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森山至貴作品個展Vol.1 全曲音源&作曲者コメント

(本記事は、2024年3月15日から4月2日にかけてX(旧Twitter)上に森山至貴が投稿したものの転載です。記事投稿に際して誤字脱字等を訂正しています)

2024年3月9日に札幌の混声合唱団リトルスピリッツによって拙作個展が開かれました。演奏会の興奮冷めやらぬうちにYouTubeに全曲の音源を公開していただきましたので、ご紹介しつつ作曲者コメントを書き記していきます。目次からお好きな曲に飛んでお聞きください&ご覧ください。


オープニング 「最初の質問」

「最初の質問」は「演奏しながら入場できる」という一石二鳥を狙った曲ではあるのですが、ハーモニーとメロディの豊かな魅力を正面から書こうとした作品でもあります。転回型の上にメロディが乗る2分49秒のフレーズに、とくに私らしさが刻印されていると自分では感じます。

「時代は言葉を〜」の箇所のピアノの「ジャッジャッジャッ」は、1ステの「海の記憶」における「太陽が肌を焼き」直前の「ジャッジャッジャッ」と通底していますね。三拍子で「ジャッジャッジャッ」ってやりたくなるのかしら私。

第1ステージ 『太陽と海と季節が』

太陽と海と季節が

(サムネイルを見ているだけでもう泣きそうですが、それはさておき)「太陽と海と季節が」、中間部のしっとりとした雰囲気を残しつつ、大サビの8ビートをいかに大人っぽく仕上げるかが肝だと思っているのですが、この演奏はその最終解答と言えると思います。素晴らしい演奏!

海の記憶

短調から同主長調への転調をドラマチックに演出してほしい曲ですが、「水平線に沈んだ太陽が」選手権世界新記録で優勝のこの男声の完璧な音量と歌い口により、見事なクライマックスが形成されています。こういう感動的な演奏に出会えるから、作曲家という仕事はやめらない。

林の中を風と歩く

拙作の中では珍しく私の実年齢よりも年長の方が歌うとさまになる曲だと私は思っているのですが、私よりも若いみなさんが大人の成熟した雰囲気を感じさせる演奏をしてくださって驚きました。冒頭のバスのパートソロの安定感と、ソプラノ日本語の発音の美しさが沁み入ります。

一日の終りに

しっとりした前半からビート感の強い大サビへの接続が難しいので大サビもしっとりとまとめる方が成功しやすいのですが(個展vol.0のアンコールで自分で振った時もそうした)、この大サビはリトスピの若さと巧みさが功を奏した、ビートが効いていて溌剌さに満ちた演奏。お見事!

第2ステージ 『さよなら、ロレンス』

豊かな声、抜群のハーモニー感覚、見事な言葉さばきによる驚異的な精度の名演であるだけでなく、急カーブをスピードを一切落とさずにコーナリングする破格のドライビングテクニックが冴える怪演でもあります。あと、石井さんのピアノがマジで最高。この曲の演奏の決定版です。

第3ステージ 男声&女声ステージ

どのことばよりも

混男女の3バージョンの中で男声版がボイシングの都合上もっとも難しいのですが、しっとりと歌い上げてくださっています。オブリガートが多い時期の作品なので、ハミングがよく鳴る合唱団に歌ってもらえてありがたい。

きみの、そしてぼくの、

テンポが速いのに男声合唱的な厚い声と堅牢なハーモニーを要求する厄介な曲ですが、なんなく乗りこなしていらっしゃいます。混声合唱で培われた機動力を男声合唱に見事に持ち込んでいるところが絶妙です。あと、一家さんは男声合唱の指揮に向いていますね。

傘立てに

拙作の中でもっとも短いテキストを用いたこの作品、冒頭のアカペラ部分をいかにオーセンティックな「合唱サウンド」にできるかが(それ以降のポップな部分との対比という意味で)実は肝なのですが、基礎体力のあるリトスピなら楽勝だったようです。とっても洒脱な演奏!

地球の午後

多発する跳躍進行、「ん」やHum.の多さなど、アンニュイな雰囲気を醸し出す手前の段階の声楽的技術の面で躓きやすい曲(に書いてごめんなさい)なのですが、そんな課題を一切感じせない演奏。詩句とヴォカリーズのあいだでテンションの断絶なく全体をまとめる手腕が巧み!

第4ステージ 『新しい住みか』

月光

1曲目は「月光」。組曲全体が語りと歌をシームレスに接合する、という狙いをもって書かれています。

オラトリオなどのようにソリスト(語り)の4人を前に配置する、というのは、以前からやってみたかった形でした。また、歌のタイミングと語りのタイミングを密接に絡みあわせるための記譜上の工夫をいくつもほどこしています。たとえばこんなふうに。


とはいえこの組曲は「実験的」に聞こえることを狙ってはいないので、むしろロマンティックで、非常に甘やかな旋律とコードワークを駆使しています。たとえばこの曲の2:18あたりから聞いていただいて、2:46からの(自分で言うのもなんですが)森山節炸裂の大サビに酔いしれて欲しい、切に。

最後にもうひとつ。この曲のタイトルにちなんで、ある音楽的な仕掛けを施しているのですが、お気づきになりましたか? 正確に言うと、似たような仕掛けがふたつ埋め込まれています。ぜひ探してみてください。(ヒント:『かなでるからだ』の「皮膚、肌」を見よ。答えのうちひとつは「気球」の項目に書いてあります)

うまれかわる

2曲目は「うまれかわる」。語りのセクションはなく、ユニゾンとホモフォニーを多用した比較的素直な合唱曲です。以前の大崎さんのお住まいが今の私の住まいのすぐ近くとのことで、「歩道橋」も「リサイクルセンター」も私も知っている場所だと作曲後にわかって驚きました。

以前信長貴富さんの『虹の木』を指揮して以来ロ長調の魅力にはまってしまい、この曲でも途中に出てきます。作曲者自身としては2:22からのピアノの間奏がとても気にいっています。音数は少ないのですが、ぐっとくる縦の積み重ね方になっているはず。鍵盤が手元にある人はぜひ弾いてみてほしい!


ちなみに私の曲の中で「ここぞという場面でのロ長調」感が存分に味わえるのは『サクリファイス』の終曲「白い闇」です。4:14からの大サビでロ長調が炸裂しています。

「うまれかわる」に戻りますが、縦方向の和音のグッと来る複雑さは大サビにも含有されています。2:44からのセクション、「かみさま」の「さ」の音に注目してほしい。合唱曲ではほとんど見られないえげつない分数コードになっているのがおわかりでしょうか。ぜひピアノパートを弾いて堪能してほしい!


演奏ですが、パートソロになったときの「語りでなくても語りっぽく(レチタティーヴォ的に)歌ってほしい」という作曲者の狙いが見事に体現されており、また、パートソロとトゥッティの質感や完成度が見事に連続していて説得力があり、大変うれしかったです。

もっとも、こんなにいい声の「おじさん」は「リサイクルセンター」にはいないと思います、多分(苦笑)。

炊飯器

個展に先立って数年前に先行初演された「炊飯器」は、ロマンティックながら語りと歌の相互乗り入れ度が非常に高く、重厚な難曲です。これだけ個展では再演ということで、練りに練られた演奏に深く、深く酔いしれることができます。語りの4人の説得力が素晴らしい。

わかりやすい相互乗り入れてとしては0:50あたりからのこのフレーズでしょうか。こういう手法、今後も使っていきたいなあ。Pf.の和音と組み合わせると少しだけ変わった旋法(Fisのロクリアン)になっているところにも注目してほしい。


凝ったハーモニーという点では、自分でもとても好きなのがこのセクション。歌のパートにスケール(イ長調)外の音は2個しかないのですが、Pf.の形成するコードはけっこう凝っていて、自然と歌がテンション音を歌っている。この方向の旋律ももっと書いてみたいなあ。


最後は弾むような3連符の歌と、語りの説得力を接続しました。歌→語りソロ→Pf.→語りトゥッティ→Pf.のタイミングの取り方が肝ですが、リトスピの演奏は絶妙な解釈で実に沁みます。

気球

終曲は「気球」。前半は歌い手も語りや語りに近い歌いまわしのフレーズを駆使しますが、後半はひたすらに歌い上げます。前日練習で相談した組曲全体の大サビ(3:12〜)に向けての2:49からのテンションの盛り上げ方が絶妙で、非常にエモーショナルでぐっとくる演奏になりました!

私のシグネチャ書法である4声のヴォカリーズも、大サビの後半で登場させました(3:32〜)。よく見るといつもよりちょっと難易度は高め。59小節3,4拍目とか62小節1拍目、リトスピさんが初演するのでなかったら怖くてこうは書けなかったです。でもやっぱりこう書いてよかった。


終結部、「空に気球がみっつ昇って」のあとにピアノパートが弾くのは「月光」で引用していたドビュッシーの「月の光」の冒頭部分。まさにちょうど三つの三度音程が鳴るこの部分を、「わたし」が解読する世界の優しい暗号のように曲の中に埋め込むことで、組曲全体を美しく閉じたいと願ったのでした。

末尾のハミングのダイナミクスはmfです。詩の中の「わたし」が「あなた」と生きていくことへの確信がそこにあったらいいな、と思ってそうしました。静かに駆け上がっていくPf.パートのモチーフは、「月光」のラストでバスが歌う「あなたも」の変形です。あなたもそう思っていてほしい、という祈り。

アンコール

1/6の夢旅人

アンコール1曲目は「1/6の夢旅人」。北海道の人が大事にしている曲を私の作曲家としての功名心で台無しにしないよう、とにかく原曲の良さをみんなで共有するためのシンプルで力強い編曲を目指しました。この曲、涙なしでは聞けない名曲ですね…。

この世界のぜんぶ

アンコール2曲目は「この世界のぜんぶ」。いやもう、こんなに楽しんでカッコよく歌っていただけたなら作曲者としては本望です。何度観ても「一個のパンと一本のワイン」の箇所でのリトスピ代表の動きが最高(めっちゃ動くんで誰が代表か誰でもわかります)。



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