「投銭」の意味を設定する


note文化の一つと言ってもいい「投銭」。当初、このSNSが出てきたとき、「タダでも読めるものにカネを払う人がいる!」と結構話題になったんじゃないかと思います。

「投銭」って言葉に「なんだかなあ」な引っかかりを覚えるものの、この言葉もニュートラルなものとしてーつまり「noteのアレね」という理解とともに、ってことですけどーかなり定着してきた気もします。

で、あらためて投銭について考えるに、一番の弱点は「特に今、投銭をする必要性を感じない」、「投銭する意味が弱い」ところだとぼくは思っています。

感心した、おもしろかった。別にそれだけで投銭すればいいと思うのですが、毎回投銭を設定されてたりすると、「なぜ今のタイミングで投銭なのか」と自分でもちょっとわからなくなったりして。そんな時、投げる金額より、投げる腕を重く感じてしまって、「投げたいけど別に今じゃなくていいか」って気持ちになってしまいます。

特に「投銭お願いします!!」と悲壮に頼まれれれば頼まれるほど、「投銭」という言葉の意味ともあいまって、何かかわいそうな人に上から駄賃を恵んでいるようなシチュエーションになってしまい、気持ちとしては「おもしろかったし満足したから投げよう!」と思いたいのに、そうなっていかないという状況があります。

また、リアルでの投銭行為と違って、投げ銭したことが周囲の人に見えません。「この記事は○○人から投銭されました!」と表示されたり、「投銭したー」と各人が報告あれば別ですが、黙ってお金が移動するだけですから、購入者と記事投稿者にしか投銭した事実が知られない。

リアルでの「投銭」は、周囲の人が結構投げているのを見て「ああ、オレもイヤじゃなければ小額、おカネを放る方がいいんだな」と理解できますし、それが強烈な「投銭の理由」になっています。が、noteでは、投銭に一番大事なその機能が実装されていないため、「チャリンと音がしない投銭」という不思議な状態になっています。


というわけで、常々、「単に投銭だけでは弱いので何かしら意味づけをしたい」と思っていたのですが、最近になって、とりあえず、自分の方向性が決まったので、それを報告したいと思います。

自分が考えたのは「投銭の意味を、通常の購買ではないものとして設定する」という方法でした。説明します。


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