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古代エジプトの死後観

一般に日本で知られている古代エジプトの死後観は、王墓などに描かれた、古王国時代の「ピラミッド・テキスト」、中王国時代の「コフィン・テキスト」、新王国時代の「死者の書(日のもとに現れるための書)」、「ドゥアトの書(冥界の書)」、「門の書」、「洞窟の書」、「大地の書(アケルの書)」、「ヌゥトの書」、「昼の書」、「夜の書」などの内容です。

これらの中心になるのは、舟に乗った太陽神ラーが、夜に冥界に下り、邪魔をする大蛇アアペプ(アポピス)と戦いながら、オシリス神と一体化して、その後、再生するという物語です。
ラーの息子である王は、このラーの舟に同乗して再生を目指します。

また、一般の死者も冥界でオシリスによって裁かれ、悪人は冥界で苦しみ、善人は再生して、楽園「イアルの野」を目指します。

この死後観は中王国時代以降、一般人にも徐々に広がったとされます。

ですが、一般的な人間が行く死後の霊界の姿やそこでの生活については、あまり知られていません。
これは「死者の書」の中の「書記生アニの告白」などに記されていて、とても面白い内容です。

「世界最古の原典 エジプト死者の書」(ウォリス・バッジ、今村光一翻訳・翻訳)をもとに、それについて簡単に紹介します。


死後


人間が死ぬと、霊魂が肉体から抜け出ます。
霊魂は「バー」と呼ばれますが、死んですぐの霊魂は、まだ浄化されていないので人間に近い「カー」の状態にあります。

抜け出た霊魂は、豹の顔をした死の神と出会います。
また、自分の葬儀を上から見下ろします。

遺体をミイラにすると、肉体(カート)に呪力「サーフ」が満ちます。
そして、これから死後の霊魂を包む霊の体「クウ」が生まれます。

また、葬儀の時に読む経文は、死後に必要な情報が含まれ、死者の記憶に残されるので重要です。

そして、霊魂は死の川を渡りますが、この時に意識と記憶を失って、その後、目覚めます。

その時、先に死んだ肉親(アニの場合は妻)が出迎えて、生前の記憶を呼び起こす儀式「肉体にあった時の記憶を想起する法」をしてくれます。

そして、新参者の霊界入りの儀式として、太陽神ラーが登ってきた時に、ラーに紹介してくれます。

霊界に入ったばかりの「カー」の状態では、霊界がはっきと見えません。
逆に、「バー」の状態になると、霊界は見えますが、人間が見えなくなります。
人間と話をする時には、「人体出現の技術」によって「カー」になります。


オシリスの審判


その後、肉親に連れられて、天にあるオシリスの宮殿に行き、審判を受けます。

まず、正義の女神マアトの部屋に行くと、心臓が離れてマアトの羽と天秤に掛けられます。
天秤で釣り合わなかった悪人の心臓は、怪獣に食べられて地獄のような地下の死者(再死者)の国に送られます。
ちなみに、キリスト教で最期の審判の時にミカエルが天秤で魂を計るとするのは、このマアトの天秤がネタ本でしょう。

善人であると認められると、心臓を返してもらい、「オシリス誰々」と名乗ることが許されます。

その後、新参者は、オシリスの街の呪術者の社で、「口を与える儀式」、「心臓を与える儀式」、「手脚を与える儀式」を経て、一人で行動できるようになります。


霊界の構造


霊界は天、地上、地下(ツアト)の三層構造になっています。
そして、霊界の四方には柱が立っていてホルスの4人の子が守護神としています。

神々は天に住み、一般の死後の人間は地上に住み、地下にはオシリスによって悪人として裁かれた者と、地上から落ち込んで閉じ込められた者が、悪霊として住みます。

霊界の地上に住んでいる人間は、霊魂の状態によっては、天に行くこともできますし、地下に落ち込むこともあります。

地上の普通の平野は、「アケト・アアンル(アアト)」と呼ばれ、14あります。
ここには畑があり、葬儀の時に用意しておけば、シャブチ人形が死者の代わりに働いてくれます。

東の日の出の国は女神ネフティスの国、西の日没の国はイシスの国です。

北方には主要な地下の国への入口の「アテメントの入江」があります。
ここには見張り番の悪鬼ネムがいて、心の汚れた霊魂を食べます。

また、「焔の穴」があちこちにあり、死者の国から悪霊のエネルギーとして見えない焔が吹き上げていて、霊魂を襲います。

一方、「ヘテブの湖」は、天の「極楽」への通路です。
そして、四方のホルスの柱の近くの「風の入口」は、神々の国への通路です。
また、特別な果物がなる場所である「天菓の湖畔」があちこちにあります。


霊界の成り立ち


北端の山奥には、誰も見たことがないのですが、「原初の沼」である「ヌウの沼」があります。
空と水を支配するヌウ神とヌウト女神の誕生の場所です。

原初の時に、水があり、その水そのものであったヌウとヌウトの両神がいました。
両神の二つの波紋が交わったことでラーが生まれました。
そして、両神がラーのために空を作りました。

次に、トト神が登場して「言葉」で霊界を創造しました。
ですから、霊界は言葉でできた世界なのです。
そのため、呪文が力を持ち、重視されるのです。

ですが、霊界を治めているのは、もともとは人間だったオシリスです。
彼は、悪神のセトと戦う試練を経て統治者になりました。


霊界の地上の生活


先に書いたように、霊界の地上の人間の霊魂の状態は、高い状態になったり、低い状態になったりします。

霊界の地上には、時々、カマキリや蛇などの姿に変身した悪霊が現れます。
悪霊と出会って攻撃されると、低い状態になり、霊の体の「クウ」が傷つきます。

そのような敵に対しては、呪文で対抗します。
呪文はラーの光が当たる場所で唱えると効果的です。

また、霊魂の「バー」は、好きな姿に変身できるのですが、相手と同じ姿に変身することも対抗手段の一つです。

何らかのきっかけで人間時代の「悪しき回想」が起こっても低い状態になり、霊魂は「カー」の状態になって自分の墓に戻ることがあります。

天には天の食べ物、霊界の地上には地上の食べ物があり、「カー」の状態になれば供物として供えられた人間の食べ物を食べることになります。

墓場は地下の国と接していて、もし「カー」が供物がないなどの理由から、墓の死骸などの墓所の汚物を食べてしまうと、地下に落ちて地上に帰れなくなります。

また、葬儀の際に、遺体がしっかり保存されていなかったり、正しく経文が読まれず、死者に正しい知識が与えられていなかったりする場合は、死者の国に落ちてしまいがちになります。

一方、修行を積んで進歩すると、霊魂は「ベンヌ鳥」で象徴される高い状態(多分、「アク」と呼ばれる状態)になり、霊体の「クウ」は輝くようになります。
そうなると、悪霊は近づかず、神の国が見え、極楽に入れるようになります。

修行の本質は、正義と真理に近づくことです。

ラーが放つ光などの神々からの働きかけによっても、霊魂は浄化されます。

また、霊界には、主要なものだけで20ほどの祭りがあります。
祭りには、オシリス、トト、ホルスなどの神々に関する祭りがあります。



天には、「セケトテペト(平和の野)」と呼ばれる極楽(楽園)があります。

先に書いたように、霊魂が浄化されると極楽を訪れることができます。
通常は、ヘテブの湖から昇ります。
極楽では、そこに親族がいれば、迎えてくれます。

極楽は、いい香りがして、地上と同じく畑もあります。
また、金色の湖があります。


極楽よりもさらに上には神々の国があります。

神々の国には、四方のホルスの柱の近くの「風の入口」から呪文を唱えて昇ります。

ここには、「オシリスの神殿」、オシリス以外の神々が住む「霊魂の社殿」、下界を監督する神々の休憩所である「ケルチ」地区があります。

オシリスの神殿には、「大いなる家」、「鏡の間」、「香油の部屋」、「書記の部屋」、「暦と時間の部屋」、「季節の部屋」などがあります。

人間は、死後の審判の時に連れて行かれますが、その後も、行くことが可能です。
霊界の人間にとっては、オシリスに面会できることは、大変な栄誉です。


ラーの舟


ラーは東西の地平線の向こうの地上に社殿を持っています。
そして、日中に、中天まではアアテト舟に乗って昇り、中天からはアント舟に乗り替えて沈みます。

舟には、書記としてテト、マアトが常に乗っています。
また、イシスとネフティスも、冠章としてラーの頭上に、常に乗っています。
特定の日には、他の神々も乗船します。

ラーの舟に乗ることは、霊界の人間にとっては最高の栄誉です。
そのためには、「ラーに近づく祈願」という問答のテストに合格することが必要です。

霊界のすべての人間達などが、上昇するラーを仰ぎ迎えます。
舟からは、地上の様子がすべて見えます。

舟に乗った霊魂は、自分がラーになったような気持ちになり、自分であるラーを讃える歌を歌います。
神人合一のような状態なのでしょう。


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