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森と腸の知性を生む微生物

動物も植物も、微生物に覆われて、互いに共生して生きています。

動物の「腸」と、植物の「根」は、同じような器官で、腸は腸内微生物と、根は根圏微生物と共生しています。
「腸」は裏返しの「根」、「根」は裏返しの「腸」です。

また、腸は第二の脳と言われますが、腸内微生物は神経伝達物質も作っていて、脳にも影響を与えています。

一方、森の樹木は菌類を通して互いにコミュニケートしあい、森全体がネットワークされています。
そのネットワークは、ニューロンのネットワークにも喩えられ、森の知性を作っています。

以下、D・モントゴメリー、A・ピクレーの『土と内臓 微生物がつくる世界』と、スザンヌ・シマードの『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』を参考にして、これらのテーマについて書きます。


腸内微生物、根圏微生物との共生


動植物は、マイクロバイオームと呼ばれる微生物(常在菌)の集合体によって包まれていて、共生関係にあります。

例えば、人と共生している微生物は100万種にのぼり、人の皮膚1cm四方には50万匹の微生物が棲んでいます。

動物の場合は、腸内に多数の腸内微生物がいて、植物の場合は、根の回りに多数の根圏微生物がいて、それらが重要な役割を果たしています。

実は、動物における「腸」と、植物における「根」は同種の器官です。
そして、どちらも、微生物と同様の形で共生しています。

口から肛門までの管は体内ではなく体外なので、腸内も体内ではありません。
つまり、「腸は裏返しの根」、「根は裏返しの腸」なのです。

腸・根とそこに棲む微生物は、互いが必要としている栄養を与え合う関係にあります。
また、微生物は、毒性細菌やウィルスに対する防御膜や免疫活性者として、動植物を守っています。


根の回りには、その周囲の土壌に比べて、100倍の微生物が住んでいます。
植物の根は、滲出液によって根圏微生物に栄養(炭水化物、アミノ酸、ビタミン、フィトケミカル)を提供しています。
驚くべきことに、植物が光合成で作る炭水化物の1/3を微生物に与えています。

一方、菌類と細菌は、有機物を分解し、植物が吸収できる形の栄養(窒素、カリウム、リン、その他微量栄養素)にするのです。
そして、根圏微生物は、この栄養や水を、根に提供しています。


同様に、動物は食事によって腸内細菌にエサを提供します。
また、腸の粘液も、腸内細菌のエサになります。

一方、腸内細菌は、植物繊維などの人間が分解できない有機物を分解し、腸が吸収できる栄養にします。
ビタミンB12、ビタミンKなどの栄養素を作る働きもします。


また、根圏微生物は、植物から病原菌を遠ざけて、植物の健康維持に役立っています。

そのために、植物は根から出すフィトケミカルなどによって、根圏に有益な細菌を集め、病原菌を遠ざけているのです。
根圏微生物と植物は、一種のコミュニケーションを行うことで、互いを認識して共生関係に入るのです。

根圏微生物は、根と物質(タンパク質)を使ったコミュニケーションによって、全身誘導抵抗性という植物の一種の免疫力を発動させます。


一方、腸には、全身の70%の免疫細胞が集まっているのですが、腸内では、例えば、病原体が腸の粘液層に定着しようとすると、粘液層にすむ共生微生物が、化学的メッセージによって大腸細胞に知らせて、免疫を刺激します。

また、腸内微生物は、免疫系と相互作用して、体内の炎症レベルを調整したり、免疫細胞を刺激したりする働きをします。
たとえば、腸内微生物のバクテロイデス・フラギリスは、炎症の調整をして、大腸炎の治癒に役割を果たします。

このように、人間の免疫系は、腸内の適切な微生物の生態系が維持されることで、正常に働きます。
それに対して、自己免疫疾患やアレルギー疾患は、腸内微生物のバランスの崩れが原因となって引き起こされます。


微生物の破壊、育成、循環


化学肥料や農薬は、菌根菌などの根圏微生物を減少させます。
そのため、化学肥料と農薬を使って作られた野菜よりも、有機肥料を使い、微生物を大切にして作られた野菜の方が、栄養素が多く、病気にも強いのです。

これは、林業においても同じです。

この問題を解決するために、土壌微生物を育成するバイオテック肥料を撒き、有益な微生物を直接、植物につける細菌接種が行われます。

これと同様の現象と対策は、人間の腸でも存在します。

つまり、抗生物質やサプリの多様が、腸内の微生物を減少させ、バランスを崩してしまうことで、健康を損なうことがあります。

この問題を解決するために、腸内細菌のエサとなるものを摂取するプレバイオティクスや、有益な腸内細菌を直接摂取するプロバイオティクスが使われます。 

・畑:化学肥料→バイオテック肥料 :農薬  →細菌接種
・腸:サプリ →プレバイオティクス:抗生物質→プロバイオティクス


また、森の土壌や畑と、腸内には、循環関係が存在します。

植物に付着した微生物は、動物が食することで、その腸内に取り込まれます。
腸内微生物は大便中に排出され、土中に戻されたり、大便が肥料として使われて畑に戻されたりします。

つまり、森や畑の土壌と腸内の間には、微生物の循環があって、つながっているのです。

これは、下記に説明するような森の知性と、動物の脳がつながっているということも示しています。


腸は第1の神経系


腸には脳から独立した1億以上の神経細胞があるため、「腸は第2の脳」と言われます。

神経細胞の量から言えば第2ですが、発生の順で言えば、第1の神経系です。
まず、最初に腸の神経細胞ができ、それが脊髄、頭脳に分化しました。

腸は独自に判断し、他の組織に司令を出します。
例えば、食べた食料が毒性のあるものかどうかは、頭脳ではなく腸が判断し、至急に排泄をします。

また、腸の迷走神経の9割は、脳へ情報を運んでいて、腸は脳が生む心に大きな影響を与えます。

ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどの感情を支配する神経伝達物質は、腸で作られます。
中でも、幸福の感情をもたらすセロトニンは、腸内細菌との協同作業で作られます。

腸の不調は精神的な不安感を生み、腸の健康は精神的な安定を生みます。
ですから、腸内微生物は人間の精神、知性と不可分なのです。


ウッド・ワイド・ウェブの森の知性とは


森の土壌中の菌根菌などの菌類は、菌糸を伸ばして植物の根と結びつきます。
そして、樹木と樹木をつなぎ、森全体のネットワークを形成して、その安定や成長の要になっています。

このネットワークはインターネットにも喩えられ、「ウッド・ワイド・ウェブ」と呼ばれます。

また、脳のシナプスのネットワークにも喩えられます。

実際、この樹木-菌類ネットワークの中を移動している分子は、脳の神経伝達物質と同種のアミノ酸です。

ショウロのような菌類が作る太いパイプラインは長距離の情報伝達に向いていて、ウィルコキシナのような菌類の扇状に広がる細い菌糸は迅速な反応が得意です。

このような多様性は、意識を生む大脳皮質のニューロンのネットワークの多様性に似ているのかもしれません。
ひょっとしたら、統合情報理論が主張している意識の発生条件を備えているかもしれません。

「ウッド・ワイド・ウェブ」がニューロンのネットワークに似ていることは、森全体が知性を持つ可能性を示唆しています。

スザンヌ・シマードがそのような主張をしていて、この彼女の考えが、映画アヴァターが描く、森の知性のネットワークの根拠となっています。

また、菌根菌は、菌根菌同士でも電気シグナルを送り合っています。
最近の京都大学などの研究によると、雨が降ると、その後に電気シグナルのやりとりが多くなることが分かりました。


森や植物が知性を持つというのは、単なる比喩的表現だと思われるでしょう。
ですが、神経系を持たない単細胞生物でも、ある種の知性を持ち、後天的な学習の能力を持っていることが分かっています。

これは、北海道大学理学部教授の中垣俊之氏が粘菌を対象にした研究によって証明されています。

彼の実験では、つながったA地点とB地点の環境を、粘菌に適したものとそうでないものに交換することを、10分間隔で繰り返しました。
すると、当然ながら、粘菌はその都度、自分たちに適した地点へと移動します。
ところが、4回目には、環境を変えなくても、粘菌は、環境が変わることを予想して移動するようになります。

つまり、粘菌は、時間の記憶も含めて後天的な学習を行うのです。
これは知性です。

粘菌のような単細胞生物でも知性を持つならば、樹木のような進化した多細胞生物が、知性を持たないハズはないですし、樹木のネットワークが知性を持ってもおかしくないでしょう。

森の知性は、例えば、害虫の被害にあった樹木が、菌根を介して回りの樹木に、防御策を促すシグナルを出して、被害が森全体に及ばないようにしている、といった形で機能しています。

また、次のパラグラフで紹介するように、樹木は、回りの樹木とその状態を識別し、協同することもあれば、利他的に行動することもあるのです。


樹木、菌類の共生と利他


特定の樹木には特定の菌類が共生しますが、これは一対一の関係ではなく、多対多の関係です。

特定の菌類は、それと共生する複数の種類の樹木をつなぎますし、特定の樹木は、それと共生する複数の菌類によって、複数の種類の樹木とつながります。

菌類の種類によって樹木にもたらすものが異なり、樹木の種類によって菌類にもたらすものが異なります。

例えば、菌根菌は、土壌中の養分、特にリンを吸収して、それを植物の根に供給します。
一方、植物は根から光合成産物である糖類などの炭素化合物を菌根菌へ供給します。

植物にとっては、根を伸ばす以上に、菌類を増殖させる方が効率がよいのです。

多様な木と多様な菌類が共生することで、森全体が安定的な状態を保っています。
ですから、特定の樹木が枯れると、それと共生する菌類がいなくなり、それによって周辺全体の樹木が損害を受けることもありえるのです。

林業では、不必要な木を枯らすために除草剤を撒いたり、伐採したりすることがあります。
ですが、これによって、逆に、中長期的に、育成している木が病原菌に抵抗できなくなったり、栄養不足になったりすることがあります。

従来、樹木などの植物は、互いに、光や水、栄養を取り合う競合関係にあると考えられてきたのですが、実際には、それ以上に共生関係もあるのです。


炭素が豊富な樹木は、それが足りない樹木へ、菌類を媒介にして炭素を与えることができます。
菌根菌は、樹木から炭素のような栄養を自分が必要な量以上にもらうと、それを他の樹木にもたらすのです。

ある種の樹木と別の種の樹木は、1年のうちの季節ごとに、貸し借りをするように、互いに炭素を与え合います。

樹木は、自分の回りにどのような樹木が生えているかを、菌類を介して認識できます。

そして、親木、特に「マザーツリー」と呼べるような巨木は、自分の血縁である若木に、多くの栄養や水を与えます。
若木が日陰で生き続けることができるのは、親木が助けているからなのです。

ですが、「マザーツリー」は、他の樹木にも与えないわけではなく、森全体の安定にも寄与しています。

また、病気になった老木は、次世代への生前分与を彷彿させるように、自分の生存を優先することなく、栄養を回りの樹木に与えます。

このように、樹木は、森全体とネットワークされ、認識力を持ち、協同するので、森が知性を持っていると言っても過言ではないでしょう。



*主要参考書
 
・「土と内臓 微生物がつくる世界」D・モントゴメリー、A・ピクレー(築地書館)
・「マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険」スザンヌ・シマード(ダイヤモンド社)

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