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【小説】2番目同盟~恋愛は小説と同等に奇なり~ #キナリ杯


1.大学時代のあのひとこと。


「世界で一番好きな人と結婚したら、多分、不幸になるよね」

大学構内のカフェテリアで何気なく夏海が口にした言葉に、塚田がきょとんとする。それから、きれいなアーモンド型をした目を何度も瞬かせて、無言のまま夏海を見つめていた。

夏海も正面に座った塚田を見つめていた。
彼のしぐさがいちいち愛しくて、夏海はいつも見惚れてしまうのだ。
このかわいい生き物は、いったい何なのだろう、と。

塚田は夏海の同級生で、大学3年。身長176センチのれっきとした男だ。
それなりにカッコよく、一般的に「かわいい」と形容される容姿ではない。
中性的な美しさを持ち備えているわけでもなかった。

しかし、夏海の目には、塚田のすべてがかわいらしく映る。

夏海はそっと隣に座った成瀬を盗み見た。
成瀬も、塚田を見つめていた。

成瀬の横顔、いいな……。

夏海は、うっかり口にしそうになった言葉を飲み込んだ。

成瀬が塚田を見つめる理由と、夏海が塚田を見つめる理由は、似ているようで少し異なる。

成瀬は塚田のことが好きで、夏海は成瀬に好かれている塚田が好きだった。

二人とも、塚田が好きという共通点があるものの、好きの種類が違う。
成瀬の好きは恋愛感情で、夏海の好きは愛でも恋でもない、もっと別次元のもの。
この世に存在する生物の中で、最も好きなのが「塚田」だった。


「なっちゃん、どういうこと? 意味わかんないんだけど」


十数回ほど瞬きをしたところで、ようやく塚田が声を発した。
眉間にしわを寄せて、大げさなリアクションをとるのも、控えめに言って無茶苦茶かわいい。


「世界で一番好きな人と結婚したら、幸せになれるでしょ?」


当然という顔で発せられた純粋な回答に、思わず頬が緩む。

またそっと成瀬の表情をうかがうと、夏海と同じように微笑んでいた。
塚田に向けられた視線があたたかくて優しい。


「塚田は、まっすぐでいいよね」

「うん?」

「世界で一番好きな人と結婚したらさ、絶対疲れるよ」

「意味がわからない……」


絶対に幸せになれるだろ、というのがあからさまに顔に書いてある。
それもまた、かわいい。どついてやりたいぐらいには。


「世界で一番好きな人と結婚した後は、ドキドキで死にそうになると思うんだ。それが毎日続くんでしょ? 拷問だよ。それに、自分のものにした途端に、誰かに奪われるんじゃないかっていう不安も始まるから、地獄」

「はい?」


塚田が顔をゆがめて、悩んでいる。
夏海の奇妙な思考についてこられないのだろう。
まっすぐな塚田なら、それも仕方ない。




「結婚するんだからさ、誰かに奪われるとか考えなくていいじゃん。相手だって、自分のことを一番好きで結婚してくれたんだし」


「ふふっ……」

「何がおかしいんだよ」

「いや、塚田らしいなって思って」



こういう塚田が好きだ。
何にも汚されていない、まっすぐできれいで、素直な人。
そんな塚田を好きな成瀬のことも好きだけど。


「なあ、成瀬はどう思う?」



塚田が成瀬に問いかける。
すると、成瀬がちょっとだけ真面目な表情に戻って、静かに答えた。



「俺も、世界一好きな人とは結婚したくない……かな」

「え!?」



同性の成瀬に裏切られたと思ったのか、ひどく意外そうな表情で塚田が驚いている。



「なんで!?」



塚田の声がカフェテリアに響く。
周囲の目がいくつか三人に向いたが、さほど気にすることもなく、そのまま会話は続いた。



「付き合うなら一番好きな人でいいけど、結婚は違うんじゃないか? 一生一緒にいるんだぞ。嫌なところも見せないとダメだろ。一番好きな人には、そんなところ、俺は見せたくない」

「むむむ……」



成瀬の言葉に納得する部分があったのか、塚田が口をつぐむ。
低い声でうなって、なにかを必死に考えているようだった。


やっぱり、かわいい。



「……じゃあ、なっちゃんも成瀬も、二番目ぐらいに好きな人と結婚すればいいよ。俺は絶対、世界で一番好きな人と結婚するから! その時には、結婚式にお前らを呼んで、自慢してやる」

「いいな、それ」

「うん。いいね」



成瀬が笑う。夏海もそれを待って笑う。


こんなに情熱的な瞳に見つめられているのに、鈍感な男。


時々、夏海は成瀬のことを不憫に思う。
でも、成瀬は幸せそうだ。
だから、この関係を夏海はずっと続けるつもりだった。



2.二番目に好きな人


だからといって、二番目に好きな人と結婚するかというと、そうでもない。

昔から、夏海は恋愛感情が希薄で、恋愛らしい恋愛をしたことがなかった。
それなりに交際経験はあるけれど、結婚という意味がよくわからない。

そういうときに、いつも思う。


結婚ゲージがあればいいのに。


恋愛シミュレーションゲームのステータスみたいに、ポイントが可視化されたら、結婚のタイミングがひとめでわかる。
好感度みたいなものでもいい。
互いの好感度が90%以上なら、結婚適齢期だよって教えてくれるシステム。

誰をどのぐらい好きになったら結婚するんだろう?


『今日、夕飯どうしよっか?』


夏海は同居人にLINEをする。
互いに働いているので、早く仕事が終わった方が夕飯を作るという取り決めをしている。

それだと、夏海の方が夕飯を作る回数が多くなってしまうのだが、その分、同居人が食費を多く払ってくれるので問題ない。
料理も嫌いじゃない。

定時過ぎに会社を出て、自宅にたどり着くまでの間に何かを買って帰る。
料理をするのが面倒なときは、会社近くでお惣菜。
面倒じゃなければ、食材を。

しばらくすると、成瀬から返信があった。



『悪い、俺の方が遅いと思う。カレーか、シチューで』

『了解』



成瀬は優しい。
絶対に「なんでもいい」とは言わないのだ。
夏海が迷わないように、買うべきものや作るべきものを、的確に指定してくれる。

きっと、成瀬と結婚すれば、穏やかな老後が過ごせるのだと思う。
そこそこイケメンで、それなりにモテる。

しかし、本当に成瀬と結婚することが幸せなのだろうか?

夏海は地下鉄に乗り込み、小さな振動に揺られながらぼんやり考える。
根本的な問題をあげるとしたら、自分たちは、恋愛感情など欠片も抱いていないことだろうか。
夏海も成瀬も一緒に暮らしているが、恋愛感情は1ミリもない。

あるとすれば、仲間意識。
それ以外に考えられそうなのは家族愛。

じゃあ、なんで一緒に暮らしているのかといえば、あの呪いの言葉のせいだった。


「……じゃあ、なっちゃんも成瀬も、二番目ぐらいに好きな人と結婚すればいいよ」


塚田の放った、大学時代のあのセリフ。

当時は気にも留めなかったが、それは大学卒業後に、二人の身に鋭く突き刺さり始めた。

大学を卒業すると塚田に彼女ができ、三人で会うことが少なくなってしまった。
やがて、夏海と成瀬だけで会う回数が増えた。

二人で会うと、自然と塚田の話になる。
二人の唯一の共通点は、塚田が好きということなのだから。
話題はそれしかない。

そうこうしているうちに、塚田から「結婚するかもしれない」という連絡が届いたのが半年前。

それがきっかけで、夏海と成瀬は同棲――本人たちは「ルームシェア」のつもりで同居を始めた。


だって、二番目に好きな人なんだもん。
塚田の結婚式には、二番目に好きな人と一緒にいるアピールをしたいじゃない?


二人が一緒に暮らしている理由は、それだけだった。




3.世界で一番好きな人


案の定、二人は塚田の結婚式に招待され、同じテーブルの隣同士に座らされた。

もともと、成瀬は口数の少ない男だったが、式場についてからは、ますます黙りこくって、夏海には読み取れない表情を浮かべていた。


成瀬はどんな気持ちなんだろ?


それを想像すると、急に胸が苦しくなる。
好きな人の結婚式に呼ばれて、幸せを見せつけられて、それを笑顔で祝福しなければならない気持ちとは、どんなものなのかと想像したとき、急激にさみしさの真ん中に突き落とされた。

成瀬の整った横顔を見つめながら、夏海はつぶやく。

「いいなぁ……」

夏海の頭の中に存在する成瀬は、お人よし加減MAXで、精一杯祝福することになっている。自らの恋情を押し殺しながら。
そんな風に恋愛できる成瀬が、ひどくうらやましい。



「ん? なんか言ったか?」

「なんにも」



視線気づいた成瀬は、もう、いつもの顔に戻っていた。

式はつつがなく終わり、二次会で笑いあって、新婦にも挨拶をして、夏海と成瀬は家路につく。


「式、どうだった?」


ちょっと意地悪な聞き方をしてしまったかな、と斜め上方向に視線をやると、成瀬が見下ろしてくる。



「どう、って言われてもな……。まあ、思ったより、ダメージは少なかったかな」

「そっか」



他に選べる言葉がなくて、夏海は短く答えた。
夏海の速度に合わせている歩幅のやさしさに、涙がにじむ。

どうして泣きたいのか説明しようがなかったが、こみ上げる感情が限界を訴えた。


夏海も成瀬も、やっぱり塚田のことが一番好きだ。
それでもって、夏海は成瀬に愛されている塚田が好きだ。


塚田に片思いしている成瀬のことは二番目に好きだ。
でも、結婚したいと思ったことはない。


だけど……。

今ならちょっとだけ、成瀬となら結婚したいかもしれないと思った。

(了)