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測度論を制する者は確率論を制す――近刊『確率論』まえがき公開

2022年6月下旬発行予定の新刊書籍、『確率論』のご紹介です。
同書の「まえがき」を、発行に先駆けて公開します。


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まえがき
流行りのデータサイエンスや機械学習をはじめとして、確率という概念が自然にかかわる分野は多く、確率を学ぶ人は多かろう。しかし、高度な計算をしているのに概念が曖昧で、もやもやすることはないだろうか?いわれるままに行った計算が、確かな裏づけをもつか心許ないと感じることはないだろうか?数学がすべてを解決するわけではないが、公理的に確率を取り扱うことによって、解消されるもやもやは非常に多い。

「ルベーグ積分は学んだが、その本領が確率論にどう発揮されているかいまひとつわからない」、「確率微分方程式に関する専門書である[18]、[19]などに挑戦し始めたが難しく、基礎の理解が不足していると感じる」、……。これらの悩みを解決するべく、本書では、測度論に真正面から取り組み、確率論を最大限理解することを目指している。もちろん、確率論の入門書として本書を手に取ってくれる読者も歓迎する。

数学において偶然性の記述に使うのは確率変数である。それは測度を備えた集合、すなわち確率空間を定義域とする関数であり、確率という構造をうまく仲立ちできるものであればよい。そこには、確率空間上で定義された関数としての側面と、確率構造を値空間に押し出すという側面がある。たとえば確率変数列の収束についていうなら、大数の法則では前者がかかわり、中心極限定理では後者がかかわる。それらの違いを区別するだけでなく、逆にそれらの差異をうまく利用するなど多面的な対応が求められる。そのためには、ルベーグ積分を用いた分布や期待値の計算や、証明の中でフビニの定理を使いこなせることなどが、確かな自信の源になる。必ずや、高度な計算技法が身につくだけでなく、確率論を理解したと実感できることになろう。

本書は、数学を専門とする方が学部4年次あたりに学ぶ基礎事項である、確率空間、分布と期待値、フビニの定理、独立性、特性関数、独立性と極限、に内容を集約し、ブラウン運動の構成がきちんと記述できるようになることを最終目標とした([6]~[9]、[11]、[13]~[15]などとは共有部分が多い)。なお、積分の基本的性質、単調収束定理や優収束定理、フビニの定理などは、本書で引用する際に適切な形の命題を述べるにとどめた。それらの証明は[2]~[5]などにあるので、不足を感じる知識は適宜参照してほしい。

著者が工夫したところを挙げておこう。

・測度論によって確率を公理的に定式化するイメージをまずもってもらうため、第1章では、偶然性を区間(0、1]上の具体的な関数列として表現する例を考える。無限試行が一挙に記述でき、確率が長さにより表される様子をみていこう。また、ランダムウォークやその延長線上にあるブラウン運動についても触れ、本書の到達目標を提示する。
・本書では、名峰「ブラウン運動の構成」への登頂を目指す。もちろん、ベースキャンプをたくさん配置しルートを確保して進むのである。一つひとつの段階は長くても半ページまでと小幅になるように補題を設置した。それらが結集してベースキャンプをなす。類書に比べて細切れ感もあるが、小見出しを入れることにより、ルート上の現在位置を確認しやすく、また各人が息継ぎのタイミングを選びやすいようにした。
・計算例を多く取り上げ、計算の流れがルベーグ積分により明解かつ自然になることがみえるようにした。例の多くは古典解析に現れる具体的な積分であり、いくつかはブラウン運動にかかわる興味深い事象の確率評価などで、近い将来きっと再会するであろう。
・なるべく具体的な議論を用いるようにした。とくに、1次元確率分布においては、分布関数を使うと抽象理論に頼らない証明ができ、独立な確率変数列の存在がわかるし、分布の弱収束についてもより構成的な議論が可能となる。
・本書の特徴が最もよく現れているのは、第4章と第5章であろう。読み解く鍵となるのはディンキン族であり、これは測度の一意性定理やフビニの定理を議論する際に決定的な役割を果たす。なかでも、直積σ-加法族について可測な関数を切断面ごとに積分して得られる関数の可測性がとくに重要であり、この点を目立たせるような展開を試みた。条件付き期待値についての理解に役立てば狙いどおりである。
・数学の専門書には行間がつきもので、「同様にできる」や「明らかにうんぬん」と書いてあっても素通りできない段差が隠れていることが多い。セミナーで輪読する場合なら、指導者が行間の存在を注意するところである。そういう箇所には問題という形でアクセントを入れてみた。したがって、問題の多くは、その直前に登場する定義を確認させたり、定理の適用を練習させたりすることにより、行間を緩和させるという役割も担っている。

本書の原稿は、学部卒業研究のセミナーや大学院初年次のセミナーで教材として実際に使用されたものである。学生側から間違いの指摘も出るわけだが、むしろ標準から外れた説明が出たり、場合によっては勘違いされたりしたことのほうが、改良のためのよいヒントとなった。セミナー参加学生はそうは思っていないだろうが、貢献は大であり、ここで謝意を表したい。

参考文献
[1] 杉浦光夫:解析入門II,東京大学出版会(1985)
[2] 伊藤清三:ルベーグ積分入門(新装版),裳華房(2017)
[3] 盛田健彦:実解析と測度論の基礎,培風館(2004)
[4] 吉田伸生:新装版ルベーグ積分入門使うための理論と演習,日本評論社(2021)
[5] 岩田耕一郎:ルベーグ積分理論と計算手法,森北出版(2015)
[6] 志賀徳造:ルベーグ積分から確率論,共立出版(1990)
[7] 舟木直久:確率論,朝倉書店(2004)
[8] 小谷眞一:測度と確率,岩波書店(2005)
[9] 高信敏:確率論,共立出版(2015)
[10] 伊藤清(監修),渡辺信三(編集),重川一郎(編集):確率論ハンドブック,丸善出版(2012)
[11] D. Williams: Probability with martingales, Cambridge University Press, 1991
[12] D. Stroock: Probability Theory. An analytic view, Cambridge University
Press, 1993
[13] J. Jacod, P. Protter: Probability Essentials 2nd ed., Springer-Verlag, 2003
[14] R. Durret: Probability Theory and Examples 4th ed., Cambridge University
Press, 2010
[15] A.N. Shiryaev: Probability-1, Probability-2 3rd ed., Springer, 2016, 2019
[16] P. Morters, Y. Peres: Brownian Motion, Cambridge University Press, 2010
[17] R.F. Bass: Stochastic Processes, Cambridge University Press, 2011
[18] I. Karatzas, S.E. Shreve: Brownian Motion and Stochastic Calculus 2nd ed.,
Springer-Verlag, 1991
[19] D. Revuz, M. Yor: Continuous martingales and Brownian motion 3rd ed.,
Springer-Verlag, 1999

 
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著:岩田 耕一郎(広島大学)

「測度論に真正面から取り組み、確率論を最大限理解する」

本書は、測度論に基づいた確率論を、深く、深く理解するための本です。

・ルベーグ積分を用いて分布や期待値の計算ができる。
・フビニの定理やディンキン族定理を証明の中で正しく使える。

これらができるようになって初めて、測度論に基づく確率論を深く理解できたといえます。そしてそのためには、具体的な計算に取り組み、定理の証明の1行1行を理解していく必要があります。
 
本書では、他書では割愛されがちな測度論の議論の細部に切り込みながら、確率論の基礎である「確率空間」「分布と期待値」「フビニの定理」「独立性」「特性関数」「独立性と極限の関係」「ブラウン運動の構成」を解説していきます。
 
確率微分方程式など、確率論の先にある理論を学習するための基礎固めとして、確かな地力を養うことができる一冊です。


【目次】

まえがき
目次
記号について

第1章 プロローグ
 1.1 ブラックボックス化と偶然性
 1.2 無限試行列の構成
 1.3 ブラウン運動の構成にむけて

第2章 確率空間
 2.1 確率空間と確率変数
 2.2 ルベーグ積分論からの準備
 2.3 1次元積分と絶対連続な分布の例
 2.4 分布関数

第3章 分布と期待値
 3.1 確率変数とその結合分布
 3.2 像測度と積分
 3.3 確率変数の期待値
 3.4 確率収束と平均収束

第4章 フビニの定理
 4.1 ディンキン族定理と測度の一意性
 4.2 ディンキン族定理の応用
 4.3 測度の直積とフビニの定
 4.4 フビニの定理の具体的な適用例

第5章 独立性
 5.1 測度の直積と確率変数の独立性
 5.2 独立性のσ-加法族による定式化
 5.3 独立性と条件付き期待値
 5.4 ポアソン過程の構成
 5.5 ランダムウォーク

第6章 特性関数
 6.1 逆をもつ1次変換と絶対連続分布
 6.2 特性関数と正規分布
 6.3 特性関数の応用

第7章 独立性と極限
 7.1 大数の強法則
 7.2 特性関数と極限定理
 7.3 中心極限定理分布の収束
 7.4 弱収束とタイト性

第8章 ブラウン運動の構成
 8.1 種となる確率過程
 8.2 連続な標本路の抽出
 8.3 ウィーナーの定理

付録 測度の構成に関するまとめ
 A.1 測度の拡張と一意性について
 A.2 可微分同相写像と絶対連続測度

問題解答
参考文献
索引

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