ディベロッパー・ジェネシス/インターフェロン:インターミッション

 キリのフェルティリターテ行きに、グロムが反対を唱える。しかし肝腎の当人は、まるで取り合わない。どころかアヴァランサに向けて。
「なあ婆さん。一つ気になってたんだが、尋いていいか」
「何だい。云っとくが歳なら三〇〇と――」
「いやそっちじゃなくて。つうか年齢はタブーじゃないんだな、鬼族≪そっち≫では」
「なんでタブー視する必要がある。年齢は勲章だよ。それだけ長く生きてんだ。あんたらだって、樹齢何千年の樹とか、ありがたがるだろうが。何で自分達の歳になると右往左往するんだい。理解不能だよ」
「成程ねえ。――ま、それはそれとして、尋きたい事っていうのはさ。婆さん達の資金源だよ」
 キリはアイスコーヒーのグラスを置き、指を折って数え始めた。
「まあとにかく、金に糸目付けてないよな。車は平気で乗り換えてるし。こういう隠れ家の、維持管理。光熱費、生活費。それに俺達みたいな、外注への報酬。この大盤振る舞いの根拠って一体何だ」
「ほう」アヴァランサは犬歯を見せて笑った。「つまり、空手形じゃないかと心配だ、と」
「そうじゃないけど」キリは慌てもせずに応じた。「ただ、ほら、俺も。もしかしたら亜種――の変種として、やってかなきゃいけなくなる訳だからさ。あんた達が人類社会でどう立ち回ってんのか、気になって」
 そう云ったキリの前に、ズイと何かが突き出された。キリは眉を寄せ、目の焦点を合わせる。――アヴァランサがキリに突き付けたそれは、プラスチック製のカードだった。つまり。
「クレジットカード? どこの信販会社……げげっ!?」
 滅多には驚かないキリが、目を剥いて一歩引いた。
「BZBのブラックホールカード!」
「怖ろしげなクラス名だな」マラキアがぼそっと突っ込む。
「BZBってのはパンピの客は受け付けないんだぜ。婆さん達どうやって、資格審査通ったんだ」
「そりゃ資産があるからさ」
「どんな」
「土地と金」
「……」
「封建時代までは、地代で食ってけたんだがね。最近はそうもいかない」
 この〝最近〟も、人類の〝最近〟とは大いにスケールが違うのだろう。
「まずワイン畑。当然ワイナリーも販売会社も自前だ。それからホテル経営。それに城を幾つか、観光用に公開してる。後は美術品の商いだね。有名どころの作品≪ブツ≫の発掘から新人の売り出し、所蔵してる美術品の貸し出し」
「……」
「こんなところだね。納得したかい」
「しました」
 キリは素直に頷いた。察するに吸血鬼一族は、おしなべて頭がいいのだろう。先日の長老達は、どうにも煮え切らなかったが。
「そりゃあこんなのは、初めてのケースだ。普通ならもっと時間をかけて話し合うところだよ。今回時間がないから、押し切っただけさ」
 人類社会で商いをしよう――そういう提案が出された時も、モメたのはモメた、とアヴァランサは云った。
「三年ぐらいかかったね。意見を纏めるまでに」
「……その粘り強さは、見習うに値するね」
 キリは溜息混じりに呟いた。祖国の惨状が頭にあるのは間違いない。そして赤い左目が、〝熊〟を向いた。
「ついでに尋くと、〝熊〟は……」
「そいつらは駄目だね。どうにも頭が固い」
 グロムより先に、アヴァランサが両断してしまった。グロムは憮然と、そっぽを向く。キリは首を傾げた。
「駄目? って云うと?」
「〝駄目〟とは云い過ぎだろう、アヴァランサ殿」
 グロムが抗議する。だがその語調が、何となく弱い。アヴァランサは、それこそ溜息をついて云った。
「こいつらの主な生業は、養蜂と炭焼きだ。自分達が暮らしてく分には困ってないが、いざって時に弱い」
 グロムは黙っている。全くの事実なのだろう。
「こいつらだって頭は悪くない。体力もある。もう少し折り合いを付けりゃあ、もうちょいラクになるってのに。とにかくそうしないのさ。感心はするがアホウだね」
 身も蓋もない。
「しかも気がいいのが裏目に出て、コロリと騙される。鬼族≪こっち≫が口出す事じゃないが、気の毒やら腹が立つやらでね。先代とは大喧嘩したよ。もうちょっと学習能力を持てって」
「……その節は大変世話になった」
 そう云うグロムはしかし、大層苦々しげだ。成程、とキリは思う。察するに〝熊〟は、鬼族に相当の借りがあるのだろう。今回の〝仕事〟を振られたのも、ただの貧乏籤というだけではないのかも知れない。鬼族にその気がなくても、他の種族が、押し付けの理由に使うには充分だ。
「その節ってのはどの節だい」
 そしてアヴァランサも、気の毒だと云う割に容赦ない。気の毒に思っているからこそかも知れない。
「わかってんだろうね。この仕事にしくじったら、〝熊〟の財務は鬼族≪こっち≫の管理下に入るんだよ。ちゃんと助っ人寄越すように、本家によくよく云っときな」
「わかっている!」
 グロムの顔はこれ以上ないぐらい苦い。思いもかけないところをつついてしまったらしい、とキリは悟り、素早く方向転換した。
「BZBね。俺も審査通るかね」
「まあ無理だろうね」
「やっぱそうかな」
 とぼけて笑い、キリはアイスコーヒーをすすった。
「うーん。紙パックも悪くないが、やっぱドリップが飲みたいな。婆さん、フェルティリターテにカフェはないのか」
「アタシは知らないが、フリードなら知ってるだろうよ。尋いてみるかい」
「頼めるか? なら是非」
 片目を輝かせて頷くキリに、グロムは我に返って青筋を立てた。
「だから! お前が出歩いてどうするんだディベロッパー! 大体最初はその話だった筈だろう!」
「フリードもそういうコジャレたところが好きだからね。乗って来るだろうさ」
「楽しみだな」
「人の話を聞けーっ!」
〈了〉

■何だかんだで婆ちゃん、キリに甘くなってきたかも?(笑)
■鬼族は超頑丈で長命ですが、不老不死ではありません。と、いう設定にしてあります。300歳前後が平均寿命。変身種はそこまでじゃないですが、種族による違いも結構大きいです。爬虫類であんまり動かない種は長め、肉食系でよく動く種は短めかな。〝熊〟なんかは短い方かも知れません。100歳前後ってところでしょうか。

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