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理論と開発をつなぐ1冊――近刊『光非線形性の物理と光信号処理デバイス』まえがき公開

2022年7月下旬発行予定の新刊書籍、『光非線形性の物理と光信号処理デバイス』のご紹介です。
同書の「まえがき」を、発行に先駆けて公開します。


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まえがき

筆者は、半導体レーザを中心とする光半導体デバイスの研究開発に長年従事してきた。その中で、興味ある光非線形現象にも遭遇した。しかし、光非線形性の基礎学力がなかったために、遭遇した現象を正しく説明できなかったという残念な経験をもっている。また、後述する光時間分割多重通信システムの研究開発のプロジェクトで、光非線形性を用いた超高速光信号処理デバイスの開発にかかわった。そのとき、光非線形性について泥縄で勉強し、光非線形性は技術者にとって難しいテーマであるというのを実感した。ただ、これまでの経験から、光非線形素子に限らず光デバイスを開発・活用するためには光非線形性の理解は必須であるとも感じている。しかし、これを勉強しようとすると、物理系の研究者向けの難しい本はあるものの、技術者に向けたわかりやすい本はあまり見かけない。

そこで、本書では、光非線形性の基礎とその応用である超高速光信号処理デバイスを、技術者に向けて解説・紹介することを目指した。また、本書を書くにあたって、筆者には二つの動機があった。一つは、筆者自身が光非線形性の基礎的事項を確認したかったことである。この分野について改めて勉強し直し、筆者なりの理解をまとめれば、興味のある方に多少の役に立つのではないかと考えた。もう一つは、筆者がかかわった超高速光信号処理デバイスや、筆者の近くにいた優秀な研究者の成果を紹介したいという思いである。

超高速光信号処理デバイスは、光通信システムの大容量化を目指したものである。まずその研究の背景と経過を紹介しておく。光通信システムに不案内な読者は、付録A「光通信システムとデバイス」を先に読むとわかりやすいかもしれない。

1990~2010年ごろ、光通信の大容量化を目指して光時間分割多重システムの研究開発が行われた。その中で、キーデバイスとして光非線形性を利用した超高速光信号処理デバイスの研究開発が行われ、100~700Gb/sに及ぶ超高速動作を可能にするデバイスが実現され、多くの伝送実験も報告された。筆者も、関連するデバイス開発のプロジェクトにかかわった。しかしその後、光通信システムは、光時間分割多重による大容量化ではなく、光の振幅・位相を用い、電子的に処理可能なビットレートで信号を多重化し、これに波長分割多重を加えて大容量化する方向に進んだ。これは、成熟した比較的低いビットレートの技術を用いて信号を多重化したほうがコスト的に優位であったこと、さらに、伝送によるひずみの補償やエラー訂正を電子回路で行うという、DSP(Digital Signal Processing)という新しい技術が進展したことによる。そのため、残念ながら、超高速光信号処理デバイスは実システムで使われることにはならなかった。しかし、光非線形性を利用した光デバイスの研究から多くの知見が得られた。その知見は、直接的に非線形性を利用しなくても、各種デバイスを設計しシステムに導入するうえで有用である。

以下、本書の構成を説明する。第1章から第5章までが基礎編である。第1章で、古典力学で考える非線形性の由来と性質を議論している。第2章・第3章では、基礎的事項として、「光の伝搬」と「光と電子系の相互作用」についてまとめている。第4章では、非線形現象を取り扱うのに必須となる非線形感受率を密度行列運動方程式から導出し、共鳴系と透明媒質のそれぞれの非線形性の基本的性質をまとめている。第5章では、基本的な非線形現象である吸収飽和現象を議論している。光非線形の分野は、幅が広く奥が深い。ここでまとめた基礎は光非線形性の入り口のごく一部に過ぎないことをお断りしておく。重要な、ラマン散乱、ブリリュアン散乱、光パラメトリック増幅、レーザのモードロッキング現象などには、本書では触れていない。

第6章から第9章では、具体的な光信号処理デバイスを議論する。デバイスとしては、半導体利得媒質を用いたデバイス、量子井戸のサブバンド間遷移を使用したデバイス、光ファイバの非線形性を利用したデバイスの三つを取り上げる。電気光学効果の光変調デバイスは、近年の多値変調で重要な役割を演じているが、筆者が直接扱ったことがないため触れなかった。

半導体利得媒質を用いたデバイスについては、まず、半導体光増幅器の基礎理論と実例を紹介している。光非線形性とは直接関係しないが、増幅器で重要な雑音についてもHenryの理論を紹介した。続いて、半導体利得媒質の非線形性について詳細な解析を行い、非線形を利用したいくつかの超高速光信号処理デバイスを紹介している。半導体利得媒質は半導体光増幅器や半導体レーザの活性層であり、光非線形性を利用しない場合でも、設計・システム実装には非線形性の理解が必須である。

量子井戸のサブバンド間遷移を用いたデバイスについては、サブバンド間遷移の物理を議論し、吸収飽和を用いたデバイスの試みと、特定の材料系で発見された位相変調効果を用いた超高速光信号処理デバイスを紹介した。また、サブバンド間遷移素子を用いた8K映像の配信デモを紹介した。

光ファイバを用いたデバイスについては、4光波混合による波長変換と波長変換により生成される位相共役光を用いた光伝送ひずみの補償の理論と実例を紹介した。ひずみ補償の実例では、光ファイバの波長変換を用いた例に加えて、半導体レーザの4光波混合を用いた伝送ひずみの補償例も紹介した。
光非線形性に関する理論的取り扱いでは、できるだけマックスウェルの式とシュレーディンガー方程式からすべてを導くことを目指した。冗長にはなるが、計算の過程をできるだけ省かず書いた。一方、半導体の物性とデバイスについては、読者にある程度の知識があることを想定している。また、工科系の学部で量子力学を学んだ学生の助けとなるよう、付録Bで量子力学のブラケット表示についても簡単に説明した。

(以下略)
 
 
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著:石川 浩(早稲田大学 招聘研究員)

◆確かな理解をベースにして、一歩進んだデバイス開発へ!◆

半導体レーザや光増幅器などのデバイス開発で重要になる光非線形現象。複雑で難解なその理論をわかりやすく解説します。
 
初歩的な物理からスタートし、順を追って学んでいくことで、非線形感受率や吸収飽和現象などの理論もスムーズに理解できます。途中計算も省略せず書かれているので、一歩一歩着実に読み進められます。
半導体利得媒質の非線形性や量子井戸のサブバンド間遷移、光ファイバの非線形性などを利用した超高速光信号処理デバイスの開発研究事例も数多く紹介。デバイス開発が理論によってどのように裏付けられるのか、実例を通して学べます。
 
デバイス開発に長年取り組んできた著者による、技術者必携の1冊。


【目次】
第1章 古典力学系で考える非線形性の由来と性質
 1.1 振り子の例
 1.2 ポテンシャルの中の古典的粒子
 1.3 位相共役の振動
 1.4 まとめ

第2章 基礎的事項のまとめ—光の伝搬と非線形効果—
 2.1 マックスウェルの式と波動方程式
 2.2 非線形分極と平面波の伝搬
 2.3 2次の非線形を用いた波長変換
 2.4 導波路モード
 2.5 導波路中のパルスの伝搬

第3章 基礎的事項のまとめ—光と電子系との相互作用—
 3.1 相互作用のハミルトニアンとダイポール近似
 3.2 相互作用描像での摂動計算
 3.3 2準位系のコヒーレントな応答
 3.4 密度行列運動方程式

第4章 分極と感受率
 4.1 2準位系に対する密度行列運動方程式の定常解
 4.2 2準位系の分極と感受率
 4.3 光電界振幅が時間変化する場合
 4.4 2光子吸収の3次非線形感受率
 4.5 透明媒質の分極と感受率
 4.6 時間領域の感受率と分極の表現
 4.7 クラマース・クローニッヒの関係

第5章 2準位系に対する吸収飽和の理論
 5.1 レート方程式による解析
 5.2 非線形感受率を用いた解析
 5.3 まとめ

第6章 半導体光増幅器の基礎理論と実例
 6.1 バンド構造と活性層の利得
 6.2 レート方程式
 6.3 利得飽和特性
 6.4 Henryの雑音の理論
 6.5 SOAの実例

第7章 半導体利得媒質の光非線形性とデバイス応用
 7.1 半導体利得媒質の非線形現象
 7.2 非線形応答のスペクトル領域での解析
 7.3 時間応答の解析
 7.4 半導体光増幅器を用いた光信号処理デバイスの実例
 7.5 まとめ

第8章 量子井戸のサブバンド間遷移を用いた光信号処理デバイス
 8.1 量子井戸におけるサブバンド間遷移
 8.2 吸収飽和を用いた光スイッチの試み
 8.3 InGaAs/GaAsSb系デバイスにおける相互位相変調効果
 8.4 システム応用
 8.5 まとめ

第9章 4光波混合による波長変換と光伝送ひずみの補償
 9.1 光ファイバを用いた縮退4光波混合による波長変換
 9.2 位相共役光によるファイバの分散と非線形ひずみの補償の理論
 9.3 分散補償と非線形補償の実例

付録A 光通信システムと光デバイス
 A.1 光通信システムの発展
 A.2 変調の高速化と長距離化
 A.3 多重化による大容量化
 A.4 非線形シャノン限界
 A.5 ネットワークの構成と波長変換
 A.6 まとめ

付録B 第3章の量子力学に関する補足

 B.1 光と荷電粒子の相互作用のハミルトニアン
 B.2 量子力学のブラケット表示について
参考文献
索引

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