灰の月(木原音瀬)上巻

裏社会を舞台にしたノワールBLです。
これはBLあるあるですが、たいていの作品は暴力団が当たり前の様に世襲制なんですよね。有名な山口組の歴代を見ても明らかなように普通に考えて、あり得ません。
暴力団は完全実力主義社会、それ故に血筋や出身地などで差別を受ける層が多くを占めていたわけです。

この作品の主人公、惣一もまた組長の息子なわけですが、それ故に跡取りと目されている…というよりも「煉獄の獅子たち」の勝一同様、本人に金稼ぎの実力があったのでそうなった、という設定に見える。他と比べて、わりとその辺りの設定に不自然さが無いのは作者の取材によるものか、それとも編集者もしくは校閲がしっかりしているのか。

※「煉獄の獅子たち」は「ヘルドッグス」の次に読もう!

因みに惣一の父親は息子に、カタギになっても良いよと言ってたそうです。「良いよ」っていうかそうしてほしかったんじゃないかな。自分の子供を同じヤクザにしたいと考える人ってあまりいないと聞きますからね…
ヤクザって、なりたくてなった人あまりいないでしょう。進んでなったにしても、選択肢それしかないから仕方なく、って人が殆どでは。
半グレも同様で、詐欺の帝王と呼ばれた本藤彰も「金稼いで、いつかはカタギに…」と夢見ていたそうです。

しかし惣一はちょっと変わった子で、その必要も無いのに自ら渡世入りしました。
裏社会でやっていくにしても、今時は半グレでいた方が何かと都合が良いのに。暴力団に入るとか、わざわざ自分に足枷付けるような人生を選んだ惣一。
頭良い人にありがちですが、少々天然なのでしょうか。

惣一のお仕事は株関係らしいです。私は株に疎いのですが、ひょっとしてこういうのかな?↓

不起訴?!どうして?!


そんな惣一はある日、早乙女というチンピラと彼の仲間達に襲撃されます。なぜって、惣一はヤクザなんでけっこうクズい人生生きてきたから、恨みもあちこちで買ってるからですよ。

「頭だけが取り柄のボンですからね。」

惣一を嘲って早乙女がこんな事を言うのですが、嘲ってるようで褒めてるよね。普通こういう場合「顔だけが取り柄」とか、そういう事言わない?
早乙女は惣一にけっこう、一目置いているようです。

何とか金で懐柔を試みる惣一ですが早乙女は、金なんか要らねえ!殺してやる!と言って聞きません。
早乙女はかなり純粋な様です。「溝鼠」の鷹場や源治、「悪の華」の片桐に執念深さが似ていますが、鷹場達は金>>>>超えられない壁>復讐、でした。


そして最後までこいつは金に興味無さそうでした。ヤクザの組長が溺愛する息子、惣一を殺した場合、海外へ飛ぶしか無いのだから確実に金が必要と思うのですが、「物取りのせいにする」と言ってるあたりそれも念頭に無さそうです。

高場はどれだけ大金積まれても、ヤクザを狙う仕事は断っていましたし、片桐も直接自らが手を下すのではなく策を練りました。
惣一も内心毒づいていましたが、早乙女たちは純粋だけれどもかなり馬鹿なようです。それとも何もかもが上手くいかなくて、自暴自棄になっているのか薬でもやっているのでしょうか?

とりあえず早乙女は惣一の肛門に拳銃を突っ込んで撃とうとします。
肛門に銃を…という表現、BLならではと思われるかもしれませんが、実際は様々な媒体で見られます。なぜなら陰部や肛門の中で発砲すると、銃撃音が外に漏れないという、そんなメリットがあるらしいです。
「殺し屋1」でそういうシーンがあったのを思い出しました。落下しつつ肛門から血を吹くヤクザの姿が印象的です。

でもここで惣一が死ぬと話が終わっちゃうんで、早乙女は撃つフリしただけです。しかし恐怖のあまり、失禁する惣一。

「自分では制御できない恐怖が、黄金の涙になって股間から吹き出した。」

「恐怖の涙はいつまでも止まることなく、排泄音と共に股を生温かく濡らしていく。涙が止まると…」

なんとか綺麗めに描こうとして、シュールなそしてよけいに汚くなった気がする失禁表現…

もしくは木原先生、笑かそうとしてますか?絶対笑かそうとしてるでしょ!
悲惨なリンチシーンが木原先生のユーモアによって、かなり読み易くなってる気がします。

黄金の涙…そういやSM界では糞便の事を黄金と呼ぶそうですね。
尿を涙と表現する木原先生のセンスが秀逸です。

もうこの場面を動画なり画像なりに保存して、それを元に惣一を恐喝した方が安全なんじゃないか?って思うのですが、早乙女は純粋なので金も取らずにあくまでも惣一を殺すつもりらしいです。

しかしそこで早乙女の仲間の一人、兼山というチンピラが「口淫したら助けてやる」と内密に言ってきました。もちろん嘘なんですけど。
しかしこの状況では兼山に縋るより他に選択肢の無い惣一、「これはフランクフルトだ」と自己暗示をかけて言う事をききました。
フランクフルトって…

その後は他の2人もやってきて、輪姦状態になり早乙女は動画撮ってました。動画、何に使うんだろう?殺すの止めて恐喝に切り替えたのかな?それともダークウェブで流して商売するのだろうか。

その間、惣一は「自分には露出癖がある」だの「肛門の拡張にハマった事がある」だの「女にぺニバンで掘ってもらうのが好き」だの、いちいち読者に対して事細かに自分の性癖を伝えてきます。
こういうのが悲惨なシーンをかなり柔らかくしている気がしました。
あと、惣一自身がクズなためか可哀想という感想になり難い。クズVSクズという構図なのです。

女に掘ってもらってたけど本当は男が良かった、本当は男に抱かれたかったんだ!という自覚をしつつ、生爪を剥がされ何度か失禁した後、惣一のボディーガードである嘉藤によって救出されました。チンピラは殺されたそうです。
因みに爪剥がされたりするシーンは詳細に書かれておらず、サラッとそう書いてるだけですからバイオレンス苦手な方は安心してください。

命は助かったもののその事件によりPTSDになった惣一は、厳重な警備そして嘉藤が常に側に控えていなければ安心できない精神状態になりました。

情婦にぺニバンで掘ってもらう時も、嘉藤が座って見てる様でなければ駄目になったのですが、「露出癖がある」とも言ってたので性癖もあったんじゃないかな?
結局、視姦3Pに耐えられなかった情婦とは喧嘩別れしました。

そんなある日雪のため交通規制がかかり、惣一と嘉藤はホテルに宿泊する事に。
ルンルン気分でお気に入りのディルドを入れたブリーフケースを開けると

「無い!メインのアレが無い!」

…メイン。メインて何だよ、メインて事はサブもあるのか。

あろう事か、メインのディルドを持って来るのを忘れた惣一。
嘉藤が、下っ端に買いに行かせる、と申し出ましたが惣一は断ります。
もちろん、深夜にアダルトショップへディルドを買いに走らされる下っ端を思いやっての事ではありません。惣一はそんな、他者を思いやるような人間ではない。

理由は恥ずかしいから。
…何、今更恥ずかしがっているのだろう。早乙女まで知ってたんだから、この人の性癖なんてとっくに裏社会中知れ渡ってんじゃないの?

「シャワーヘッドはどうかな?(やめろ!次の宿泊客の事も考えて!)大きすぎるな…」等と代用品について考える惣一に嘉藤も「冷やしたらどうすか?」「木製のハンガーとかイケません?」とハンガー片手に提案したりします。

ハンガーを提案された惣一は、なぜかぶち切れます。理不尽過ぎる、シャワーヘッドとどう違うって言うんだ…😂
この辺りのくだり、めっちゃ笑いました。

そしてキレた惣一は「お前が俺を掘れや!」と要求。
パワハラ、セクハラは当たり前、暴力団社会は上の言う事が絶対。ですから嘉藤は命令に従い結果、惣一は大変満足しました。
あと、それ以前から惣一は嘉藤の事をねっとり視姦していたので、勘が良いらしい嘉藤もいつかこういう事言われるだろーな、と予想はしていたのかもしれない。

嘉藤との性行為に夢中になった惣一は、彼を情夫にしたいと願います。
しかし嘉藤はあっさり拒絶。
「自分、異性愛者なんで。やっぱ女の方がいいスよ。あと恋愛感情とか持たれるのも困ります。」

上の言う事は絶対である暴力団社会で、しかも相手は所属組織ボスの息子。にも関わらずこうもはっきり拒絶するとか、嘉藤は馬鹿なのだろうか。
いや、おそらく惣一が自分に溺れている事を察しているから余裕があるのでしょう。
実際、惣一はフラれた後も父親に言いつけるとか、嘉藤の役職を下げるなどの嫌がらせは全くしていません。どうやら惣一は嘉藤に骨抜きにされたみたいです。

同時に嘉藤は惣一を尊敬していました。理由は社会技能が高いから。
裏社会は金が全てです。金稼ぐ人間が一番偉い。なので嘉藤は沢山稼ぐ惣一を尊敬しています。

「私がほしいのは強いボスです。抱いてほしいと泣いて腰を振る雌犬じゃない」と言うように、高い場所で毅然と君臨していてほしい、みっともないところは見たくない、そう願っている。
これは、確かに恋愛感情とは程遠いですね。憧れは愛とは最も遠い感情と聞いた事ありますが、嘉藤の尊敬も憧れと同義だと思います。

つまり嘉藤は、惣一の事を自分と同じ人間だとは思っていない。
そして社会技能の高い惣一にしか嘉藤は価値を見出していないので、惣一を超える能力を持った者が現れれば普通に乗り換えるでしょうしまた、惣一が凋落すれば離れていくでしょう。
そして実際、裏社会とはそういうものです。

それにしてもこのやり取りの惣一がまるで、女風のヤバい客に見える😂

「あんなに私たち情熱的に愛し合ったじゃない!」

「いや、だからそれは仕事で…」

という風な。いや、実物見た事無いけどなんとなくのイメージ…

嘉藤にフラれたショックからか、惣一はセックスワーカーの男性を呼んで乱交するようになり、その情報が洩れて裏社会中から舐められるようになったりしてますが、本人は全然気にしてない。
そして嫉妬から、嘉藤と関係を持った女に金を掴ませて別れさせるようになりました。
…意外と温厚なんですね。無傷で帰して、金までやるなんて。ちょっとぶつかっただけの相手には、指詰めさせたりするのに。
そして嫉妬に狂う人間臭い惣一の振る舞いに、嘉藤はますます幻滅するのでした。

やがて惣一は嘉藤のスマホや文庫本を壊したり、破いたりといったDVをやり始めます。
まあ、❝暴力❞団て言うくらいだから…部下へのDVとしては、けっこう緩い方じゃないですかね。多分、この緩さがまた嘉藤を失望させたのではと。

惣一が不特定多数の男性と乱交するようになった事が裏社会中に広まり、彼の父親で組長は頭を抱えます。
惣一が裏社会中から舐められるようになったからです。

「息子は金勘定得意だけど、賢くないから人望が無い。」と嘆き、跡目にするの止そうと考えてる様子。
暴力団の跡目は組長の独断で決められるもんじゃないしね…たとえ組長が継がせたくとも、人望無いなら無理ですね。

そもそも惣一はカタギで生きていく選択肢もあったのに、わざわざ裏社会のそれも今時暴力団に入る時点であまり賢いとは言えない気が…

惣一、現状のままだとおそらく父親の死か何某かの退場と共に、山奥の工事現場にでも売り飛ばされるんじゃないだろうか。

「ヤクザの同性愛者は珍しくない」と作中でも言っているように、父親や嘉藤が問題にしているのは、惣一のセクシャリティではありません。

メンツを重んじないからです。ヤクザは金が命ですが、同時にメンツも命。
強い男としての体面を取り繕わねばなりません。
同性愛者であっても、偽装結婚し表向き異性愛者を装い、金さえ稼いでいれば皆見ないふりしてくれます。しかし惣一は自分のセクシャリティを隠そうともしない。
嘉藤だけでなく、組員皆がマチズモの象徴の様な男に従いたいと思っているのです。
嘉藤も、もし惣一が権力や力にものを言わせて関係を持つ事を強いていたら、喜んで従ったかもしれません。しかし惣一は泣いて追い縋ったり、嘉藤と関係を持つ女に金渡して追い払うなど、行動が全体的に嫋やか。だから嘉藤は失望した。力で相手をねじ伏せるような、強い男であってほしかったと。

それでも嘉藤はまだ寛容な方だったと思います。なぜなら、惣一がPTSDのためボディーガードの付き添いが無ければ何もできなくなっても、失望せずにいたわけですから。
普通は「こんな軟弱な奴に従いたくない」ってなるだろうと。

あと嘉藤と組長が問題視してるかどうか分かりませんが、惣一はチョロ過ぎますね。
金貰ってさっさと退散した、嘉藤と関係のあった女達の存在が、一度性交渉しただけでこうまでのめり込む惣一のチョロさをよく表している気がします。
嘉藤がサイコパスだったら絶対利用されてるだろうし、異性愛者であればキャバ嬢に全財産投じて破産するか、嬢に粘着して出禁になるヤバい客になってそうです。

組長は息子の嘉藤への執着を察していたので、2人を離す事にしました。
惣一は子供の様に駄々をこねて反対しますが、組長の命令を覆す事はできません。

「煉獄の獅子たち」でも組長に心酔するヒットマンが出てくるのですが、組長のナイーブな面を前に失望し、組長を殺害。俺が理想のあの人になる!と言わんばかりに整形し、地獄へと突き進みます。
はたして嘉藤はどうするのか…

そして惣一、これもう性転換手術するしか無いのでは。
だって「乳房も女性器も無いから(´・д・`)ヤダ」って、ああもはっきり言われたら…ねえ。


























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