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白い手帖

まだ30代頭の頃の話である。
宿を始める前で、
どうもこうもうまい具合にいかず不安定で悶々としていた頃だ。
ひと月ばかり毎日死ぬ夢を見た。
あるときは高いところから落ちて死ぬ。
あるときは病気で死ぬ。
あるときは車にひかれて死ぬ。
海でも溺れたし、誰かに刺されたし、虎にも喰われた。
兎に角「ああ死ぬな。。。」と思ったときに目が醒めるのである。
目覚めのは、いいモノではない。
夏ということもあって、寝汗もびっしょりだ。
本当に憂鬱になるばかりであったし、寝るのがイヤになっていた。
でも、ちゃんと眠れるし、ちゃんと目が醒める
もしかしたら、生き返ったのかと思うこともあった。。。
でも、あるときの夢は
「ああ、今日こそ本当に死ぬな」
と、思う夢を見た。
で、結局目が覚めて、朝がきた。
「ああ、死んだんだな。よし、じゃあ、今日はどうやって生きようかな?」
と、そう思いながらベッドを出た。
そんなことを数日過ごしていたら、いつのまにか、死ぬ夢は見なくなった。

人はいつか死ぬ。

それは紛れもない事実だ。
それを受け入れ、死ぬという覚悟を持って生きる。
正しく生きるとか、清く生きるとか、穏やかに生きるとか、
いろいろだが、そういうことではなく、
兎に角普通に生きる。
のほほんとダラダラとでもいいので。
それでいい。
そう思うようになった。

実際に大病をしたり、大けがをしたりと、死の淵に行ったわけではないので、
死を垣間見た方からしたら「なに言ってんだ!バカヤロー!」的なこともかもしれないが、そんなふうに思うようになった。

僕は功名心もないし、地位も名誉も欲してないし、子供もいないし、後世に残すようなモノなど何もないし、なにかを残して死ぬなんてもったいないので、
それは全部自分のモノで、それらを全部閉じて消えたい。
そのときが近づいたら、ネットも閉じ、電話も閉じ、住み家も引き払う。
徐々に人々からの記憶からも消えていく。
そしてどこかで朽ち果てる。
手帖に今までいろいろと書き込んだことを消しゴムで消していくように。
消し跡が残ったり、消し忘れがあったり、
完全に白いページにはできないかと思うが。

これはあの頃の夢の日々の最後の方で何度も見たパターンだ。
歴史上、名も残さず、子孫もなく、モノも、書もなく、言葉も、墓もなく、
消えていった数限りない人々の一人になる。
きっと僕が望んでいる旅の終わり方なのだろう。
でも、それでいいと思っている。

まあ、そんな白い状態を覚悟しつつ、
明日も生きていこうと思っている。
これから毎日
この旅が終わるまで、
たくさん手帖に書き込んで
歩いて生きていこうと思っている。

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