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0120「プール」



「佐倉造です。アキさんの店の二階に居候、っていうか住んでいて、でもぼく、ヨシノさん?のこと、ぜんぜん知らないですよ?いいんですか?そ……ああいや、それならいいっていうか。なにがいいかもわかんないんですけど、いいならいいです。
 知らないけど……ああでも見かけたことはあるっていうか。大学で。在籍してたときに。アキさんから聞いて知ってるとは思いますけど、おれ三本と同期なんで。三本と話すとき、話のなかでもたまに出てきたし、大学構内でも、カフェとかで、三本とか、あー、とアキさんですよね。とか、そういう面々となにか話していたり、喫煙所でたばこ吸ってる姿は、ですね、見たことあって、でも話したことはないですよ。ああでも……、そうだ、でも、そうだそうだ、パフォーマンスは観に行って、その終演後、会場から出たところで。あ、違うか。ごめんなさいそれは別の人でした。いや、ヨシノさんとそのときすこしだけ立ち話したなって思ってたけどそれは別の人で、でもその人の名前が思い出せないな……。まあいいや。展覧会のほうは申し訳ないけど観に行ってないすね。だからそれくらい、っかなあ?
 ぼくあんまり、うーん、中高と水泳部だったんですけど、そのころ顧問からサクラって苗字で呼ばれていたくらいで、基本みんなからはイタルなんですよ。イタルとか。イタルくんとか。小学生のころちょっとだけ行ってたくもん式ではタルちゃんとかタルタルって呼ばれてたなあ。なつかしいなあ。オオニシ、元気かな……。くもんで仲良かったやつで。学校は一緒だったけどくもんくらいでしかまともに話さなかった、そういう友達で。友達って言っていいのかわかんないけど、でもぼくのなかではいま思い出してあー友達、って思ったから友達だったんだろうけど、あとオオニシのほかにリョウジとミズハラってやつらがいて、ぼく含めその四人でいつもくもんから自転車でそれぞれ家に帰る。帰る途中のミニストップでジャンプとかサンデーを立ち読みして、そのころミニストップってフカヒレまんってやつがあったんですよ。いまもあるのかなあ。リョウジがそのフカヒレまんすげー好きで、ぼくはそこまで好きでもなかったし嫌いでもなかったんですけど、うん、なんかみんな買ってましたね、買って、イートインコーナーでみんな座って、やっぱこれだよなこれ、って毎回リョウジが嬉しそうに言って頬張るから、なんかぼくもフカヒレまんがすごく好きなもののようにそのときだけ感じて、うんうん、とかうなずいたりして、でもオオニシは四人のなかでは一番マイペースだったからたまにオオニシだけブタメン買ってたりして、オオニシはオオニシですげー大事そうにブタメンをちっちゃいプラスチックのフォークで食べるから、フカヒレまん食べ終わったあとにオオニシ以外のぼくら三人もブタメン追加で買って食ったりして。そうすると先に食い終わったオオニシはしばらく手持ち無沙汰になるんすけど、でも、あー、っふふでもオオニシはひとりでジャンプまた立ち読みしに行ったり、今週のボーボボの展開とかセリフをツバ撒き散らしながら再現してひとりで爆笑したり、いま思うとまじうっせーって感じでしたけど、クソガキどもっすよね店員から見て、でもなんか、ぼくはその時間すきだったな。オオニシは中学に上がってからいじめの標的になっちゃって、でも……、あー、……いや、こんな話するつもりじゃなかったな。ごめんなさい。あー。
 もともとぼくは、いや、絵本とか小説とか読むのは好きではあったんですよ。ちっちゃいころよく読んでいた絵本の何冊かはいまも手元に置いていて、手に取ることはほとんどないんですけど、でも大事にとってます。そんなに大した、うーん。いや、けっこう普通というか。違うか。まあいいや。ハリー・ポッターもダレン・シャンも追って全巻読んだし、読んでいたし、宮部みゆきのブレイブストーリーとかほんとどきどきしながら読んでいましたね、当時。小学生のころ。忘れらんないですよ、第一部の最後、主人公の家庭がどん詰まりのなか異世界に行く場面とか。しばらくそのことしか考えらんなかった記憶ありますね。都市ガスでは死ねないんだなっていう。夢にも出たな。都市ガスってものがつまりなんなのかもわかってなかったあのころに。あとは順当に……順当に?青い鳥文庫、パスワードシリーズ……パ〜スワ〜ドシリィズ〜〜……!はあーなつかし、なつかしい。はやみねかおるの探偵モノも読んでいたし、そこから江戸川乱歩とか、アガサ・クリスティとか、エラリィ・クイーンとか、赤川次郎とか、西村京太郎とか、有栖川有栖とか伊坂幸太郎とか歌野晶午とかあああ〜もうなつかしいな……いやいやすみません。そんな感じですね。だからファンタジーとかジュブナイル、うん、でミステリ行って、そんな感じ。そこからじわっとほかのものほかのもの、って感じで、ああ高校生のころは京極夏彦すげー読んでましたね。とか、安部公房もまっとうにまっとうに?ふふっ、ざっと読んだし、あー、坂口安吾とかね。稲垣足穂とかね。村上春樹、舞城王太郎、あー、……あー。うなってばっかですんませんね。でもまあ、そんな感じ、で、す。はい。んでもべつに、でもってわけでもないですけど、文学青年って感じでもなくって、ぜんぜん外遊びのほうがすきだし水泳楽しいしゲーム最高みたいな。そんな感じだったのがすこしずつ書くほうにシフトしていって、うん、なんでかな、なんでかなっていうか思い当たるきっかけとかいくつかあるんですけど、でもこれっていうおっきなものは、……いやあるのかな?あー、るかもですけど、っていうかあるんですけど、でもそれ話し始めるとすごい。……うーん。なんて言ったらいいのかな。いや違うな。シンプルに。うん。シンプルにいまここでは話したくないっていうことなんだと思いますね、ぼくが。ここではっていうか、あんまり人に話すようなことではないって、ぼくは思っているのかもしれないですね。ああ〜っ。いやいやこれ、あー、これぼくのほんと悪いところで。自分でこれ人に言わないほうが、違うな、あんまり言いたくない、うーん、秘めておきたいって言うとなんかそれも違うんですけど、そういう、なんか、あーえーっと、つまり口が、すべっちゃったりとか、こうして話しているときリアルタイムで思考がおっついてない、おっつかないことが多々あって、シラフのときもですよ。なんていうか、まだ言葉にしておきたくないことを性急に言葉に固定させてしまうようなところがぼくにはたぶんあって、これもうまく言えてない感じがするんですけど、そう、ぼくの嫌いなところですね。でもいまは踏みとどまりましたね。ふふ。最近それできるようになりました。たまにですけどね。
 なのでそれと関係あること、関係あるけど別の話、というか最近、でもないな、すこし前にふと思いついて、それからなんとなくぼくの頭のなかにあるイメージの話をすこしだけすると、小説を書くことって、ジグソーパズルが入れられたプールの中に入っていくような行為だよなって思うんです。手でゆるく水流をつくるようにして、水の中でピースをそっと集めて、自分の身体の動きでかんたんに崩れてしまうけど、それでも水の中でピースをはめていく、はめていこうとする、断片的なシーンをつくる。そういう人もいれば、うん。浮かんだり沈んだりしているピースをプールサイドにひとつひとつ置いていって、着実に完成させる、そういう人もいれば、ピースの浮かんだプールでただ泳いだり歩いたり、身体の力を抜いて浮かんだりする、そういう人もいる。プールの水をぜんぶ抜いてしまって、それからピースを拾っていくような人もきっといるでしょうね。プールには誰でも入ることができるけど、でもそれがどんなプールなのかは、入ってみないとわからないというか。いわゆる市民プールとか、学校のプールのようなもの。それから、飛び込み用の、水深の深い、足の届かないようなプールかもしれないし、ドーナツ状の流れるプールかもしれないし、もっと小さい、ビニールプールのようなものかもしれない。あと、あとパズルのピースに刷られている絵が、シーンが、なんなのかもわからない。精緻な風景画のようなものかもしれないし、なにかのキャラクターかもしれないし、家族写真かもしれないし、青空かもしれない。ぜんぶ真っ白かもしれないですよね。何ピースかもわからないし。うん……。プールに入りたいと思った人は入るし、入って、パズルを完成させたいな、と思った人はそれぞれのやり方で完成させようとするし、ただ遊びたいと思った人はそのまま泳いだり、飛び込んだり……。うん。うん……。あーあと、そうですね、こうやって、いまのぼくみたいに、えっと違う、いまのぼくがそうなっているみたいに?プールにいる人、を、プールサイドから見ている人、なんかもきっといますよね。スマホなんかで撮っている人だっているかもしれないし。それこそプールサイドの監視台の上で、監視している人だってきっといる。いることも、ある。ぼくですか?ぼくは、あー、なんだろ、なんでしょうね。ぼくはそれで言うとなんなんだろう。……。ふふ、あーいや、ぼくっていうか、ぼくじゃなくて三本のことをいま考えていて。そうですね、これはぼくの勝手なイメージなんですけど、ぼくから見た三本ってことでしかないんですけど、三本はー、あれですね、プールに入ったら、その場で水に潜って、浮かんだり沈んだり、流れたり止まったり、光を反射してちらちらとまぶしかったり、影にかくれていたり、そういうあちこちある、プールのなかのピースを、水の中で何度も何度も眺めて、その光景を目に焼き付けるようなタイプかもしれないですね。わかりますか?なんとなく。ふっ。ぼくにとっての三本は、そうですね。そういうやつです」

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