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【第5回】銀行マンが土建屋に転職したらどうなった

お世話になります、森本です。

僕は今から3年前の2016年に金融業界から建設業界へと転身を果たしました。第1回でも書きましたが、僕の転職の軸は「地方で稼ぐ」という1択であった為、その他のことはないがしろにしていた部分がありました。

まずは業種・職種選び。建設業に飛び込んだといいながら、面白そうな地方であれば仕事はなんでもいいやと本気で考えていたので、異業種に飛び込む事に何のためらいもなかったです。

そしてお金の面。3年前当時の年収およそ700万。なかなかもらえる額ではありません。ぶっちゃけ年収は半分になりましたが、この点に関しても税金関係で少しへこんだ位で気にしませんでした。

今回は業種転換、お金の話をさせて頂ければと思います。

渋谷・スーツ・銀行勤務→西粟倉・作業着・土建屋勤務

結構な変化ですね(笑)

これだけ変わりましたが、東京もスーツも自分にとってはずっと違和感だったので今の方がしっくり来てます。


さてさて、僕は西粟倉村の地域おこし協力隊として有限会社小松組へ入社しました。

小松組は創業50年を超える村内の土木工事の老舗企業です。現社長で3代目となり、代変わりの際に空き家管理事業などの新規事業の展開や個人のお客様の仕事の受注拡大を企図して人材募集を行っていたところに応募した訳です。

入社した当初は新規事業で立ち上げの際の補助金申請や、個人や法人のお客様の仕事の対応、原価管理などの経理事務といった前職のスキルを活かした業務を主に対応していました。

もちろん現場作業もやっていましたが、勤務日数的には現場と内業が半々といった感じでした。

なので、公共工事などの大きな工事現場ではまだまだ素人に毛が生えた程度かなと思います(笑)

ちなみに昨年夏の豪雨災害後は応急対応や復旧工事などで目の回る忙しさでほとんど現場作業にあたっている状態です。

3K(きつい、汚い、危険)と言われる建設業界ですが、確かに夏は暑く、冬は寒い。コンクリ打ちなんかの日は結構汚れる。しかも「土木は馬鹿でも出来る」と自嘲気味…

しかし働いている人達を見ている僕からすれば、

段取り、仕事の正確性、現場での阿吽の呼吸

職人技に圧倒されます。仕事はミリ単位で調整、スピード感のある仕事

現場は本当に奥深いです。まだまだこれからです。

あと、小松組は公共工事や民間工事でも下請仕事があまりないため、営業、測量、図面作成、原価管理、出来形管理、請求業務といった元請でほぼすべての仕事を出来るので、馬鹿じゃとても務まりません(笑)


お金は大事か?

今でも大きな声で「ハイっ!」と答えます。

転職の際に給与面はかなり下がりましたが、

人生の選択権を取り戻す

この感覚を大事にしました。住む場所も一緒に働く人も大きな組織では僕の力ではとても選べませんでした。
当時は毎月末の数字の事ばかり考えて、自分のやりたい事や今後の人生どうするかなんていうのは考えれる様な精神状態ではありませんでした。

このまま歳をとってから後悔しても遅い、選ぶなら今だ!と。

フローを獲得し続ける力

組織という大きな傘に甘えて自分の稼ぐ力は市場では通用しない。

今後地元や地域で色んな可能性を感じながら仕事をするには、大きな市場で自分がどんなリソースを発揮出来るか確かめ、高めていく必要性がありました。
そういった意味では業界を変え、収入を下げてでも自分の力を蓄えてチャレンジしていく事が「地方で稼ぐ」を可能にすると信じて動き出しました。

まだまだこれからです!

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