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ノヴァーリス「クリングゾールのメルヒェン」

ドイツ・ロマン主義を代表する作品であるノヴァーリスの『青い花』は、教養小説であり、メルヒェンなのですが、「枠物語」という形式で、作中にたくさんの物語やメルヒェンが語られます。

詳しくは、以下を参照してください。

中でも『クリングゾールのメルヒェン(エロスとファーベル)』は、作中物語の中で最も長く、重要な物語です。
これは『青い花』全体の青写真のような物語であり、『青い花』の登場人物とこの登場人物には対応関係があります。

そして、ここには、ノヴァーリスの思想の核心が表現されています。

このメルヒェンは、ゲーテの『メルヒェン(緑の蛇と百合姫のメルヒェン)』と同様に、心的諸能力を象徴する登場人物による成長の物語です。
ですが、単なる概念のドラマではなく、多義的で流動的な観念的象徴のドラマです。

本稿では、この『クリングゾールのメルヒェン』のあらすじと、解説コメントを紹介します。
複雑な物語なので、長いあらすじになり、完全にネタバレになります。

ネタバレしたくない人はコメント部だけを読む、逆に、あらすじ全体を最初に読みたい人はコメント部を最後にまとめて読む、という方法もありでしょう。

その前に、予備知識として、ノヴァーリスの思想メルヘン観について簡単に紹介します。


ノヴァーリスの思想とメルヘン観


ノヴァーリスは、伝統的な万物照応の世界観が失われた時代において、認識と創造が一体であり、概念とイメージが結びついた創造的な「想像力」によって、世界の意味を動的に再創造することを目指しました。

この世界の意味と聖性を回復することを「ロマン化」、そのために求められる表現のあり方を「ポエティッシュ」と呼びました。

詳しくは、以下を参照してください。

そのため、『クリングゾールのメルヒェン』においても、「詩」を体現するキャラクターが大活躍します。

ノヴァーリスにとって、ポエティッシュな象徴や想像力とは、形象と概念、感覚と悟性が相互作用し合うものです。

また、ノヴァーリスにとって「メルヒェン」とは、物語の真実なる表現形式です。
それは謎に満ちて不思議なものであり、自然の世界と霊の世界が混じり合っていて、現実世界とまったく対立しかつ似たものであり、予言的、理想的、必然的な表現でなければならないものです。

つまり、一種の元型的物語であり、現実の法則ではなく、内的な象徴の法則に従う物語なのでしょう。

そして、ノヴァーリスは、メルヒェンの精神と悟性を統一することで、高次のメルヒェンが生まれると考えました。
『青い花』や『クリングゾールのメルヒェン』もそういった高次のメルヒェンとして書かれたものでしょう。

 

物語の概要


『クリングゾールのメルヒェン』は、氷雪に閉ざされた天上界の王女「フライア(憧れ)」と、地上界に住む若者「エロス(愛)」とが、詩を紡ぐ永遠の子供たる「ファーベル(詩)」の働きで、敵対的な書記(悟性)と地下の死の世界を制圧して結ばれる、という物語です。

これによって天上の国にも春が訪れ、三つの世界も融合して、万物に生命が吹き込まれ、永遠の国が打ち建てられます。

この物語は、「悟性(理性)」が「想像力」をはじめとした他の心の機能を抑圧した状態から、「想像力」のある「詩」の力を働かせることで、心の様々な働きを結びつけて創造的にすることを表現しています。

主要な登場人物は以下の通りです。

<天上:星々の世界>
・王アクトゥール(生の精神・偶然)
・王妃ゾフィー(叡智)
・王女フライア(憧れ・平和)
・老勇士:メドューサの盾を持つ
 
<月世界:芝居の舞台がある物語の世界>
・月の王:ジンニスタンの父
 
<地上:エロス達の家がある、自我の活動領域>
・父(感覚・記憶)
・母(心情)
・息子エロス(愛)
・乳母ジンニスタン(想像力):ファーベルの母
・乳姉妹ファーベル(詩)
・書記(悟性・理性):敵対勢力
 
<地下:暗黒の世界>
・スフィンクス:入口を守る存在、問答を行う
・三老女神モイライ(運命):運命の糸を紡いでいる

 

あらすじ と コメント


<天上で1>
 
天上は、長い夜がやっと明け始めた頃、氷雪の花が光っていました。
 
王女のフライアは、老勇士に「まだ何も見つからないの?」と悲しげに聞き、老勇士の盾に触れると、老勇士の甲冑は鳴り、勇気は凛々と全身に満ち渡りました。
 
アルクトゥール王が現れると、美しい鳥が、
「美しき客人やがて見えん、熱は近づき、永遠始まれリ…ファーベル 古き権利を得れば、フライアの膝に世界は焔と燃えて、あこがれはみな、そがあこがれを見出すらん」
と良き予言と、ファーベル(詩)の活躍を歌いました。
 
王と王女は、星座が関わる記号の書かれたカードのゲームをしています。
 
王は老勇士に、剣を地上に投げて、平和の住む地を知らせてやれと言いました。
投げられた剣は、山に当たって砕け散りました。
 
 
(コメント)
 
フライアはゲルマン・北欧神話の女神ですが、このメルヒェンでは「憧れ」や「平和」を象徴します。
老勇士は、敵を石化する盾を持つので、ギリシャ神話の英雄ペルセウスがモデルです。
王のアルクトゥールという名は、牛飼い座のα星を指しますが、ノヴァーリスの書簡によれば、「生の精神としての偶然」を象徴します。
 
鳥の歌は、このメルヒェンの結末を予告しています。
 
 
<地上で1>
 
地上のエロスの家では、エロスがゆりかごで寝ていました。
側にいる乳母のジンニスタンは、エロスの乳兄妹のファーベルに乳を与えながら、書記が使っているランプの光がエロスの眠りをさまたげないように遮っていました。
 
父親は家を絶えず出入りしていて、書記に自分が言ったことを紙に書き留めさせていました。
書記は書き終わるとその紙を祭壇にいるゾフィーに渡していました。
ですが、ゾフィーがそれを祭壇にある澄んだ水を称えた暗い色の鉢に浸すと、いくつかの文字だけが消え残って輝く文字になります。
ゾフィーが紙を書記に戻すと、書記はいまいましく思いながら、それを大きな本に綴り入れます。
 
ゾフィーが水を乳母と子供に振りかけると、青い靄となって奇妙な像を次々と作りました。
一方、書記に水がかかると、数字や幾何学の図形になりました。
 
エロスの母親は、たびたび部屋に入ってきては、何か一つの家具を持っていきました。
 
父親が中庭で小さい鉄の棒(老勇士の砕けた剣の一部)を見つけて、入ってきました。
ジンニスタンはその棒を蛇の形にして、ゆりかごに触れると、エロスは目を覚まして、蛇を持ってゆりかごから飛び出しました。
エロスの手の中の蛇は(方位磁石のように)北に見を伸ばし、エロスはあっという間に大きくなりました。
 
エロスはゾフィーに祭壇の鉢の水を飲ませてもらいました。
飲んでも、飲んでも、水は減りませんでした。
エロスは、ゾフィーにハグをしました。
 
エロスは、ジンニスタンともハグとキスをしました。
ファーベルはエロスが好きなようで、彼とハグをして、お喋りを始めました。
また、母親が入ってきて、彼女もエロスとハグして、ヒソヒソ話を始めました。
 
ですが、書記は、ファーベルを罵って追い出し、ファーベルが書き汚した紙を白紙にしてもらおうとゾフィーに渡しましたが、ゾフィーはすべてを輝く文字にしました。
 
エロスと母親は、いたるところで人助けをするため、また、決心したことの準備をするために部屋を出ていきました。
そして、エロスは、甲冑に身を固め、いつどのように旅立てば良いかをゾフィーに尋ねました。
ゾフィーは道をよく知っているジンニスタンを連れていくのが良いと言い、誘惑されないように、ジンニスタンを母親の姿に変えました。
 
 
(コメント)
 
ギリシャ神話の神エロス(愛)は、美しいもの、完成を求める人間の衝動を象徴しています。
ジンニスタンは想像力で、ファーベルは詩を象徴します。
ノヴァーリスにあっては、想像力はイメージだけではなく、観念の創造にも関わります。
 
父親は感覚(感性)、母親は心(感情)の象徴です。
そして、書記は悟性(理性)の象徴であり、当時にあっては、啓蒙主義的な合理的理性を表します。
想像力ジンニスタンは、愛エロスに悟性の影響が及ぶことを防いでいて、この後、書記が問題となることを暗示しています。
 
老勇士は英雄の先輩として、その剣=方位磁石でエロスを導きます。
ゾフィーは知恵・叡智の象徴です。
悟性は感覚が見たものを意識化・言語化しますが、知恵はその一部だけを定着させます。
 
エロスは、母親、ジンニスタン、ファーベルと親しくしています。
そして、ゾフィーの助言に従って、想像力ジンニスタンを連れて、ゾフィーの娘の希望フライアがいる北天を目指して旅立ちます。
 
 
<月世界で>
 
ジンニスタンは、最初に、自分の父親のところに行こうと言い、二人は月の王宮に行きました。
 
老王は、エロスのために、空中楼閣で芝居を見せました。
この芝居は、ロマンティックな国土がやがて混乱に陥り、最後に一つになって再生する内容でした。
 
その最後には、虹の上にゾフィーと冠を戴いた立派な男がおり、浮かんでいる花のうてなの上ではファーベルが歌い、エロスが横たわり、少女と抱き合っていました。
 
ジンニスタンは、エロスに惹きつけられ、彼を浴室に連れていき、自分は魅力的な寝間着姿になりました。
すると、エロスは、情愛にかられて、ジンニスタンを抱いてしまいました。
 
 
(コメント)
 
王が見せた芝居は、最初の鳥の歌と同様に、この物語の進展と結末を予告しています。
エロスはジンニスタンを抱いてしまったことは、想像力を空想的に暴走させることを表現します。
 
 
<地上で2>
 
エロスとジンニスタンが旅に出た後、書記は家の支配権を得ようとして、母を鉄の枷につなぎ、父を牢獄に押し込めました。
ですが、ファーベルは、祭壇の中にある階段を降りて逃げました。
書記は、ファーベルとゾフィーを取り逃がして、怒りに任せて祭壇をこなごなに打ち壊しました。
 
 
(コメント)
 
書記が支配権を得た状態は、啓蒙的悟性が他の心的能力を制限して従えてしまう状態で、ノヴァーリスが思う、当時の人々の疎外された精神状態です。
 
 
<地下で1>
 
ファーベルが降りていった世界は、すべてが黒い色の世界でしたが、新しい世界に来たことを喜びました。
 
門の前にスフィンクスいて、問答を仕掛けてきました。
 
「お前は何を探しているのか」とスフィンクスが問えば、ファーベルは「私の持ち物よ」と答えました。
「まだ子供じゃないか」と言われると、「いつまでも子供よ」と答えました。
 
逆に、「エロスはどこにいるの」とファーベルが聞くと、スフィンクスは「空想の中にいる」と答えました。
「それならゾフィーは?」と聞くと、スフィンクスはぶつぶつ呟き、翼をばさばさざわつかせるだけでした。
ファーベルは、「ゾフィーとエロス」と勝ち誇って叫び、門をくぐって通りました。
 
ファーベルが洞窟の中に入って行くと、黒く燃えるランプを頼りに、三人の老姉妹が紡ぎの仕事をしていました。
ファーベルは、三姉妹に「親戚の叔母様たち」と呼びかけて、「何か紡がせてよ」と頼みました。
すると、三姉妹は古糸の切れ端の山を示しました。
 
ファーベルが岩の裂け目から外を眺めると、フェニックスの星座が見えたのを喜び、紡ぎ始めました。
そして、「古い時代の子供たち目をお覚まし…三姉妹をからかいな」と歌いました。
すると、亡霊たちが現れて、三姉妹人に乱暴狼藉を働きました。
 
そこへ書記が悪霊祓いのマンドラゴラを持って現れたので、亡霊たちは岩の割れ目に隠れました。
その時、ランプがひっくり返って消えてしまったので、洞窟は明るくなりました。
ファーベルは書記に、三姉妹の「舎弟に見えるわよ」と言いました。
 
三姉妹はファーベルに怒り、ランプの灯油を作る毒蜘蛛を探しに行くようにいいつけました。
 
 
(コメント)
 
エロスは、天上でジンニスタンを抱いていしまったので、スフィンクスは「空想の中にいる」と答えました。
 
三姉妹は、ギリシャ神話の運命の女神モイライがモデルです。
ファーベルは詩を紡ぎ、三姉妹は運命を紡ぐので、ファーベルは「親戚の叔母様たち」なのです。
書記が三姉妹を助けに来ましたので、三姉妹は、詩ファーベルの悟性によって疎外された姿と言えるかもしれません。
 
ファーベルは「古い時代の子供たち」を蘇らせましたが、詩は、古いもの素材にそれを新しくする能力です。
 
 
<天上で2>
 
ファーベルは洞窟の奥に梯子を見つけ、これをつたって天上の王の部屋の窓の前に行きました。
ファーベルは王に竪琴を賜りたいと願い出ると、王はこれを与えました。
 
 
<地上で3>
 
ファーベルは竪琴を奏でながら、氷の海の上を滑って行くと、岸辺で母親のジンニスタンとめぐり逢いました。
ジンニスタンは、ファーベルに乳を与え、エロスと寝たことで、不死の女になったと言いました。
 
一方、エロスは、軽薄で移り気な少年の姿になり、ジンニスタンから逃げ去っていきました。
そして、(キューピッドのように)至るところで弓を射て人に被害を与えました。
また、二人が寝たことで「珍しい子供たち」が現れ、弓に射られた人達をいじめました。
 
ファーベルはエロスに会って陽気な歌を歌いました。
すると、子供たちは眠ってしまい、エロスも弓を落として、ジンニスタンの膝にすがって寝てしまいました。
また、毒蜘蛛が現れて、歌に合わせて巣を張って動いていました。
 
ファーベルはジンニスタンを助けてあげると約束をしました。
そして、ジンニスタンからもらった容器(想像力)を持って旅を続け、毒蜘蛛はその後を追いました。
 
ファーベルは、遠くで燃え上がる火葬(エロスの母親の火葬)の焔が見えました。
焔は太陽の光を吸い取って行き、太陽は黒い燃えカスになり、海へ堕ちてしまいました。
そして、焔は北の方に去りました。
 
書記とその一味は、母親を火葬にして喜んでいましたが、太陽の没落を知って肝をつぶしまし、火を消そうとしましたが出来ませんでした。
 
ファーベルが家に戻ると、彼らは襲いかかりましたが、毒蜘蛛に咬まれて、狂ったように踊り出しました。
ファーベルは陽気な曲を弾いて、毒蜘蛛たちと一緒に地下に降りていきました。
 
 
(コメント)
 
キューピッドとなった少年エロスやその子供たちは、空想的な愛欲を象徴するのでしょう。
 
後で分かりますが、太陽は悟性の世界を成り立たせるもので、心情である母親の火葬の焔は、浄化の焔であり、悟性の世界を消滅させるものです。
 
蜘蛛は巣を紡ぐ点でファーベルと同じですが、創造的側面がファーベル、創造の破壊の側面が毒蜘蛛でしょう。
 
 
<地下で2>

 
スフィンクスが、また、ファーベルに問答を仕掛けます。
 
「一番儚いものは何か」とスフィンクスが問うと、ファーベルは「不正な所有物」と答えました。
「永遠の秘密は何」と問うと、「愛」と答えました。
「それがいるのは誰のところ」と問うと、「ゾフィーのところ」と答えました。
スフィンクスは悲しげにうずくまってしまったので、ファーベルは洞窟に入っていきました。
 
三姉妹はファーベルに飛びかかってこようとしましたが、毒蜘蛛に咬まれてしまいました。
そのため、ファーベルに、「火の中で大きくなった花」を織り込んで、軽い舞踏服を紡いでおくれと叫びました。
 
ファーベルは蜘蛛たちに服を紡がせ、天に昇りました。
 
 
(コメント)
 
儚い不正な所有物とは、書記が奪い取ろうとした支配権、つまり、近代的な悟性の専制でしょう。
スフィンクスは「永遠の秘密」を問います。
「秘密」という言葉はこの後も2度出てきますが、ここでは「愛(エロス、成長への衝動)」が答えとなっています。
 
 
<天上で3>
 
ファーベルは王に問いました。
「悪人たちは踊り、善人たちは憩っております。焔を届きましたでしょうか?」
 
王は答えました。
「夜は去り、氷は融けた。わが后は遠くから姿を現してきた。我が敵の女は焼き焦がされた。すべてのものが生き始めてきた」
 
ファーベルが「火の中で大きくなった花」を所望すると、王はそれを与えました。
 
 
(コメント)
 
三姉妹などの悪人を懲らしめ、心の浄化の焔を天上にもたらしたことで、氷結の状態であった天上に生命が芽生えます。
それ前に、太陽の没落がありましたが、地上の太陽は、天上の星界にとっては敵であって、太陽が没することで、天上は夜が明け、春につながるようです。
 
このように、天上までもが、敵対勢力のせいで、氷結していたのでした。
 
亜鉛を空気中で燃焼させると亜鉛華を生じますが、これが「火の中で成長する花」のイメージのもとになっているのでしょう。
 
 
<地下で3>
 
ファーベルは花を持って地下に戻り、それを蜘蛛たちに渡して服を完成させ、三姉妹にそれを着せました。
 
まだ、蜘蛛たちが紡いでいるうちに三姉妹が元気に踊りだしたため、蜘蛛たちは三姉妹に襲いかかり、三姉妹の骨の髄まで吸い尽くしてしまいました。
 
ファーベルは、三姉妹から奪ったハサミでエロスの翼を切り取りました。
そして、ペルセウスに、メドューサの盾で三姉妹を石にするようにお願いしました。
 
 
(コメント)
 
「火の中で大きくなった花」が、結果的に三姉妹をやっつけることになります。
三姉妹のハサミは、奔放な空想を断ち切りますが、ハサミには悟性の肯定的側面です。
 
 
<天上で4>
 
ファーベルは天上に昇り、王に言いました。
「亜麻は紡ぎ終わりました。生命のないものはもと通り生命を失いました。これからは生命のあるものが治め、生命のないものを教化し、利用していくでしょう」
 
王は、「お前は我々の解放者だ」と言いました。
 
ファーベルは、王に電気石、亜鉛、黄金をお供にすることを願い出て許されました。
 
 
(コメント)
 
電気石、亜鉛、黄金をお供にすることには、このメルヒェンの再生に科学的な意味を持たせています。
他の場所でも、電気的な表現がいくつも出てきます。
 
当時、イタリアの解剖学者のルイジ・ガルヴァーニが、死んだカエルの脚に電気で刺激することで、筋肉が痙攣することを発見しました。
このことから、電気が生命を荷ない、刺激するものと考えられていました。
 
 
<地上で4>
 
ファーベルは、電気石を使って火葬された母親の遺灰を集めました。
 
また、地球をぐるりと回って、麻酔している巨人アトラスの口に金貨、腰に亜鉛を差し込んで蘇らせました。
それで、アトラスは軽くなった地球をまたしっかりかつぐことができるようになりました。
 
そして、ファーベルは、すっかり廃墟となった家に戻りました。
ですが、祭壇は再建されてそこにはゾフィーがおり、その足元には気高くなったエロスが横たわっていました。
父は深い眠りに着いていて、ジンニスタンはその側で泣いていました。
 
ファーベルは遺灰を集めた骨壷をゾフィーに渡しました。
ゾフィーは、ファーベルが星辰の仲間入りすることができた、フェニックス座がお前のものだと言いました。
そして、エロスを起こすように言いました。
 
お供の黄金は金貨を溶かし、父親が眠りについている寝台を黄金の溶液に満たしました。
そして、お供の亜鉛は、ジンニスタンの胸に鎖を巻きつけました。
この鎖が黄金お溶液に触れ、手が父親の胸に触れると、父親は目を覚まし、ジンニスタンを引き寄せ、二人は夫婦になりました。
 
そして、金の溶液は固まって澄んだ鏡になり、父親の体は、微妙で変化に富んだものになりました。
 
ゾフィーは二人に、「すべてのものの真の姿を映すこの鏡に、何ごともまめに相談するように」と助言しました。
 
ゾフィーが遺灰を祭壇の鉢に振り入れると、静かに泡立つ音がして、かすかに風が起こりました。
そして、それをエロスに渡し、エロスがまた他の人に回して、皆がこの聖水を飲むと、母親は一人一人の中に宿り、浄い光で満たしました。
 
ゾフィーは次のように語りました。
「偉大な秘密が皆に明かされました。新しい世界は苦痛から生まれ出で、遺灰は涙に融けて永遠なる生の飲み物になります。誰の中にも聖なる母親が住んで、永遠にその子供を生み続けます」
そして、ゾフィーは、エロスに、ファーベルと共に、恋人のところへ急いで行くように言いました。
 
地球の上には力あふれる春が広がっていきました。
 
 
(コメント)
 
金の溶液が澄んだ鏡になったことは、感覚がありのままを映すということであり、父親の体が変化したことは、想像力によって刺激された感覚が、微妙で変化に富んだものになったということです。
 
母親の遺灰の入った聖水を飲むことは、心の再生を意味します。
ゾフィーの言う「偉大な秘密」は、この文脈では、「愛」ではなく「心の再生」を意味しているのでしょう。
こうして、天上の再生に続いて、地上が再生します。
 
 
<天上で5>
 
二人が王宮に着くと、老勇士が出迎えました。
ファーベルの助言で、エロスは老勇士から剣を受け取って王女フライアに近づくと、閃光がフライアから剣に走りました。
エロスは剣を投げ捨てて、フライアに接吻をしました。
 
すると、王がゾフィーの手をとって降りてきました。
王は自分の王冠をエロスに戴かせ、マントを着せかけました。
ゾフィーはフライアに自分の冠を載せ、二人の手の腕環をはめました。
 
ゾフィーに言われて、フライアが腕環を空に投げると、空中で融けてなくなり、人々の上に輝く環が載っているのが見えました。
そして、街と海と大地の上に、一筋の長く輝くリボンがたなびいていました。
 
老勇士は、敵たちを駒にしたチェス盤とエロスに贈り、ファーベルに紡錘を贈りました。
 
ジンニスタンと父親の二人は人々に担がれて、新しい王は二人が地上の副王だと布告しました。
 
王の新婚の新床の天蓋にはフェニックスとファーベルが一緒に舞い、床の後部は雲斑岩の三姉妹の柱が、前部は玄武岩のスフィンクスが支えていました。
 
王と王妃は抱擁し、人々も愛撫しあいました。
 
最後にゾフィーは言いました。
「母親は私達の間に混じっているのです。それで私たちは永遠に幸福になるでしょう。私達の住居へついていらっしゃい。この神殿にいつまでも住んで世界の秘密を守りましょう」
 
そして、ファーベルは、この永遠の御国を称えて歌いました。
 
 
(コメント)
 
再生した感覚と想像力は、現実世界との完成したつながりを獲得し、詩と希望・平和は、精神世界のつながりを獲得しました。
 
そして、腕環とリボンは、すべての作用、存在が結びついたことを表現しています。
 
敵である書記は、途中から登場しなくなりますが、最終的にチェスの駒になったのかもしれません。
だとすると、悟性は、ゲームという偶然性のある存在になったのでしょう。
ちなみに、草稿では、書記は織機になると書かれていました。
 
ゾフィーの言う「世界の秘密」は、先の「偉大な秘密」と同じで、「心の再生」か、それが全体として再生、創造力につながることでしょう。
ちなみに、今泉文子は、この秘密を「愛」であり、ノヴァーリスが好きな新プラトン主義のプロティノスが主張する、一者と一体化した、あるいはその似姿になった自分自身であると解釈しますが、どうでしょうか。


*参考
・『エロスとファーベル』ノヴァーリス(北宋社)
・『青い花』ノヴァーリス(岩波文庫)
・『ノヴァーリス 死と思索』今泉文子(勁草書房)
 

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