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福島に行った話

何年かぶりに、福島に行ってきました。
震災以降の各種デマに対して論理的に反論し続ける人たちをネット上で見ており、ささやかながら応援を続けています。
流石に最近は減りましたけど(それでも、処理水放出で再燃しかけた一団はいたようですが)、人が住めないとか廃県にすべきとかいった声もありましたので、それなら直接現地に行って、普通に観光して、普通に美味しいもの食べて、「楽しかったよ、良いところだったよ」と発信して、そうしたネガティブな妄想を多少なりと打ち消せればいいな、と考えて、今回が3度目の訪問となります。

初回は山形でのサッカー観戦の帰り道。
リカちゃんキャッスルに行きたくて寄り道しました。
その次は裏磐梯。東京駅⇔宿の送迎バスがあるお宿に行きました。
今回は、観光というよりは社会科見学。
双葉といわきにある震災伝承館が目的地です。

移動はすべて公共交通機関を利用したので、時刻表とにらめっこしつつの行動。
乗り遅れれば次まで最低1時間。
なかなかスリリングです。

福島は主に3つのエリアに分かれています。
新潟寄りの会津、郡山などがある中通り、太平洋側の浜通り。
初めましての浜通りエリア。
双葉駅に降り立って、バスの時刻表を確認。
すでに来ていたバスの中から運転手さんに行き先を聞かれて伝承館に行きたいと伝えると、そのバスで行けるとのこと。親切。
静かな町。新しい建物。たまに見かける熱量の高い壁画。
最初は写真を撮るつもりだったんですが、まずは写真じゃなくて記憶に焼き付けたいなと思いました。

伝承館についてすぐ、本来は導入の動画を見てから館内見学となるんですが、ちょうど被災者の方の体験談を聞ける時間だということで、さきにそちらから。
富岡で被災された方のお話を伺うことができました。
車で数分の距離なのに、地震で道路が歪んでしまって進めなくなってしまった話。
普段、挨拶程度の付き合いしかしていなかったばかりに、いざ避難という段になって実は一人集落に取り残されていたことが分かった高齢者の話。
もし自分が被災したら、「〇〇しておけばよかった」と後悔することがきっとあるだろう…と思いました。

企画展示では何人かの被災者の方のエピソードが、その方の年表と避難履歴とともに展示されていました。
避難って、1か所だけじゃないんですよね。
あっち行ってこっち行ってあっちに戻ってまた動いて…複数回避難して、今の生活に至ってる。
仮設住宅に入った人の中には、親世帯と離れたところに配置されて、近くにできないかと申し入れても無理と断られた、なんていう話もあったようです。どうにか出来ないものかと思いますが、そこまで考慮できるほどの余力が管理側になかっただろうな、というのも理解できます。
そうしてコミュニティが分断されて、孤立してしまった人もいたことでしょう。福島に限りませんが。
復興住宅での孤独死がニュースになったこともありました。

見学が終わってバスを待つ間、伝承館の前でようやく写真を撮りました。

伝承館前。視界の開け具合が怖いほどだった。

情報量の多さに脳も情緒も整理が追い付かない状態で、常磐線に揺られていわきに移動。その日はいわき泊。
せっかくだから地元のおいしいものが食べたい!と検索して目星をつけていたお店はどうやら閉店済みだった模様…残念。
気のせいでなければ、同じように閉店しているらしいお店がちらほら。とはいえ、飲食系はどこもこんな感じかも。コロナの影響もありましたしね。

さておき、おいしいものが食べたい。
一人で飲食店に入るのはとても苦手だけど、こんな時くらい勇気を振り絞って、普段なら入れそうにないところに飛び込んでみたい。
…で、意を決して、お寿司屋さんに入りました。
駅前のLATOVに入っている「寿司 おのざき」さん。
東京にある福島のアンテナショップでソフトかまぼこを買ったことがあったので、会社は存じ上げてましたが、お寿司屋さんを経営されてるとは知りませんでした。
常磐もののネタ盛り合わせ。確か人生で初めてのメヒカリ。おいしかったなぁ…

白身は塩で食べてみて、と勧められました。美味。

ちなみに泊まったホテルにはいわきFCコラボルームというのがあるんだそうで、わが軍も岡山のどこかのホテルでやってくれないかなと思ったり。

部屋の入口にミニフラッグが掲げてありました

翌日。ちょっと雲が多い空。
朝食付きプランにしたんですが、よくある朝食ビュッフェのラインナップに加え、地元のお料理が。ありがたい。いか人参大好きです。

目的地は駅前からバスで30分ほどの距離ですが、地図を見る限り、近くにコンビニなどがなさそう。
双葉の伝承館は隣にある産業交流センターにレストランがあったけど、規模的にも場所的にもそうしたものは望めそうにないので、バスに乗り込む前にお茶とおにぎりを購入。
結論を言うと、買っておいて正解でした。飲み物の自販機はあったんですけどね。ちゃんと見てないので、もしかしたら灯台下の売店に何かしらあったのかもしれないですが。

さておき、いわきの伝承館。
やっぱり近隣の建物が新しい。植えられた木々の背がまだ低い。
ここでようやく海を見ました。双葉でも海は見えたんですが、視界で捉えたというレベルで、しっかり眺めることまでは出来なくて。

2階の展望台から海を臨める

展示室奥に、被災から甦った「奇跡のピアノ」が置かれています。

津波が来ることはわかっていたはずなのに、まだ来ないとか、来なさそうだと油断して戻ってしまって津波に呑まれた…そういった被災者もいらっしゃるそうです。
避難警報や勧告(今は勧告は廃止されたんでしたね)は伊達じゃないな、と痛感しました。
勝手な判断、ダメ絶対。

この伝承館の近くには、美空ひばりさんの像と、「みだれ髪」の歌碑があります。
歌の中に出てくる「塩屋の岬」、つまり塩屋埼灯台があるのです。
この灯台は登れるそうなので、行ってみようかなと気楽に考えて、しっかり後悔することになります…きつかった…

ここに来るまでに軽く登山
ぐるっと1周して写真も撮ったけど、怖くて真下は撮れなかった…

この灯台も被災して、一時期は消灯していましたが復旧。
灯台擬人化プロジェクトにも名を連ねています。

ボイスドラマの一般公開は12/24だそうです

昔からあるのに、新しいものが多い町。
作り変えたから当たり前なんですけど。
電車から見たお墓さえも新しい。
墓地自体は古くからありそうなのに。
戻った人。新たに来る人。その人たちが街を育てていくんでしょうね。
いつまでも「可哀想な被災地」のままではいられないし、いるべきではない。外野が「可哀想」のレッテルを貼るべきでもない。そう思います。
だからと言って忘れていいことではないから、きっとまた訪ねて行きたいと思います。

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