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ノヴァーリス『青い花』における物語の重層的な照応関係

ノヴァーリス(フリードリヒ・フォン・ハルデンベルク、1772-1801)の『青い花(ハインリッヒ・フォン・オフターディンゲン)』は、ドイツ・ロマン主義文学を代表する傑作として知られています。

『青い花』は、中世ドイツを中心舞台とし、主人公ハインリヒの詩人としての成長をテーマにした物語です。
その形式は、教養小説から徐々にメルヒェンに移行していきます。

また、「枠物語」という形式で書かれていて、物語の中で多数の物語が語られます。
これらの作中物語は、『青い花』の物語と、複雑に照応しあって、不思議な世界を形つくっています。

この照応関係は、作中物語だけではなく、登場人物が語る会話や、挿入される歌や詩との間にも、同様に存在します。
それらが、重層的な照応関係を持っています。

『青い花』は、詩を称賛することがテーマの物語なのですが、ノヴァーリスにとって、詩人とは、様々なものの間の関係から本質を見出す者です。
そして、詩やメルヒェンは、元型的なものの表現であり、それゆえに様々なヴァリエーションが存在します。
そのため、すべてが照応関係を持ったものとして表現されるのです。

また、『青い花』の登場人物は、ノヴァーリス自身と類似していて、彼の人生とも照応関係があります。
さらには、ノヴァーリスが認識する歴史観とも照応します。

ノヴァーリス

こういった照応関係があるため、どの歌も物語も他のものの予告となります。
そして、未知の体験のはずのものに懐かしさを感じることになります。

ですが、この照応関係は、互いの形を固定する力として働くのではなく、限定なく創造する力として働きます。
ノヴァーリスは、この動的な創造力、想像力が、新たな黄金時代を築くのだと考えました。

この投稿では、この照応関係を焦点としながら、『青い花』のあらすじを紹介し、コメントを付します。
とても長い文章になります。

『青い花』は、第二部の第7章まで予定されていましたが、ノヴァーリスの早すぎる死によって、第二部第1章までで、未完に終わりました。

ですが、その後のあらすじは、ノヴァーリスの遺稿と、友人のティークが書いた「続編についての報告」によってある程度は分かっています。

ただ、ノヴァーリスがどこまで構想を固めていたか、ティークの報告がどれくらい正しいか、はっきりしたことは分かりません。
それに、ノヴァーリスは病床からフリードリヒ・シュレーゲルに第二部の構想を練り直すと語っていたので、最終構想は彼の頭の中にしかなかったかもしれません。


ノヴァーリスの思想については、下記を参照ください。

また、最も重要な作中メルヒェンである「クリングゾールのメルヒェン」と、ノヴァーリスのメルヒェン観については、下記を参照ください。


『青い花』の背景とノヴァーリスの人生


ノヴァーリスは、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796)を読み、最初、これを称賛しました。
ですが、やがて批判するようになりました。

ノヴァーリスの批判点は、「(『マイスター』では)ロマン的なものは死んでしまっている。単に日常的な、人間に関わる事項しか取り扱わないーー自然と神秘主義はすっかり忘れ去られている」(断章と研究)という言葉に明確に表現されています。
さらには、「要するにこれは、不快な愚かしい本である。…詩的でないこと甚だしい。これは詩や宗教をあげつらった風刺である。」(同)とまで酷評しています。

そして、ノヴァーリスは、『マイスター』に対抗するものとして『青い花』を構想しました。
そのため、『青い花』を、『マイスター』と同じ出版社から同じ型、同じ装幀で出版することを希望していました。

ですが、ノヴァーリスは、『青い花』の前年に『ザイスの弟子たち』という小説を書き始めていました。
ところが、神秘主義者ヤコブ・ベーメの書を読んで、『ザイスの弟子たち』の執筆を中断して、新たに構想したのが『青い花』でした。

そのため、特に第二部の構想にはベーメの影響、おそらく彼のソフィア(ゾフィー、神の女性的側面、智恵、鏡)観などがあると考えられます。

ベーメについては、下記ページを参照ください。


『青い花』の主人公ハインリヒのモデルは、人物像は大きく異なりますが、命をかけて歌合戦を行った13世紀の詩人です。

そして、同じく登場人物でハインリヒの師のクリングゾールは、彼を助けた同名の詩人で魔術師であり、また、彼が情にすがった方伯夫人は、ノヴァーリスの婚約者と同じ名のゾフィーでした。

ハインリヒはテューリンゲン出身ですが、これはノヴァーリスと同じで、どちらも詩人です。

そして、ハインリヒの婚約者である登場人物マティルデのモデルは、ノヴァーリスの婚約者で病死したゾフィーです。
ハインリヒがマティルデを失うことの背景には、ゾフィーの死があります。

ゾフィー

また、ゾフィーの父は退役軍人であり、これは『青い花』の隠者が元騎士であることと共通します。

ノヴァーリスは、ゾフィーの死後、彼女の墓の前で、神秘的な体験をしました。
「名状しがたい喜悦」の中でゾフィーが身近にいるのを感じました。

この神秘体験は、ノヴァーリスが『青い花』と平行して書いた長詩『夜の讃歌』に作品化されていて、そこでは「恋人の浄化された顔を見た」と書かれています。
この作品では、ゾフィーを天上との媒介者として表現しています。

また、この神秘体験は、『青い花』第二部冒頭の天上のマティルデの出現の背景にもなっているのでしょう。

ちなみに、ノヴァーリスは、ゾフィーと出会う前に、市民の娘と恋をするも、父親に反対されて破綻しています。
そのため、ゾフィーとの最初の婚約は、二人で秘かに行いました。
これらは、第3章の「アトランティス・メルヒェン」で、王女が王の反対を予測して秘かに行動することの背景になっているでしょう。

第5章には坑夫が登場します。
実は、ノヴァーリス自身、鉱山学校に入学し、鉱山学・地質学・鉱物学を学んでいて、その道に進もうと考えていました。
坑夫はノヴァーリスのモデルであり、ノヴァーリスは坑夫のモデルです。


あらすじ と コメント


献詩

歌の力とミューズの女神を讃える詩。

(コメント)

物語の前に置かれた詩によって、歌(詩)の力と、ミューズの女神のような女性が、物語のテーマとなることが予告されます。


一部1章 (青い花の夢)

ハインリヒは、ある夜、自分の家に泊まった旅人から不思議な「青い花」の話を聞き、「青い花」に憧れを抱き、その夜、その夢を見ました。

・ハインリヒの「青い花」の夢

暗い森を一人で歩いていて、岩をくり抜いて掘られた地下道に入り、その先にあった泉のほとりに、丈の高い青色の花を見つけました。
花は、姿を変えはじめ、花弁がえりを広げると、その中にほっそりとした少女の顔が見えました。

ハインリヒは自分の見た夢が「ただの夢ではない」と感じ、父にそう語りました。
父は、夢には意味はないと言い、ハインリヒは深い意味があると反論しました。

ですが、父も若い頃に同じような夢を見たとしてそれを語りました。

・父の「青い花」の夢

緑の平原にある泉の近くに咲く一本の花を見つけました。
連れの人物が、「君はこの世の奇跡を見た。夢の謎をお明かしくださるように神に念じると、この世で最高の幸せを手にすることができる。この山の上で見つかるはずの青い花を摘み取れ」と言いました。
その後、妻が現れ、抱いている子供を差し出すと、みるみるうちに成長し、翼を広げて舞い上がり、二人を抱いて空高く飛んでいきました。

(コメント)

旅人の「青い花」の話がどのようなものであるかは語られませんが、「青い花」には何らかの普遍性があることがほのめかされていると思います。

ハインリヒの夢は、将来、「青い花」が表現する女性との出会いを予告します。

父も同様の夢を見ましたが、花の色を覚えておらず、また、ハインリヒのようには夢の意味を重視しません。
そのためか、父は「最高の幸せ」を手にできなかったのでしょう。

この違いは、ハインリヒは詩人として生まれついているけれど、父はそうではないということを示しています。
父が、子供が空高く飛ぶ夢を見たことも、ハインリヒの将来を予告しています。

旅人の話、ハインリヒの夢、父の夢、そして、『青い花』全体が、照応し合っています。


一部2章 (アリオン伝説)

20歳になったハインリヒは、母とともに祖父シュヴァーニングのもとを訪れるために、故郷のテューリンゲンからアウクスブルクへ旅立ちました。
ですが、ハインリヒは、故郷へ向かって旅をしているのだという気がしました。
父の友人の商人たちが同行しましたが、彼らがハインリヒに不思議な話をしてくれました。

・商人が語るアリオン伝説

東ローマ帝国領内で、ある楽人が外国に向かう船で、船員たちに襲われて、宝石を奪われ、海に身を投げました。
ですが、歌の力によって海獣たちに助けられ、宝石も取り戻しました。

(コメント)

ハインリヒが、見知らぬ土地への旅を故郷への旅と感じることも、空間的な、そして既知と未知の照応でしょう。

商人が語った物語は、ノヴァーリスの創作ではなく、アリオン伝説と呼ばれる古いギリシャの伝説です。
歌の力が語られ、将来ハインリヒが歌の力に救われることを予告するようです。


一部3章 (アトランティス・メルヒェン)

続いて、商人が別の話をしてくれました。

・商人が語るアトランティス・メルヒェン

昔、アトランティスの王女が、馬に乗って森に遊びに行った時に、
自然の学問を研究している老人とその息子の青年に出会い、青年と恋に落ちました。
王が二人のことを認めるはずがないので、二人は作戦を立て、王女はしばらく青年のもとに隠れ住むことにしました。

王女が行方不明になったことで、王宮は大騒ぎになりましたが、やがて、王女はどこかに生きていて、夫君と帰ってくるという噂が広まりました。

1年後、宮廷の集まりの時に、若者が歌う美しい歌を歌いました。
それは、世界の起源に始まり、太古の黄金時代、憎悪と野蛮が現れ、女神たちが勝利し、永遠の黄金時代が回帰する歌でした。
そして、詩人が王の世継ぎとなる歌でした。

そこに、みどり児を抱いた王女が現れ、若者は、二人のいきさつを歌いました。
これを聴いて、王は二人と子供を受け入れました。

(コメント)

この物語は、歌の力をテーマとしている点では、先の「アリオン伝説」と同じです。
この物語では、噂が予言になっています。
歌人(詩人)の若者が女性と結ばれる物語という点では、『青い花』全体としてのハインリヒの物語と類似していて、ハインリヒの今後を予告しています。

また、若者が歌った黄金時代に回帰する歌は、第9章の「クリングゾールのメルヒェン」と類似し、また、『青い花』全体の結末を予告します。


一部4章 (東洋のミューズ、トゥーリマ)

一行は、十字軍として遠征したことのある騎士が住む山城に着きました。
ハインリヒはその騎士から武勲の話を聞き、十字軍の歌を聴き、騎士になるように勧められました。

ハインリヒが城の外に出ると、アラビアから連れて来られてやつれた女性トゥーリマが歌う歌が聴こえてきました。
彼女は、ハインリヒに以前会ったことがあるような気がすると言い、身の上話をました。

彼女はアラビアの詩情溢れる風景や、遺跡の古い石版の奇妙な絵模様について話しました。
また、東洋を西洋から永遠に切り離す、恐ろしくも無駄な戦争を始めるいわれはどこにもなかったと話しました。

(コメント)

トゥーリマは歌う女性であり、献詩に歌われたミューズに相当します。
また、詩の国の東洋人として、ハインリヒを刺激します。

トゥーリマがハインリヒをどこかで会ったことがあるように感じるのは、この出会いが、詩人とミューズの元型的な出会いだからでしょう。


一部5章 (坑夫と隠者)

一行は、ある村で「宝彫りおじいさん」と呼ばれるボヘミア出身の坑夫(採掘付)に会い、彼の身の上話を聞きました。

その坑夫は、若い頃から山の中に隠されているものを知りたいと思っていたので、坑夫になりました。
坑夫は、親方の娘と結婚し、彼女を初めて自分の部屋に迎え入れた日に、豊かな鉱脈を探し当てました。

彼は、「鉱山の仕事は神から祝福されているに相違ない」、「この仕事ほど人を気高くし、無垢さを保たせるものは他にない」と語りました。
また、鉱脈を探していると、「気まぐれの偶然ということを思い知れされる」と語りました。

また、坑夫の歌を教えてもらい、ハインリヒは、どこかで聞いたことがある歌のような気がしました。

そして、坑夫の案内で、洞窟の中に行きましたが、ハインリヒは、太古の時代へと行くように感じました。

坑夫の話は、ハインリヒの心の中にある秘密の隠し戸を開けました。
自分という建物が大聖堂と接していて、そこに天使の群が舞い降りてくる光景を見ました。
そして、自分と世界の関係を一望のもとに見渡すことができました。

洞窟の中の広間で、元騎士だった一人の隠者ホーレンツォレルン伯に会い、彼の身の上話や興味深い見解を聞きました。

彼は、老人になって始めて、歴史を理解することができると語りました。
歴史家は、様々な偶然の出来事を結びつけて、教訓にとんだ一つの総体を作り上げるのであって、それゆえ、歴史家は詩人でもなければいけないと。

また、彼の蔵書に目を通すうちに、ハインリヒの知らない言葉で書かれた一冊の本に行きあたりました。

その本の挿絵を見ていると、自分と思える姿が多数あり、自分の人生が描かれている本であることに気づき、驚きました。
挿絵には、自分が皇帝の宮殿に列し、愛らしい娘と抱擁し合う絵もありました。
また、落ち着いた人物が何度も現れ、この人物に敬意を抱きました。
ですが、この本の結末の部分は欠けているようでした。

隠者は、この本について、ある詩人の数奇な運命を描いた小説で、詩が讃えられていると語りました。
また、彼は、この本の主人公がハインリヒであることに気づいているようでした。

(コメント)

坑夫の語る地下世界と、隠者の語る歴史が重ねられ、どちらも詩人が読み取るべきものとして見られます。
ハインリヒが坑夫の歌を知っているように感じたというのは、すでにお決まりのパタンになっています。

先に書いたように、ノヴァーリスは、鉱山学校で学び、その道を志していたので、坑夫はノヴァーリス自身でもあります。

坑夫が結婚して鉱脈を見つけることは、『青い花』、「アトランティス・メルヒェン」、「クリングゾールのメルヒェン」に見つけられるテーマと類似しています。

また、坑夫の語る「偶然」は、第9章の「クリングゾールのメルヒェン」の天上の王の性質でもあります。

隠者はもと騎士であり、この点では4章の人物と関連し、ハインリヒの将来への予告にもなっています。
隠者が騎士であり導師であるという点は、第9章のメルヒェンの登場人物に継承されます。

隠者の蔵書の不思議な本は、具体的な内容は語られませんが、『青い花』の物語そのものであり、ハインリヒの人生が元型的な物語であることが予告されます。

本の結末が欠けていることは、ノヴァーリスが意図したものではありませんが、『青い花』が未完に終わったことを予告してしまいました。


一部6章 (マティルデの不吉な夢)

目的地のアウクスブルクに着いたハインリヒは、祖父の家で、老詩人のクリングゾールと、その娘のマティルデに会いました。

ハインリヒは、クリングゾールは隠者の本に描かれていた人物のようだと思いました。
また、マティルデの顔は、かつて夢に見た青い花の乙女の顔であり、本に描かれていた少女の顔だったということに気づきます。
そして、彼女を歌の精であり、詩の申し子であると思います。

ですが、その夜、ハインリヒは不吉な夢を見ます。

・ハインリヒの不吉な夢

小舟に乗ったマティルデが、川に落ちて渦に吸い込まれていきました。
ハインリヒは、川に飛び込みますが、気を失いました。

ハインリヒは、気がつくと、大地に横たわっていました。
そこにマティルデが現れて再会します。
その場所は、川底のようでした。
マティルデは不思議な秘密の言葉を喋りました。
ですが、目を覚ました時、ハインリヒはその言葉を覚えていませんでした。

(コメント)

クリングゾールとマティルデが隠者の本に予告された人物であり、かつ、マティルデは「青い花」の夢に予告された女性であることが分かります。
また、彼女は、最初の献詩で歌われたミューズでもあります。

このように、いくつもの良き予告が実現しました。
ですが、不吉な夢が、マティルデの死と、別次元での再会を予告します。
ハインリヒがマティルデの言葉を覚えていないことは、彼の成長が必要なことを示します。


一部7章 (クリングゾールの詩論)

ハインリヒはクリングゾールと詩についての会話をしました。
そして、ハインリヒはクリングゾールの弟子になりました。

また、クリングゾールは、ハインリヒの道中の話を聞き、詩の精が道連れになっていたと語りました。

そして、ハインリヒとマティルデに愛を告白し、クリングゾールは「愛と誠がおまえたちの生命を永遠の詩に変えるだろう」と語りました。

(コメント)

クリングゾールが語った、ハインリヒの旅で詩の精が語っていること、そして、ハインリヒのマティルデとの愛が人生を詩にするという予言は、『青い花』の物語の本質です。


一部8章 (ハインリヒの恋愛論)

クリングゾールとハインリヒは、引き続き、詩について語り合います。
その後、ハインリヒはマティルデと愛について語り合いました。

ハインリヒは、マティルデの姿には永遠の原像が浸透して輝いている、マティルデから霊感を得て、やがて至高の観照に達するだろう、と語りました。
そして、僕らの愛がいつか炎の翼となって天上の故郷へ連れて行ってくれるだろう、と語りました。

(コメント)

ハインリヒがマティルデへの愛について語ったものは、プラトンや、ノヴァーリスが好きな新プラトン主義のプロティノスの哲学でありエロス論です。
ノヴァーリスの考える詩やメルヒェン、愛が、原像に関わるものであることが分かります。

このエロス論は、次章の「クリングゾールのメルヒェン」に繋がります。


一部9章 (クリングゾール・メルヒェン)

クリングゾールがメルヒェンを語ります。

この「クリングゾールのメルヒェン」については、下記ページで詳しく紹介しました。

一言でまとめると、氷雪に閉ざされた天上界の王女「フライア(憧れ・平和)」と、地上界に住む若者「エロス(愛)」とが、詩を紡ぐ永遠の子供たる「ファーベル(詩)」などの働きで、敵対的な書記(悟性)と地下の死の世界を制圧して結ばれる、という物語です。

(コメント)

「クリングゾールのメルヒェン」の登場人物と、『青い花』の登場人物には、ノヴァーリス自身が「草稿」で書いているように、対応関係があります。

青い花        クリングゾール・メルヒェン
・ハインリヒの母   :想像力ジンニスタン
・ハインリヒの父   :同じく父の感性
・祖父シュヴァーニング:月王
・坑夫・隠者     :老勇士
・皇帝フリードリヒ  :天上王アルクトゥール
・東洋の女性     :ファーベル

また、当然、以下のような対応もあります。

・エロス       :ハインリヒ
・フライア      :マティルデ
・ゾフィー      :聖母

「クリングゾールのメルヒェン」は、ノヴァーリスの思想の核心を表現したものでしょう。
このメルヒェンの実質的な主役であるファーベル(詩)は、『青い花』のテーマであり、
このメルヒェンは『青い花』の青写真です。


二部1章 アストラーリス(星の子)の詩

愛によって生まれた「星の子」が天に向かった。
新しい世が始まり、ファーベルが糸を紡ぎ出す。
ところが、別れの悲しみによって心が灰と化す。

(コメント)

ハインリヒのマティルデとの出会いと別れが、「クリングゾールのメルヒェン」と重ねて歌われています。
二人の愛によって「星の子」が生まれ、詩の力が働き出します。

ですが、この後の展開から分かるように、不吉な夢が現実になってマティルデは亡くなりました。
ハインリヒの心の悲しみとエロスの母の死が重ねられます。
それは、ハインリヒの心の再生の、暗黙の予告でもあるでしょう。

先に書いたように、ノヴァーリスは婚約者のゾフィーを病死で失ったことが、マティルデの死のもとになっています。
もちろん、ダンテにおけるベアトリーチェのように、文学史上にいくつも先例があります。

『青い花』の第一部は「希望」と題され、第二部は「実現」と題されています。
第一部の最後に「クリングゾールのメルヒェン」が語られ、第二部はそれの実現となるはずでした。
それは、生と死、現実とメルヒェンの融合です。

おそらく『ザイスの弟子たち』を中断して『青い花』を構想したのは、この融合を表現するためでしょう。


二部1章 修道院または前庭

ハインリヒは、マティルデ亡き後、巡礼者となって泣きながら歩いていました。

すると、マティルデが喜びの歌を歌う声が聞こえてきて、リュートを弾いてくれれば、一人の娘を遣わすのでお連れくださいと語りました。
一条の光線が刺す先を見ると、天上の至福の世界にいるマティルデが見えました。

ハインリヒがリュートを弾いて歌を歌いました。
聖母によってふさぐものは清められた、いずれマティルデが彼女のもとへ向かうべき時を知らせてくれると。

すると、少女ツィアーネが現われ、森の中の彼女の家に誘われました。
ツァーネはハインリヒのことを母である聖母と、聖母と同一人物である以前の母から聞いたと言います。
また、父は隠者ホーレンツォレルン伯であり、彼はハインリヒの父でもあると。

ツィアーネに連れられて森の空き地の庭に着くと、老医師ジルヴェスターが迎えてくれました。
ツィアーネは、ハインリヒがここによく尋ねてきていたと語ります。
また、老医師は、ハインリヒの父も今のハインリヒの年齢の時に訪れたてきたと言いました。

ハインリヒは老医師に、「あなたの庭は世界そのものです。廃墟はこの花咲く子供たちの母親です。子供たちがちゃんと成長するのに、母は死ななければいけないのでしょうか?」と尋ねました。

その後、ハインリヒと老医師は、郷土や幼児期、良心、詩などについて語り会いました。

(コメント)

ハインリヒは巡礼者となっていますが、『夜の讃歌』には、「私は彼岸への巡礼の途上にある」と歌われていて、ハインリヒとノヴァーリスが重なります。

先に書いたように、マティルデが天上から出現する場面には、ノヴァーリスのゾフィーの墓前での神秘体験から生まれたものでしょう。

亡くなったツィアーネが母と聖母が同一人物と語るように、天上のマティルデも聖母と同一化しているのでしょう。

ツィアーネは、ティークの報告によると、東洋から来た少女であり、第4章のトゥーリマと共通性があります。

また、老医師ジルヴェスターのいる庭は、ハインリヒが訪れていたということなので、現実の場所というより、魂の次元の場所のようでもあります。

ハインリヒが「母は死ななければならないのでしょうか」と尋ねた「母」とは、「クリングゾールのメルヒェン」で死して再生したエロスの母であり、星の子をの母であるマティルデであり、早く亡くなったマティルデの母であり、ツィアーネの母でもあるのでしょう。

そして、「母」は、子供に影響を与える郷土やその植物にも重ねられ、それらが詩=良心を育てる、というような展開が読み取れます。


第2-7章(未完部分の草稿)

ツィアーネはハインリヒを人里離れた、死者の霊の集まりである修道院へと送り届けます。
ハインリヒは、老修道士と死や魔術について語り、死と賢者の石について予感します。


ハインリヒは突然、数々の戦乱で破壊された地イタリアにやってきて、将軍として軍隊の先頭に立ちます。
戦争のあらゆる要素は詩的な色彩を帯びてきます。


ハインリヒは、嵐によってギリシャへ流されます。
英雄と芸術作品の古代世界が、ハインリヒの詩人の心情をあふれさせます。

ハインリヒはエルサレムを尋ね、東洋の詩を学びます。
西洋と東洋の伝説が結び合わされます。


ハインリヒはドイツに帰り、皇帝(フリードニヒ2世)の信任も得て、皇帝と統治について語ります。

詩人による競い合いが起こりますが、それは、宗教とエセ宗教の歌に現れる善と悪の原理の争いでした。
諸学問は詩化されて、数学も争いに加わります。


ハインリヒは、隠れた場所にある深い淵についての歌を聞きました。
ハインリヒがその淵を見つけると、そこに「黄金の鍵」を発見しました。
これは、マティルデの死後にある老人からもらったものでしたが、鳥に奪われたのでした。

ハインリヒがこれを皇帝に届けると、古文書を賜りました。
その古文書には、「黄金の鍵」を持参する男は、王冠に欠けているルビーを秘密の場所で見つけると書かれていました。

ハインリヒは古文書に書かれた山に向かいました。
すると途中で、かつて初めて「青い花」の話をしてくれた旅人に出会い、啓示について話しあいました。
そして、ハインリヒはツィアーネと共に山に入っていきました。

やがてこの世の自然とはまったく異なる「奇跡の国(ゾフィーの国)」に入りました。
そこでは人間、動物、植物、鉱物、星、元素音、色などがひとつの家族のように集合し、行動し、語り合っていました。

古文書に書かれた場所は、マティルデが水死した場所でした。
ハインリヒは、そこで「青い花」を見つけました。
それは、ルビーを胸に持ったまま眠っているマティルデでした。

マティルデとハインリヒの子供である小さな少女が、棺の側に座っていました。
彼女がハインリヒに息を吹きかけると、ハインリヒは若返えりました。

ハインリヒは「青い花」を積み、マティルデを魔法から解き放ちましたが、彼女はまた目の前から消え去りました。
ハインリヒは悲しみのあまり硬直して石になりました。

すると、マティルデが現れ、石の側で自分の身を犠牲にすると、石は鳴り響く木に変身しました。
ツィアーネがこの木を切り倒し、それで自らを焼いて犠牲にすると、木は黄金の雄羊に変身しました。
マティルデがその雄羊を供犠にすると、雄羊は、再び、人間のハインリヒに戻りました。

ハインリヒは、マティルデ、ツィアーネと共に、幸せを感じ、祝宴を開きました。
ツィアーネは、皇帝にルビーを献じました。


ですが、「至福の国」はまだ魔力の支配があり、「青い花」も四季に従わざるをえません。
そのため、ハインリヒは太陽の国を破壊しなければなりません。

未来と現在、過去が結ばれ、春と秋が近づき、夏と冬が交わり、青春が老年に肩を寄せる晴らしき時代にするために。

まず、太陽のところに行き、昼間を迎え、夜を迎えます。
冬を連れに北の空へ、夏に会いに南の空へ、東から春を、西から秋を連れてきます。
青春のもとへ急ぎ、次に老年のもとへ、やがて過去と未来のもとへ向かいます。

(コメント)

この部分は主に、ティークの報告に基づきます。
物語が終盤になるほど、小説からメルヒェンになります。

ハインリヒが皇帝の信任を得るのは、隠者の本の実現であり、「アトランティス・メルヒェン」の詩人(若者)や、「クリングゾールのメルヒェン」のエロスと似ています。

かつて初めて「青い花」の話をしてくれた旅人との出会いは、これから夢の実現に向かうことを予告します。
それは、これから本格的に現実とメルヒェンが融合する世界になるということです。

ハインリヒが「青い花」を見つけてマティルデを解放することは、同時に、自身の死と、諸存在への変身を経た、再生でもありました。

ノヴァーリスのメモにもあるように、少女は「原初世界」、「黄金時代」の象徴です。
そして、母なる聖母=ゾフィー、恋人マティルデ、ツィアーネ=子供の少女は、聖なる女性原理の三位一体を構成します。

最後は、「クリングゾールのメルヒェン」の結末と同じく、時間の融合として永遠が実現されます。
ですが、それに向かうという表現で終わっています。


*参考

・『青い花』ノヴァーリス(岩波文庫)
・『青い花・ザイスの弟子たち』(国書刊行会)

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