「落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ」
落語は落ちがあることにより噺をどこでも終わらせることができる、「耳の物語」と「目の物語」(口伝の物語と文章化された物語)の比較の中で「耳の物語」の代表として落語を捉えていること、などがなるほどと思いました。
筆者は二十歳のときに難病になり十三年間の闘病生活を送る間に落語に出会った方で、「絶望名人カフカの人生論」などの著作があります。あとがきで、病室にいるとテレビの明るいバラエティー番組などはかえって落ち込んでしまい見られないが、「らくだ」などにしても落語は絶望的な状況が下地になっているものが多いので、絶望的な気持ちの中で聴いてもとても沁みた、という言葉が印象的でした。
落語を普通に文章に変換するとつまらなくなることが多いが、あえて速記的な忠実さを排し「目の物語」として書き直した本として興津要の「古典落語」シリーズが紹介されており、読んでみたくなりました。