「クマ」ではなく「チョコレート博士」と呼ばれた。
友達もできた。先生だ。


森の暮らしも悪くなかったが、チョコレートに囲まれた暮らしはもっといい。チョコレートが好きだという気持ちが俺の人生の道標。この日々はきっと、好きなものをずっと忘れずに生きてきたご褒美だ。

おしまい


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