ソル・セル・サル

 細胞売りの民が好む無機質な天幕の内に、男は汎用鞭毛と先方の等身大外骨格との取引をしばらく悩んだが、まあ決めあぐねる間は代々の値段で据え置くがよかろうとし、保存液入れ換え作業の為に立った。そこからの出来事が覚束ない。

 悪酔いに似た感覚が引くにつけ、異状は明白。換気扇の光。首元に痒み。
「起きてるだろう」細胞売りは観念して顔を上げた。胴体が速乾性の何かで固められている。
「黒目を見せ、息は止めるな。疑わしきは死だ」
 詰問者は猿。たとえ抜きに丸っきりの、毛深い山猿だった。


「鉄に乗り込んで飛ぶ奴らを知っているな」「それは、飛行隊だと思う」
「巣はどこだ」「東の山を越えた麓……だが、案内ならご免だ。我々の身分でも無事では済まされない」

 猿は目をすがめた。
「おかしな話だ。お前の目、長居したことがあるのに」「……!……わかった。嘘を詫びる。入れないこともない」

「入れるのか?」「断言は難しい」
「入れるな?」「うぐっ……入れる。例の戦闘機――『太陽鳥』と同じ速さでなら、生体関門に迎撃されることはない。なにしろ、ああ、当家の信用はがた落ちだ」

 猿が背中から振り抜いた杖は、怯んだ細胞売りの、拘束に突き立てられた。それは変質し床に崩れる。

「おい、自由にしてくれるんだよな?」

 猿は山肌に沿った屋上へと私を蹴り出し、ようやく口を開いた。
「太陽鳥を射落とす。ねぐらをハゲに変えた仕打ち、あの気取った鉄めらに突っ返さん」


「なんだ、なんだなんだなんだ!自殺行為だぞ!」「お前には見届ける理由がある!掴まっていろ!」
 猿は私を軽々と抱え上げ、もろともに屋上のふちから飛び出した!たちまち、張り巡らされた送電線が、蜘蛛の巣描いて視界を占領する。
 空中で線の一つを、尻尾が杖で掻き寄せる。ぶら下がったまま滑降し、距離を見て飛び移り、また滑る。滑る、滑る!感電死と墜落死と狙撃死のはざまを、遥かな麓までか!?やはり猿だ!バカ猿だ!

【続く】

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