夜の闇に飲み込まれたファンタ

「コークオンでリアルゴールドを買ったらスタンプをもらえるからちょっと自販機に行ってくるわ」
といきなり立ち上がった父は言った。アプリでスタンプが溜まるとジュースのチケットをもらえるそうだ。僕も行くよ。そう父に伝えると、
「おぉ一緒に行こう。暖かくしていかないとなぁ」
大丈夫、温かいジャンバーを着ていくから。僕は厚手のジャンパーをパジャマの上に着込んで父の後に付いていった。外に出ると冷たい空気が僕の身を包みこんだ。寒いね。
「ホントに、いきなり寒くなったよなぁ」
僕は昼の景色と少し違う夜の景色を眺めながら歩いた。電灯の光で仄かに照らされた道はまるで無限の世界に誘うかのようだった。一つ暗闇の中に入るとまるで世界が反転するような、そんな意識に僕は襲われた。
「自販機にリアルゴールドあるかなぁ」
父はそんなことを呟きながら、何食わぬ顔で歩いていった。誰かがそこに存在するだけで世界が暗闇から救われる。僕にとって父の背中はそんな感じだった。自販機の前に立つと父は残念そうに
「ここリアルゴールド売ってないじゃん」
と、歩いて帰り始めた。だけど、ふと何かを思い出したように
「ファンタ買って帰ろうか」と呟いた。
僕に促すような感じだったので、いいよ別にと言ったが、
「いいんだ、買って帰ろう。好きだろう」
アプリを立ち上げて硬貨を入れて、ファンタを購入した。ガチャリと暗闇に響いた音は何処かの世界に吸い込まれて、また静寂の世界に戻って行った。僕はファンタのジュースを抱え上げて、父と一緒に歩いた。明日学校から帰ってからのむね。
「そうしなさい。」
お父さんはリアルゴールド買わなくていいの。
「お父さんはまたどこかの自販機で出会ったら買うよ」
暗闇の中のいつもと違う世界の中で出会うリアルゴールドと昼間に買うリアルゴールドはきっと同じでも違うものなのだろう。だってそれは夜の闇に支配された世界で買ったものではないから。僕のファンタは夜の闇の世界の品だ。ふっふっふ。そう僕は心の中で呟き。家に入った。
「やっぱり中は暖かいなぁ」
世界が反転する。簡単に簡単に反転するのだ。

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