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ガス爆発を起こしてバイトを辞めた話【レモンサワーとメガネ】

大学1年生の時、僕は地元のもんじゃ焼き屋さんでホールスタッフとして働いていた。

そのお店ではテーブルの下にガスコンロが置いてあり、各々のテーブルでもんじゃを焼く仕様となっていた。
僕はお客さんの代わりにもんじゃを焼く、ドリンクを作る、お皿などを片づけるといった業務を行っていた。

友達に紹介されて始めたアルバイトだったが、もんじゃ焼きを焼くことは楽しかったし、賄いは美味しかった。
店長は厳しい人だったが、心地の良い環境で働いていたと思う。



しかし、ある日事件が起きる。
2016年の年末のことだ。

その日は年の瀬ということもあり、店内はとても繁盛していた。
入店されたお客様の対応、もんじゃ焼きを焼く、オーダーを聞く、ドリンクを作る、テーブルを片す……など、これらを延々と繰り返す。

店内の気温は高く、真冬なのに汗まみれだった。
着ていたシャツは身体に張り付き、天パの前髪はさらにもじゃもじゃになり、かけていたメガネもズレ落ちそうだった。


目が回るような忙しさの中、おまたせしましたーとレモンサワーをテーブルに運んでいると「すみません、もんじゃ焼いてもらってもいいですか?」とお客さんに頼まれた。

内心、忙しいのにこの野郎と毒付きながら「かしこまりました!」と笑顔で返事をする。


もんじゃ焼きを焼くには鉄板に熱を通さなければいけない。
僕はコンロのツマミと同じ目線に屈み火を着けようとした。

その時少しツマミが傾いていることに気付く。
ん?ちょっとずれてんなと思いながらツマミを戻し、押し込みながら左に回す。
回しながら「なんかガス臭いな」と思っt


爆☆発。


『爆☆発』と☆を用いてポップな雰囲気を演出しようと思ったが、無理だ。

視界を爆炎と閃光が埋め尽くし、水素で満ちた試験管にマッチを近づけた時のようなボッッ!!!という音が耳に飛び込んできた。


爆発の原因はツマミがずれていたことだった。
ずれた場所からガスが少し漏れており、そこに火が引火して爆発が起きてしまったのだ。
ツマミをちゃんと締めなかったのは誰だ!?と怒ったが2秒後に自分であることに気が付く。自業自得だ。

幸いにも爆発の大きさは水風船が割れた時くらいだった。
ギャグ漫画みたいにお店が吹き飛ぶことも、周りのお客さんがケガすることも無く、天パのチリチリの前髪をさらにチリチリにする程度で収まった。
チリチリのマシマシの完成である。


だがしかし爆発は、爆発だ
偏差値3の岡本太郎みたいだが、この時の僕は必死だった。
メガネ越しとはいえ、爆炎が僕の目めがけて避けきれないスピード襲ってきたのだ。
目がすごく痛い。玉ねぎを切っている時の50倍は痛い。


僕はテーブルのお客さんの安全確認をするプロ根性を見せながらも、「目がヤバい」と内心焦っていた。早急に何かで目を冷やさなければならなかった。
シャンプー中にシャワーの場所を一瞬で確認するが如く、目をしぱしぱさせながら辺りを見渡す。

テーブルの上にはお皿に盛られたソーセージ、焼く前のもんじゃ焼き、僕が持ってきたレモンサワーしか無かった。



僕は迷わずレモンサワーに手を突っ込んだ。


どうしてそうなるのだろう。

『レモンサワー = 氷 = 冷やせる!』という世界でここでしか使えない方程式が完成した瞬間だった。
何の役にも立たない公式だが、唯一僕の頭の悪さだけは証明できる。


僕はレモンサワーのアルコールに浸かった氷を取り出して目を冷やした。
アイシングと一緒にアルコール消毒も行えるとは思わなかった……お酒というものは何と素晴らしいのだろうか……。

僕は氷で目を冷やしながら「目がぁ……目がぁ……!」と呻いていた。


この現場を動画に収めムスカ大佐』とでもツイートすれば大ウケ間違いなしだろう。
ガス爆発も比じゃないくらい大炎上しそうだが。


目を押さえこみながらムスカ大佐のモノマネをし続ける僕に、周りのお客さんが「大丈夫ですか…!!?」と心配してくださった。
他のテーブルもやばくね?と騒然としてきたので、「大丈夫っす!すみません!」と気丈にふるまった。


バックヤードに戻り痛がっていると、いつもは厳しい店長が「今日はもういいから病院行ってきな。」と袋に入った新しい氷をくれた。
冷たいはずの氷の袋が、なぜか温かく感じられた。


しばらくして、迎えに来てくれた母親と一緒に緊急外来に駆け込んだ。
お医者さん曰く、メガネをしていたからほぼ無傷で済んだそうだ。

メガネには視力の補填のみならず、盾となり爆風から目を護ってくれる側面もあるらしい。
この時ほど「メガネで良かった……!」と思ったことは無い。


もし『メガネで良かった時グランプリ』、すなわちM-1グランプリがあれば余裕で優勝できるだろう。
え?そんなものは無い?ほなM-1とちゃうかぁ。


次の日、店長に「あんなことを起こしてバイトを続ける勇気が無いので辞めます、すみません…」と電話したら「そうだね!」と即答された。
店長よ……あの温かさはどこへ……?


こうして僕はもんじゃ焼き屋さんを辞めることになった。


この後に僕はチリチリのマシマシの前髪を直すために坊主にするのだが、また別の話だ。



それにしても、まさかバイト先でバルスを喰らう羽目になるとは思わなかった。
ラピュタは竜の巣ではなく、もんじゃ焼き屋さんにあったのだ。

これを読んでいるあなたが、これから鉄板焼きのお店に行くこともあるだろう。
その時に少しでもガス臭いと思ったら、すぐに店員さんに一言申し付けてほしい。これ以上バルスを起こすわけにはいかないのだ。


そして、もんじゃ焼き屋さんでアルバイトを始めようとしているあなた。
メガネをかけて働くことをオススメする。


#キナリ杯 #エッセイ  


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