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今、花開いてきたキャリアのレバレッジ

私が、現在とこれまでの中で、使ってきた最大のレバレッジは、自分の「キャリア」だ。キャリアを最大限に活かし、中小企業ではあるが、2社の会社の役員を兼務している。一つの会社は群馬、もう一つは、沖縄。

デュアルライフと言うと、聞こえはいいが、月の半分、単身赴任が正解である。沖縄県、名護市に、会社として0から立ち上げ、組織を作り、営業活動も広がり、自社の工場を建設できるくらいの業績を残せるようになった。そして、工場建設にかかる6億円という資金も、無事に調達できる目処が着いた。

生粋の群馬県人である私が、縁もゆかりもない沖縄で、ここまでできたのは、まさに今までの「キャリア」がレバレッジとして働いたのを実感している。

私のファーストキャリアは、地元の群馬の信用金庫。6年勤めた。預金事務、預金窓口、融資係を合計で3年、残りの3年は渉外係(営業)。

総合職は、3年で営業になるカリキュラムが組まれており、その3年間で、必要な知識を身につけなければならなかった。

信用金庫は、地銀や都銀と違い、限られた営業エリアをとにかくくまなく訪問する。金融機関の主たる利益源は、融資による利息の収入であるため、そのエリアにある中小零細企業、個人事業主、一般家庭まで、全戸訪問を合言葉に、回ったものである。

主たる利益源である融資による利息収入だが、信用金庫の場合は主に以下の3つの融資がある。
・中小零細企業、個人事業主への融資(事業性貸出)
・個人への住宅ローン
・個人への消費者ローン(車、教育、カードローン、その他購入の資金)

そのため、事業先から個人宅まで本当にくまなく回った。付随業務として、定期預金、年金受取口座、給与振込口座の獲得などもノルマがあった。

そのため、年金に関する知識、社会保険に関する知識も頭に叩き込まなければならなかった。

融資という商品は本当に厄介で借りたい人に貸せばいいという訳ではない。借りたい人で、返せる見込みのある人に貸さなければいけない。そのため、決算書を読めることは当たり前で、事業計画書を作成する能力も必要だった。

担保設定に関すること、保証に関すること、様々な権利関係に関する法律など、お客さんに説明する義務があるので、多岐にわたる知識をとにかく身につけなければならなかった。

信用金庫には、6年間勤務し、私が営業担当として訪問していた、一番大きい取引先(現職に)に声をかけられ転職した。主な業務は経理・財務であったが、人事、労務管理、法務、税務、総務、庶務、管理部門のあらゆることが担当となった。

業務として担当することは、初めてのことばかりであったが、信用金庫で得た知識と経験が本当に役に立った。知識を応用し業務で活かし、信用金庫で運用していたルールなどをパクった。もちろん、改めて多くのことを学んだが、基礎的なものを信金でほぼ網羅していたので、苦労がなかった。一人で、今までよりも、早く詳細に管理部門の業務をこなし、さらに会社の守りの機能を進化させた。会社にとって致命傷になりかねない大事件も何度かあったが、手前味噌ながら、私の活躍で乗り越え、評価がぐんぐん上がり、役員に昇りつめることができた。

創業者より、自分の息子(社長)は信用してないけど、大森君のことは信用してるからな!頼むな!!と言われる存在になれたことは本当に嬉しかった。

とにかく転職後、信用金庫での経験、知識をフル活用で役立てられたことは、自分のキャリアをうまく使えた転職だったのだと思う。

そして、現在、沖縄での現地法人立ち上げ業務。この立ち上げは業務の定義は、私の中で、安定的に利益を生み出せる会社を作り上げることである。実際に数値化されているのだが、そこまでお見せできないので申し訳ない。

事務的に会社を作るのは、どんな専門家に頼めばいいのか把握しているので、司法書士に依頼。公的な建物のオフィスを借りる審査の書類を作ることも、沖縄県の特区承認を受ける審査書類を作ることも、経験のない人がやれば難しいことですが、信金で散々、稟議や保証協会に提出する書類を作っていた私には、簡単なことでした。

沖縄の会社が軌道に乗り始め、工場を建設することになり、建設場所の土地の購入、業者の選定、資金調達という難題っぽい仕事もありましたが、これも信金の経験で、何とかなりました。工場の建設にかかることを信金の営業の時に貸し出す側で経験しているので、どんな法手続きが必要か、どんな許可申請が必要か、そしてお金を借りる時に、どのような行動が必要かも熟知していたので。

資金調達は、沖縄の地元の金融機関2行と、群馬の会社のメインバンク、3行協調融資で、やってもらえることになりました。ちなみに、沖縄の1行は信用金庫です。

いきなり、新規融資を持ちかけても、取引が今まで全くない会社に大金を貸し出してくれる信用金庫はありません。1年くらいかけて、準備をしていました。どんなことをしていたかというと、決算日に大口預金を作ったり、窓口で取引先への支払いを毎月したり。窓口で、実際に顔を見せ、内部資料で弊社の名前がいい意味で出てくるような仕掛けしていました。

そして、先方が、会社を訪問してくるのをひたすら粘り強く待ちました。支店長と法人担当営業が、アポをとってきました。何気ない会話をし、社員の給与振込口座を作って欲しいなどのお願いを受け、そろそろ帰るかなというタイミングで、新工場建設の話を持ち出しました。

案の定、食いついてきました。そこで、私が信用金庫で働いていたこと。資金のお手伝いをお願いしたいことなどを話し、事前に用意しておいた、3期分の決算書、群馬の会社の3期分の決算書を渡しました。普通なら、怪しまれますが、元信金職員となれば、必要な書類がわかっているので、怪しまれません。とても親近感を持ってもらえました。

次の日、支店長から、信金の本部を紹介してくれるという電話がありました。前日に、とにかく営業を頑張りたいと話していたので。

弊社は印刷会社です。私は元信金職員。信用金庫には、弊社に適した印刷物が山のようにあるのです。その印刷物や広告の発注元である部署を紹介していただき、後日、受注に繋げることができました。融資と仕事を得る。これが当初からの目論見でした。そしてもう一つ。

金融機関は、自行の取引先同士を紹介するビジネスマッチング的なこともしてくれます。いわゆる紹介。銀行や信金という、その会社を細かく知っているところが紹介する企業ということで、信用が増し、取引に繋がるケースが多いのです。飛び込みやテレアポで会ってもらえない会社でも、信金や銀行の紹介であれば会ってくれます。私自身、信金の時にたくさん経験しました。

群馬から来た会社ということで、沖縄での知名度、及び信用は著しく低いですが、地元の金融機関の紹介となると、違います。何とか繋がりを持ちたいと思っていた企業とも、おかげで取引を開始することができました。これも信金の信用の力です。

ここまで、ダラダラと私の経験談、体験談を書いて来ましたが、何が言いたいかと言うと、信用金庫職員というファーストキャリアを、今、現在も使い倒して、自分と自分の会社の利益にしているということです。今、私が注力しているのは沖縄の会社ですが、群馬の会社のCFOでもあります。しかし、群馬の方は、私の後継者が滞りなく回してくれています。

その後継者も、元信用金庫職員です。私と同じ信用金庫出身。群馬の会社の営業担当をしていたところを、私が引き抜きました。さすがに、理事長にこっぴどく怒られました。しかし、背に腹は変えられません。と、いうことで、話がまとまりませんが、キャリアというか信金を使い倒して、レバレッジとしたというお話です。

あまりにもまとまりがないので、加筆修正、及び一部削除を今後すると思います。




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