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アリス・スチュアート Full Time Woman

1984年頃の学生時代、私、レンタルレコード店でバイトの店員をしていました。そのレンタルレコード店で、常連客の外国人の年配男性の方がいまして、イメージとしては映画「スティング」のポール•ニューマンです。(そこまでカッコよくはないけど)いつも閉店近い夜10時前頃にやってきます。

夜8時を過ぎた頃からは、私は夜番でひとりで割と暇になるのですが、遅い時間に来店するポールさん(仮にそう呼びます)は借りていくレコードは古いジャズです。カウンターにレコードを持ってくると、去り際に「アリガトウ」と片言の日本語で言ってくださいます。私もお礼を言って、ただそれだけなのですけど何しろジェントルマンだし外国人に慣れない私は緊張しっぱなしでした。

それに夜10時も近いとお客さんも少なくお店で二人だけになることが多くて、より緊張度は増します。店内でかけていたディープパープルはバカっぽい歌詞だと思うのでポールさんが来たらすぐにヴォリュームを下げて、さりげなくキャロルキングやジェイムズテイラーに替えました。
夕方は中高生で賑わう店内で「チェッカーズなんかよりブラックザバスを聴け!」みたいなカッコつけ野郎だった私も、洋楽本場の外国人ポールさんご来店になると急にネコみたいにおとなしくなりました。

ある晩、私は自分で買ったレコードのアリス•スチュワートを店内で流していると、その日もポールさんは来店していて、その頃にはお互いにカウンターでニコッとするくらいの間柄にはなってはいたのですが、その日ポールさんは、レコードを探していた手を止め、私の方を振り向いて声をかけました。天井を指差して「Good Music!」と笑顔で言いまして、私も「サンキュー!」と嬉しくて精一杯応えました。
サンキューと言った後、サンキューだけでは言葉足らずではなかっただろうか、むしろ失礼ではなかっただろうかと心配になりまして、サンキューベリーマッチって言えば良かったの?それともサンキューフォーユアなんちゃら〜って言えばよかったの?とかあれこれ考えました。笑

ポールさんが、グッドと言ったレコードは、
Alice Stuart 「Full Time Woman 」
(1970年)

アリス•スチュワートは、女性シンガー&ギタリストですがワリと無名です。60年代後半から70年代初めにかけて、ヴァン•モリソンとツアーを共にしたり、一時的に初期のフランクザッパのバンドのメンバーになったりしました。声は綺麗でフォーキーな歌や、ほどよくブルージーな演奏で私には、なんというか一日の疲れが取れる音楽でした。

彼女自身はジョーン•バエズやフィル•オクス、ボブディランからの影響があり、自身で作詞作曲をしています。シングル「フルタイムウーマン」(最下のアルバム動画1曲目)は、後にジャッキー•デシャノンに取り上げられました。

フランクザッパと恋仲の時も

「グッドミュージック!」ポールさんがほんとにグッドと感じて言ったのか、二人だけの場を和ますために言ってくれたのかはわかりませんけど、それ以来ポールさんと居る時の気持ちは和らぎました。

ポールさんの為にジャズを店内で流してカタコトの英語で話した夜もありましたし、ある夜は、店のオーナーが閉店前の時間に来てゴチャゴチャと大きな声で話し掛けてくるので「まだ営業中だし大事なお客さんがいます!💢」と心の中で言って、ポールさんのところへ行き、「Sorry.まだ時間は大丈夫です」と謝りますと、彼は優しく頷きました。

さて、先日買ったばかりのレコードプレイヤーで、今このアルバムを聴きながら、この話を書いています。ターンテーブルで回転するレコードを見つめながら長い年月の経過を受け止めています。ポールさんはもうこの世にいないでしょうし、アリス・スチュワートもつい二ヶ月前に亡くなりました。

ボロボロのジャケット

こうして聴いていると、やっばりあの時のポールさんは気遣いだけでなく、ほんとにグッドと思って言ったのだと思えてなりません。

私もあの時のポールさんぐらいの年齢になったから感じることです。いいと思う時は素直にいいと伝えたほうがいい。自分がいなくなっても、伝えた相手の心にずっと残るから。音楽もきっとその手助けになるから。

「Good Music」
いいと感じて、いいと伝えてくれたポールさん。
ほんとはなんというお名前だったのでしょう。
とても紳士的な外国人でした。

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