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2020年を振り返るだけ

振り返りをして、ポエマーみたいになるのは柄じゃないんですけど、年末で時間があるので、だらだらと僕にとって激動の2020年を振り返ります。
いつも以上に人に読んでもらうことを意識せずに書いているのでもし見ていただく方がいたら、まとまってないことをお許しください。

いきなり話がそれるのですが、誰かが「2020年って今年だけど近未来感あるよね」って言ってました。確かにそう思います。

2020年は10の単位で区切りがいい年でもあり、なんといってもオリンピックがある"はずだった"し、5G回線の実用化が実現するとかもあって、いろんな所で「2020までには...」とか、「2020年の...」みたいな話が出ていたと思います。だから2020年を生きてても、「今って2020年なんだ」ってちょっとびっくりしちゃうことがありました。

2020は何といっても新型コロナなんですけど、日本史が大好きだった僕にとっては世の中の出来事の捉え方の中で、「日本史・世界史に詳細が残るレベルの出来事か」っていうのが、重大さの判断軸だったりします。その観点でも、コロナのパンデミックは歴史に名を刻んでくるだろうなと分かるので、めちゃめちゃ大変で苦しんでる人がたくさんいる一方で、歴史の証人になってるふわふわした感覚があります(分かる人1人はいるはず)(今年だと合計で史上最長任期の安倍首相の退任も日本史の教科書では太字レベルだと思ってます)

話がそれすぎたので、時系列順にあったことを適当に振り返っていきたいと思います。

1月 就活生を満喫

正月早々体調を崩し、毎年恒例の年始テニスを全力でできなかったのが悔しかったことから始まりました。回復したあとはひたすら就活。

1月第4週は冬インターンがピークで、4日間で東京名古屋2往復と大阪名古屋1往復してました。(「移動距離地球1周分くらいですかね」ってインターンで言ったらややウケでした)

ひたすら就活が楽しかった。知らない企業の事業内容を知ること、企業のオフィスに入ること、知らない人のキャリアについて聞くこと、知らない人とGDやること、会社のお金でいろんなところに行くこと、全て楽しんでいました。それは言ってみれば、キャリアを自分事としてまだ向き合えていなかったからかもしれません。

2月 転機となったインターン

一番大きかったのが、2月に某通信系会社の8日間のインターンに参加したことでした。このインターンはGDしたり企業理解したりするものではなく、社員さんにつきっきりで仕事内容を見せてもらうもの。僕はある営業部の社員の方について、商談にいったり、MTGをしたり、デスクワークをしたりと”働くとはどんなことか”を間近で見せてもらいました。

このインターンを通して、キャリアを自分事として考えるようになり、自分を見つめ直すようになりました。

最終的にファーストキャリアとして選んだ会社の内々定が出たのはこのインターン期間中。1日だけ早退させていただき、面接に行ってきました。この柔軟な対応から、毎日の付きっ切り、僕のうざいレベルの質問攻撃への対応含め、某通信系会社と主にお世話になったNさんには頭が上がりません。

3月 コロナ

カレンダーを見てると、3月はスカスカになってます。しかし、当時は3月は説明会と大好きなスポーツ観戦でパンパンでした。就活が最も活発化する3月に合わせて企業も説明会を開始します。それらが揃いも揃ってコロナにより中止になり、シンプルに企業との接点を失っていました。そして何より楽しみにしていた、3月末のe-sports観戦がなくなった時、自分の中で集中が切れて、新しく就活に動くのをやめてしまっていました。

4月5月 退屈な日々

知るカフェも休業し、やることがなくなってしまっていました。この時期から、内定をもらっていた企業の方とたくさんつなげてもらい、沢山OB訪問をしました。内定後にOB訪問した数だとだれにも負けないと思います。数人の仲の良い友人に「俺ってどこで働きたいと思っていると思う?」と通話でだるい投げかけをしたりもしました。”自分にとってどのような意思決定が納得感を持てるだろう”という疑問に対して就活を終える前に答えを出したかったからです。

ちなみにその中で、僕にとって意思決定とは、”自分が納得すること”だと知りました。

それでも暇だったので、世界史の勉強したり、プログラミングで簡単なアプリ作ってみたり、note始めたりしてました。

6月 意思決定

6月12日に、僕のファーストキャリアのフィールドを決めました。内々定を頂いてから4か月も引きずってしまったのですが、そのおかげで自分の中で納得感のある選択ができたと思っています。ただ、これは仮説検証に過ぎないと思っています。この納得感は、仮説がうまく行く可能性が比較的高いと他の選択肢に比べて明確に思うという意味での納得感です。意味わかんないですね。

7月8月9月 知るカフェ中心の生活

「お前はいつも知るカフェ中心じゃねえか」と言われればその通りですが、この3か月は、その中でも比較的知るカフェにコミットしていました。それもあってか、査定でも初めて一番高い評価を頂きました。

僕はだらだらと意味のない日々を過ごすのは苦手なのですが、同じように意味のある日々を過ごしたい仲間が2人ほど知るカフェにいたので、起きて→知るカフェ行って→スタバ行って作業して、、、彼らと1/3くらい生活を共にしていた感覚です。青春感。

あと、この時期に僕の大好きなスポーツのある日常が帰ってきました。

10月 いろんな意味で焦り始める

焦る要素はいくつかあるのですが(全部は書かない。(笑))その中の一つに本来大学4年生で得られるはずの成長機会が自粛自粛で減ってない?という想いがありました。

内定先の人事の方に直接電話して(本当にすみません)内定者PJTの実施を提案したりもしました。(ありがたいことに今は内定者PJTを実現していただき、成長機会を頂いています)

11月12月 卒業研究中心の日々

僕は卒業研究をモチベーションを保って行うことはできませんでした。著名人が「大学ではやはりアカデミックな学びを大切にすべき」と一周回った結論を出しているのは知っていましたが、やはりモチベーションが出ませんでした。

なぜでないのかなと考えると、本来モチベの源泉となるはずの・興味があるという要素と・力(スキル)がつくという要素の両方が満たされていないからだと気づきました。

そもそも論なのですが僕はノリで研究室選択決定直前に、本来興味のあったメディア系から別の系に変えてしまったことによって興味という軸が失われ、コロナによって実証実験が難しい環境になり、だらだら調査するだけのテーマ選択となってしまったことによって力がつくという軸が失われたのが原因でした

就活を経て僕にとっての意思決定とは納得感を得ることという学びを得た後に研究室選択ができればこのようなことはなかったと思います。今後に活かしていこう。

おわりに

書いてみると、今年の僕の一番の特徴は、”何事にも意味を持たせようとしていた”ことだったと思います。

コロナによって意味のない日々を過ごしたくないから毎日作業して、自分の意思決定に意味を持たせたいから自分を見つめ直して、いろんな人に話を聞いて、意味のなかった研究から意味がないとはどういうことなのかを知るという意味を見出して。

そしてその手段として自分の気持ち、物事の仕組み、なんでもかんでもを言語化することの良さを学びました。

知るカフェ辛いもの部の活動後にこれを書いていておなかが痛くなってきたのでそろそろ終わろうと思います。ここまで読んだ人はいないかもしれませんが、万が一いたら本当にありがとうございます。

来年は社会人になる予定です。よく期待半分不安半分と言いますが、僕は期待マックス不安マックスです。めっちゃ楽しんでるかもしれないし、忙しすぎて病んでるかもしれない。

願わくば、僕にとって大きな転機だった2020年が価値のあるものだったと言える2021年になるといいなと思います。

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