バラを売る人/バラを作る人
現在職場ではバラが満開です。
先日は80歳代くらいの男性のお客様がご来店下さり、奥様へバラを贈りたいとご相談されました。
奥様はバラがお好きで丹念に手入れもされていたのだそう。それが数年前に大病をされ、その後庭が荒れてしまったのを悲しんでおられるとの事でした。
それを何とかしたいとご主人様がご来店なさったわけですが、その方は今後は奥様と一緒にバラを育てたいと、店内のバラについて多くの質問を下さいました。
私がお勧めしたのはロサオリエンティスというブランドの中から、サマルカンドとロクサーヌというバラでした。
二つとも耐病性が高く、これまでとは違い消毒の手間は年に2〜3回程度。もしかすると、もっと少なくても良いかもしれません。また、コンパクトに育てる事も可能なバラです。
お客様のお庭の様子を伺うと、バラ栽培に適した環境である事も分かり、この品種ならばお二人で充分に楽しみながらバラを愛でて頂けるのでは?と感じたのでした。
そして検討の結果ロクサーヌをお買い求めになり、そのバラを大事そうに抱え帰っていかれました。
「僕はね、花なら切り花で充分と思っていたのですよ。家内もそれで満足していると思っていたのだけれど、そうじゃなかった。リハビリにと娘が持って来たビオラを、不自由な手で時間を掛けて鉢に植え終えた時の表情は、昔に戻ったかの様でした。」
店を出る時に仰った話です。奥様の喜ぶお顔を想いながらバラを選ぶ御主人様こそとても嬉しそうで幸せそうに見えました。
これまでの私は、大量に抱えた在庫バラを如何にして健康に保つか、秋に開花させる為に猛暑をどうやって乗り切らせるか、一つでも多くのバラを売り在庫数を減らす事。
この内容が頭を占めていました。
けれどもこのお客様を接客した事で、消費者としての自分を思い出す事となりました。私がバラを選ぶ時、何を想いそれを迎え入れようとしていたのか、また、バラを育種する人(品種改良をし、世に出す仕事)の想いを、初めて考えてみたのです。
バラの世界では今、耐病性というキーワードが当たり前となっています。昔の様に美しさのみが重視された時代は終り、美しく更に病気に強い、というバラが求められています。
これに関しては様々な意見があるようで、育種家の中には、手を掛けなければ育たない昔ながらの品種保存も大切。としている人もいます。
実際にその様な品種を好まれるお客様もいらっしゃるわけで、そんな様々な考えや想いを多様性と捉えるならば、品種改良とは多様性によって生まれた必然と考えても良いのかもしれません。
今回お客様にお勧めしたロサオリエンティスシリーズのバラは、ローズクリエーターの木村卓功さんが何年も掛けて品種改良されたバラシリーズで、木村さんが目指したのは、バラ栽培のハードルを下げる事でした。
草花を育てる様にバラを育てる。
これを目標に育種を続け、それは現実となりました。
バラを育てた事のある方ならば、それがどれ程凄い事なのかを理解出来ると思います。特にブルー系のバラは昔から手の掛かるバラの代表で、耐病性が低く樹勢も弱い品種が多くあります。
樹勢が弱ければ黒星病等で失った葉の回復も遅く、健全な葉を保つ為の消毒は欠かせません。月に何度も消毒をし、日陰には弱く陽当りを必要としながらも、低温期や日陰の時に青味が増すという、そこまでして青バラが必要なのか?と、何度も思ったほどでした。
けれども実際に青味掛かったブルーグレーのバラを見ると、それは神々しさを宿した神秘的な花姿なのです。ゾッとする様な美しさを宿しているのです。
一例で言うと、河本純子さんの作った「ガブリエル」が有名です。こちらは育ち方に癖のあるバラで、バラ栽培上級者のバラと言われてきましたが、最近では手の掛からない青系バラも次々に発表されるに至りました。
SF作家ジュール・ベルヌが言った「人間が想像出来る事は、人間は必ず実現出来る」
その言葉そのままの世界がバラ界にもあったわけです。
新品種を世に出しても、それが残るかどうかの選抜はお客様が決める。受け入れられず、ひっそりと消えて行くバラもあると思うが、バラの最終選抜はそれで良いと思う。
そんな事を木村卓功さんは話されていました。厳しい世界ではありますが、とても夢のある世界だなぁと、思うようにもなりました。
そんな育種家の夢が詰まったバラたちをお客様の元へ手渡して行く。
私もその夢のバトンを受け継ぎバラと、お客様と向き合いたいと思えるようになりました。
バラを好きで良かったなぁと、今更ながらに思うのでした。
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