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0117「カーセックス(15)」



 ヤマグチとウチムラは見つめ合った。そして互いにフロントガラス越しの外の光景を眺めた。
 市街地から車で1時間ほどかければたどり着く、だだっ広い山頂駐車場の一角で、ヤマグチとウチムラは身体を舐め合っていた。ふたりの身体の汗や熱が車の窓を曇らせ始めたころ、指向性の強い光が遠くから徐々に近づいてきて、やがてその光の出処は車の形を成して1台、また1台と駐車場へ侵入してきた。ヤマグチはウチムラの身体に覆いかぶさるようにして窓の下に隠れ、ふたりは息を殺した。あとからもう2、3台、音や光の加減で侵入してきたのが伝わり、なに、なに、とウチムラはヤマグチの耳元でささやいた。こんな時間に、こんな場所に来るなんて、ろくな奴じゃない。そう思ってからヤマグチは、では我々は? と思い直して静かに笑う。我々はまあ、ともかく。たったいま、立て続けにやってきたあいつらは、いったい何しにここへ来たんだ? ドアやトランクを開閉する音が断続的に響き、かすかに漏れ聞こえる声だけでは正確に判別できないが、3〜40代ほどの男女数人におそらくちいさなこどももひとりふたり混じっている。どうする? とウチムラ。どうしよう? とヤマグチ。……とりあえず服、服着よう。しばらく経ってからどちらからともなく言い合って、ふたりは互いの腕を何度かぶつけながらいそいそと服を着た。ヤマグチがジーパンのベルトを締め、ウチムラがサマーニットに袖を通したころ、駐車場の奥では焚き火が燃え盛り、謎の集団のひとりが持参したのであろう時代錯誤な大型のラジカセからはハーモニカを暴れ吹いているような音が再生されていて、焚き火を取り囲むように置かれたキャンプ用の椅子では銘々がなにかを飲んだり言葉少なに話したりしている様子で、ひとりだけ人の輪からやや外れた場所に立ち、人差し指と中指を立てた手や顔を焚き火のほうへ向けたり頭上へ向けたりしながら大声で何かを唱え続けていた。繰り返し繰り返し聴いているうちに、ヤマグチには「〜ドラア、〜ンヌラア、レントアア、エントラア」、ウチムラには「ベントゥラア、ベントゥアア、エントゥアア、ン〜トゥアア」という音としてそれぞれの耳に入ってきた。呆然と目の前の光景を見ていたウチムラはハッとし、行こう、出ようここ、とヤマグチの腿を揺すった。言われたヤマグチも遅れてハッとし、車を走らせ、ふたりは山を下った。鬱蒼と繁る杉林にくり抜かれた空から、流れ星にしては激しい光が山頂の方角へ流れていったのを、ヤマグチもウチムラも目撃したが言葉にはしなかった。

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