大小

 あかねさんは焦るほどに小さくなる。
 この前なんて、発送先を間違えたとかで受話器が取れないほどになっていた。
 不思議なことに、小さくなるときは服も一緒だ。
 正直助かっている。

 彼女は地元の水産会社に勤めている。本業は事務だがたまに市場に駆り出される。
 これでなかなかフォークリフトの運転がうまいのだ。

 ヘルメットなんてしてくるものだから、そんなものをしない男たちの中で、彼女の存在は目立っている。
 見慣れている僕なんかでも一所懸命でかわいく見える。

 でも操作ミスをして魚のタンクをぶちまけてしまった。
 彼女が大変だということで、周りが総出で、来襲するカモメやカラスと格闘しながらタンクの中に次々魚を戻していった。

「あれ?あかねさんは?」

 大方取り終わったころ、誰かが言った。
 彼女がいない。

 あかねさんが小さくなることは、市場の中で知らない者はいない。

 僕らは彼女の捜索に取り掛かった。
 でも探せど探せど見つからない。

「もしかしてタンクの中に入れられた?」

 それで入りかけていた水を再び抜いた。だがいない。

「警察を呼ぼう」「けどなんて言う?」「小さくなってどこかにいるだなんて、そんなこと言えっこないだろう」

 とにかく探すしかない。

「流されて海に入ったのかも」

 憶測が飛び交う。捜索の手がどんどん広がっていく。

 結局、彼女は見つからなかった。
 社長は警察への連絡をとりあえず保留しにし、僕ともう1人社員を市場に残し、工場に戻った。

 彼女が見つかったと連絡が来たのは、それからすぐのことだ。

 工場で魚の氷詰め作業をしているとき、彼女がタンクの中から人魚みたいに出てきたというのだ。
 どうも鰤の口の中にはいっていたらしい。
 さいわい目立ったけがはないとのことだ。

 小さくなったときの対処には慣れているのだ。でも念のため病院に行ってもらった。

 魚に食べられたのかと問い詰められると、彼女はうんと答えた。

 その件はすぐ市場に伝わり、翌日彼女はみんなにお詫びやお礼を言ったりしていた。
 でももう一人の事務の子が思いつめた顔でこんなことを言った。

「先輩は市場にいるとき、いつも必死で小さくなるのをこらえているんです」

 操作を間違えてしまったのには、そんな背景があると言いたいようだ。

 彼女もきっと気づいているのだろう。

 あかねさんが小さくなるのではないということを。

 でも誰もそんなこと言わない。彼女にかかわる者全員がそれを考えないようにしている。

 これを最初に体験したのは、新入社員の挨拶の時だ。僕らは同期だった。

 俺、今大きくなった?

 そのときそう思った。
 でも誰かが言った。

「あかねさん、縮んだ」

 それではっとしてみんながその言葉に飛びついた。

 これが何を意味するのか。

 本当のところは誰にも分からない。

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