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「力学」と「有限要素法」は車の両輪である――近刊『例題で学ぶ有限要素解析』まえがき公開

2021年10月下旬発行予定の新刊書籍、『例題で学ぶ有限要素解析』のご紹介です。
同書の「まえがき」を、発行に先駆けて公開します。

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まえがき

本書は、3次元構造解析を学ぶための足掛かり(基礎)として、弾性体の力学と有限要素法について詳しく解説したテキストである。各章には手計算できる例題を掲載しており、具体的な計算結果を確認しながら自学自習が行える構成とした。以下では、本書のキーワードである「力学」と「有限要素法」の二つについて、著者らの考えていることを記しておきたい。

コンピュータの進歩により、工学分野の実務においてはコンピュータによる3次元構造解析が一般に行われるようになった。その数値解析に用いられている方法が「有限要素法」である。有限要素法は、「力学」の原理・法則から導かれる方程式を離散化して、コンピュータを用いて解くための方法である。構造解析において、「力学」と「有限要素法」は車の両輪であり、互いに蜜月関係にあるので、その両方に精通していないと、コンピュータによる3次元構造解析を適切に行うことができない。

まずは実務や研究に携わる前の学生時代を振り返ってみたい。私たちの多くは「○○力学」という専門科目(学問分野)のいくつかを学修したはずである。その多くは、変形の大きさや構造物の形状に対して、何らかの仮定や単純化(理想化)が行われたうえで理論構築がなされている。単純化されるということは、単純化する前の近似の少ない状態がその上位に存在することを意味する。その最上位にあるのが、変形の大きさに制限を設けずに、変形前後の状態を考えて体系化される「連続体力学(非線形力学)」である。変形前と変形後で区別がつかないほど変形が微小であると仮定すれば、「弾性体力学(微小変形の力学)」となる。さらに、構造物の形状が長手方向に長いという仮定を行うと、はりや棒のような1次元の力学に単純化され、私たちはそれを「構造力学」や「材料力学」として学修する。これらを近似の少ない順、あるいは学問の成り立ちの順に並べると、
①連続体力学(非線形力学、有限変形の力学)
②弾性体力学(微小変形の力学)
③構造力学/材料力学(1次元の力学)
となる。下にいくほど、近似や仮定が多い。しかし、私たちの多くは、この順序とは逆の方向にさかのぼって学修する。①にまで到達する例は多いとはいえず、場合によっては材料力学または構造力学までしか学修しない例も少なくないのではないだろうか。

著者らは縁あって、大学の講義のほかに、学会やNPO法人が主催する力学や有限要素法に関する講習会の講師を長年務めてきた。受講者の特徴はおおよそ共通しており、上の③→②のハードルを越えるのが最初の関門となる。1次元は勉強した経験もあり、図解やイメージを駆使して理解できるものの、多次元になると図解が難しくなり、イメージしづらく、またテンソルや行列、ベクトルが現れて数式も難しくなり、理解が追いつかないのではないかと考えられる。すなわち、1次元から多次元に移行する際に「最初の壁」がある。その壁とは、おそらく「応力テンソル」ではないかと著者らは考えている。多次元では、応力はテンソル量となるため、力学に関する各種の方程式もテンソルで表されることになり、1次元と比べて少なくとも外見上は難解な数式になる。また、テンソル演算をしやすくするように、応力テンソルをベクトルで表現する紛らわしい方法まで登場する。本書は、③→②のハードルを越えるために、弾性体の力学を理解するうえで、最低限必要なテンソルの意味やテンソルを表す方法についても触れている。

①~③の材料や構造の力学における主な目的は「内力」の定量化である。内力を単位断面積あたりにすると「応力」になり、1次元ではどちらもスカラー値となる。しかし、多次元では、内力を内力ベクトルにしたところで、すぐには「応力テンソル」に結びつかない。応力に「テンソル」の概念を加えて、はじめて応力テンソルの意味がわかり、物体内部の力の状態を表すことができる。ここで、テンソル(tensor)の語源を紐解くと、tensorのtensはtensile stress、つまり引張応力から取られたもので、さらにベクトル(vector)と同じような英単語にするために、語尾にvectorのorを付けたものである。つまり「テンソル=引張応力」という関係にあるので、テンソルを無視して多次元の力学を理解することはできないはずである。本書もこの観点を重視しており、テンソルの演算方法までは詳しく取り扱わないが、多次元の弾性体において「応力テンソル」が現れる過程に加えて、「応力テンソル」の物理的意味についても詳しく説明することにした。

本書は、どちらかといえば「力学」ではなく「有限要素法」に関するテキストである。有限要素解析の中身について詳しく理解することを本書の目的としているが、冒頭に述べたように、3次元構造解析において両者は「車の両輪」である。そのため、有限要素法による3次元構造解析を理解するうえで、最低限必要な力学に関する法則や数式について、途中の式展開を含めて、可能なかぎり省略せずに説明することにした。とくに多次元では、有限要素法の前に、まずは応力テンソルからはじまる弾性体の力学を中心に学修することをお勧めしたい。本書を通じて、弾性体の力学と有限要素法について学ぶための一助になれば幸いである。

各章の要点をまとめると、次のようになる。

第1章では、有限要素法の概要について述べている。ここでは数式を示さず、簡単な図解を用いて、有限要素法の近似の特徴や要素の種類について概説している。

第2章では、有限要素法を理解するための手始めとして、有限要素法と共通点の多いマトリックス構造解析を解説している。マトリックス構造解析の計算方法や計算手順は有限要素法と同様であるため、まずは簡単なばねや棒、トラスの問題を対象に、マトリックスを用いた構造解析について理解することを目的としている。

第3章では、多次元問題を扱う前に、まずは1次元弾性体の有限要素法について解説している。多次元問題では、変位はベクトル、応力とひずみはテンソル量で表されるが、1次元ではすべてスカラー量になるので、テンソル特有の数式操作を必要としない。そのメリットを利用して、まずは1次元弾性体を対象に、有限要素法の近似の特徴および離散化方程式の導出過程について学ぶことを目的としている。

第4章では、2次元弾性体の力学と有限要素法について詳説している。1次元との大きな違いは、応力テンソルが現れることである。応力テンソルについて理解できれば、その他の多くは1次元の応用として解釈することができるので、まず応力テンソルの物理的意味を詳しく説明したあと、もっとも基本的な線形(1次)要素を用いて、2次元弾性体の離散化方程式を導出することを目的としている。

第5章では、アイソパラメトリック要素とよばれる座標変換をともなう要素を扱っている。実際に用いられる要素の多くは、アイソパラメトリック要素として定式化されている。ここでは、自然座標で形状関数が定義される四辺形要素に加えて、面積座標とよばれる三角形特有の自然座標で形状関数が定義される三角形要素の定式化についても示している。

第6章では、2次元から3次元への拡張、および3次元アイソパラメトリック要素の定式化を説明している。3次元では、四辺形要素は六面体要素となり、形状関数は3次元の自然座標で定義される。三角形要素は四面体要素となり、形状関数は体積座標で定義される。ここでは、六面体要素および四面体要素の具体的な形状関数を示したあと、要素剛性行列と要素荷重ベクトルを計算する方法について解説している。

第7章では、もっとも基本的な構造要素による有限要素法として、はりの有限要素法を取り上げている。はじめに、ベルヌーイ{オイラーの仮定に基づくはりの力学について説明したあと、はりの有限要素法とはりのマトリックス構造解析が等価であることを示している。局所座標系と全体座標系を導入して、フレーム解析へ応用する手順についても述べている。

さらに、弾性体の力学についての理解を深めるために、ひずみテンソルの導出過程を付録A、応力とひずみをテンソルとして表した場合の弾性体の支配方程式および仮想仕事式の導出過程を付録B、座標系に依存しない応力やひずみの定義を付録Cに紹介している。付録Dでは、仮想仕事式を導出する際に用いられるガウスの発散定理とその確認例題を示している。付録Eでは、アイソパラメトリック要素と密接な関係にあるルジャンドル{ガウスの数値積分法について、自然座標、面積座標、体積座標のそれぞれの座標系における計算方法を、具体的な例題を交えて詳しく解説している。

3次元を除く各章では、要所ごとに手計算できる例題を掲載しており、方程式の意味や計算の方法、手順について、具体的に確認することができるように工夫した。また、各章では、できるかぎり詳しい説明と数式展開を行っているので、本書で取り上げる内容を理解して、プログラミングのスキルと組み合わせれば、有限要素解析を自身で実践することも可能である。


編:非線形CAE協会  共著:車谷麻緒(茨城大) 寺田賢二郎(東北大)


有限要素法を基礎理論からきちんと理解するのにおすすめの一冊です。

構造解析において必要な「力学」と「有限要素法」を、例題を通してわかりやすく説明したテキストです。各章の要所には、手計算できる例題が掲載してあり、具体的な計算結果を確認しながら自学自習ができます。

まず、イメージしやすい1次元を解説し、そこから2次元、3次元へと拡張することで、図解やイメージが困難な多次元の有限要素法の理論が無理なく理解できるようになっています。

多次元を理解するうえで、混乱の原因となるテンソルなどの数学的な知識も、必要に応じて付録などで補足しています。


【目次】
第1章 有限要素法の概要
 1.1 有限要素法による構造解析
 1.2 有限要素法の特徴
 1.3 有限要素法の構成要素と種類(構造要素と固体要素)
 1.4 有限要素法による工学シミュレーション
 1.5 有限要素法とマトリックス構造解析

第2章 マトリックス構造解析
 2.1 ばねのマトリックス構造解析
 2.2 トラスのマトリックス構造解析

第3章 1次元弾性体の有限要素法
 3.1 1次元弾性体の力学
 3.2 1次元弾性体の有限要素法

第4章 2次元弾性体の有限要素法
 4.1 テンソルの概念と表記方法
 4.2 2次元弾性体の力学
 4.3 2次元弾性体の有限要素法

第5章 2次元アイソパラメトリック要素
 5.1 4節点アイソパラメトリック四辺形要素
 5.2 8節点アイソパラメトリック四辺形2次要素
 5.3 面積座標を用いた三角形1次要素
 5.4 面積座標を用いた6節点アイソパラメトリック三角形2次要素
 5.5 四辺形要素と三角形要素の近似性能に関する数値解析例

第6章 3次元アイソパラメトリック要素
 6.1 2次元から3次元への拡張
 6.2 形状関数
 6.3 Bマトリックス
 6.4 要素剛性行列
 6.5 要素荷重ベクトル

第7章 はりの有限要素法
 7.1 はりの力学
 7.2 はりの有限要素法
 7.3 はりのマトリックス構造解析
 7.4 フレーム解析への応用

付録A 弾性体のひずみテンソル
付録B 弾性体の支配方程式と仮想仕事式
付録C 応力テンソルの不変量
付録D ガウスの発散定理
付録E ルジャンドル–ガウスの積分公式
付録F 3次元要素の形状関数の微分係数
索引

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