甲乙つけがたい話

1 契約書の当事者表記

 いつのころからそうなのか、トンと検討もつかぬ話でございますが、世に言う法律家などと称する者たちが作るいわゆる契約書と呼ばれるものにおきまして、その契約の当事者、例えば、山田さんと田中さんとしましょう、この山田さんと田中さんの表し方を、その契約書のなかにおいては、一方を甲、他方を乙などと表すわけであります。
 山田某、田中某などと本名が出てくることは、まぁ、多くて2回、下手したら1回のみ、なんてこともあるわけです。

 では、山田某、田中某が現実世界において「おい甲!」「おい乙!」などと呼ばれることがありますでしょうか。まぁ、山田甲次郎なんて名前でたまたま愛称が「甲」であった、田中乙姫なんて名前でたまたま愛称が「乙」であった、なんてこともありましょうが、まずは考えられないわけです。

 それが、こと契約書においては、甲、乙とされ「甲は、乙に対し、うんぬんかんぬん」などとなるわけです。そうすると、契約書を見た山田某と田中某は、こう思うわけです。
 「はて、わしはどっちじゃったかな?」
 そうなると、そのたびに、契約書の末尾やら冒頭やらを確認しなくてはならない。これを不便と言わずになんて言う。

 てなことで、今回、あっしが言いてぇことはただ一つ、契約書の甲乙を辞めちまったらいいんじゃないですか?ってことです。

2 TPO

 むろん、甲乙表記であるべき、甲乙表記で「ザ・契約書」という雰囲気こそが大事である、そんな場面はあるかもしれません。また、当事者がえらい長い名前でいちいち書いてらんない、そんなことも考えられます。特定非営利活動法人世界のみんなが明日しあわせになりますようにと今日みんなで願う会、なんて名前の法人が当事者だったら、契約書作成者としては、できれば1回書いて終わりにしたいと思うはずです。

 だから、絶対の話じゃございません。絶対のお話じゃございませんが、現場においてあらゆる契約が取り交わされるなか、甲乙表記わかりにくいわぁ~と思うことがママあるわけです。

 例えば高齢者のかたと、例えば少し判断能力が衰えたかたと、例えば知能指数が少し低いかたと、契約は締結されるわけです。そのような場面では、明らかに甲乙表記はわかりにくく、伝わりにくいと感じます。

3 名前があるじゃない

 で、どうするかってことなんですけど、いつだったか、ハッとさせられる契約書を目にしたんです。契約書自体は、法律的に重要なものでした。その当事者が先ほど例示したような属性を持つ方で、甲乙表記は伝わりにくいやろうなと思われる方でした。私はその契約書を作成したわけではなく、ある理由で目にしただけでした。当然、司法書士の端くれですから、契約書と呼ばれるものを読むときは、仕事モードで読むわけです。読み始めてすぐ、手の中の契約書があたたかく、あたたかく感じました。そこでは、山田某は山田さんと、田中某は田中さんと書かれていたのです。
 「山田さんは、田中さんに対し、○○する。」
 「田中さんは、山田さんから、○○されたときは、○○する。」
 「山田さんと田中さんは、お互いに協力して、○○する。」

 考えてみれば、世のなかの人ひとりひとりに素敵な名前があるじゃないですか。Let's sing a song.
『ひとりずつひとつ、ひとりずつひとつ
 Every child has a beautiful name
 A beautiful name,a beautiful name
 呼びかけよう名前を すばらしい名前を
 どの子にもひとつの 生命が光ってる』
(「ビューティフル・ネーム」、ゴダイゴ、1974)

 ゴダイゴはいい歌うたうよな~。ギャラクシーエクスプレスだけじゃないんよね。

4 まとめ

 ということで、最近、自分がお客様と結ぶ契約書とか、山田さん髙野さん方式にしてるんですよね。聞いたところによると、公正証書の場合でも、公証人に提示する原案の段階でこうしておけば、そのまま採用してくれるらしいので(公証人にもよるとは思いますが)、高齢社会の現代においては、優しい契約書が広まっていくといいなと思うのです。だから、みんなも真似してくれよな。(明日の契約書が優しい契約書であることを今日お祈りする会代表)

 繰り返しになりますが、企業法務に代表されるような甲乙表記であるべき場面も多いと思いますので、すべての契約書をそうすべきとは思いません。あしからず。

 ようは、その場面において適切なスタイルを提供できるよう、こちらの引出しを増やしておこうぜってことです。身近な法律家って要するにこういうことだろ?(明日の法律家が今日よりも身近であることを昨日から願い続けてる会代表)

 どちらのスタイルにするか。
 甲乙つけがたいお話でした。


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