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ロッドスチュワートと中村俊輔
NHK大河ドラマ等で戦国武将ばかり見ていたら、世界史に疎くなってしまい、イングランドとイギリスの違いすらも説明できなくなっていた。
イギリスは四つの国の連合であって、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド。そして、イギリスの正式名称は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。
昔からイングランドとスコットランドは仲が悪く、スコットランド人はイングランドに乗っ取られたという不満は消えていない。通貨は同じポンドでも、お札やコインは独自のデザインらしい。
スコットランド系の家庭に生まれたロッド•スチュワートは、プロサッカー選手になることが幼い頃からの夢だった。実際イングランドのプロの三部のチームと練習生契約をしたがすぐにプロは諦めたという。そして彼はスコットランドのサッカークラブ、セルティックの熱烈なファンだということはイギリスではそこそこ有名だ。
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2006年11月21日、世界で最もサッカーが愛されている街のひとつ、スコットランドのグラスゴーは、歴史的快挙に沸き立った。
スコットランドのチーム、セルティックはこの夜、史上初めて欧州チャンピオンズリーグで決勝トーナメント進出を決めた。しかも当時、世界最強のひとつである、イングランドの名門チーム、マンチェスター・ユナイテッドを破ったのだから喜びもひとしおだ。勝負を決めたのは日本人。中村俊輔。このゴールは今でもスコットランド人の間で語り継がれている。
この時、スコットランド人で埋まった観客席にロッドの姿があった。勝利が決まった瞬間、嬉しさのあまり子供のように泣いてオロオロとしている様子がTVに映し出された。それを見て私まで泣けてきた。当時音楽ではロッド、サッカーでは中村俊輔を、一番と言っていいほど好きだったから。
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そこで泣きじゃくっていたロッドは、スーパースターとはほど遠い顔だった。現地のTV局のカメラは幾度か彼を映したが、カメラマンはきっとロッドが長年のセルティックサポーターであることを知っていたに違いない。
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ロッド•スチュワートは、ブリティッシュロックの偉大なシンガーであり、同時にプレイボーイで、悪しき産業ロックの象徴とされ批判の的にもなった。
しかし私が想うロッドは、メディアが伝えるロッドがどうであれ、フットボーラーになることを夢見た男、スコットランド•セルティックのサポーターであり、スコッチウイスキーを好む酒飲み男だ。彼の愛するセルティックが、イングランドの強豪クラブを破った時、ロッドの夢は叶ったのだと思う。
それを決めた男は、中村俊輔なのだ。
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海外で活躍した歴代日本人サッカー選手において、中田英寿と香川真司の二人は頭抜けている。当時世界最強のイタリアリーグで活躍した中田、ドイツで活躍し欧州全土の年間ベストイレブンにまでなった香川は、世界のトップレベルの舞台まで辿り着いた。
中村俊輔は、日本代表の中心選手であったが、日本のJリーグよりもレベルが低いのではないかと思われるスコットランドのリーグでの活躍は、評価が難しいところだ。
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しかし、中村俊輔が他の海外で活躍した選手達と違うところは、スコットランド国内で20年近くも、人々から忘れられことなく英雄として語り継がれていることだ。こんなフットボーラーは日本人では彼しかいない。中田や香川のように、一過性の立役者だったキャリアとは少し意味が違う。
欧州では、チャンピョンズリーグこそが最高の舞台であって、中村俊輔はそこへ出場する夢を叶えるべくわざわざスコットランドを選んだ。そして彼がヒーローになり、イングランドの強大なクラブを破ったあの日は、すべてのスコットランド人の誇りであり最高の瞬間だった。あの時、六万人のグラスゴーのスタジアムの歓喜は、当時TVで観ていた私も鳥肌が立った。
1975年、ロッドスチュワートは英国からアメリカに渡り「アトランティッククロッシング」を発表。ジャケットのロッドの右手にはスコッチウイスキー、左手にはサッカーボール。サッカー不毛の地アメリカに渡っても、俺の魂は捨てないと言わんばかりだ。
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これは数々の有名ミュージシャンの好演とセンスのいいカヴァー曲に溢れる名盤だ。「セイリング」や「もう話したくない」といったヒット曲もあるが、私のお気に入りは、アイズレーブラザーズのカヴァー「This Old Heart of Mine」↓
その14年後に、ロナウドアイズレーとリメイクしたアップテンポなヴァージョンも大好きだ↓
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サッカー好きな私にとってロッドはヒーローだった。もちろん可能性はないが、もしも街で彼に偶然出会った時のことを考えて、中村俊輔のエピソードネタをいっぱい持っている。そして私はロッドに必ず話しかける。音楽のことじゃなく、「私は日本人だけど、中村俊輔のこと、たくさん知ってるよ」と。
彼は必ず、立ち止まってくれるはずだ。
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