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小説 石丸伸二③

秘書鈴木から見た石丸伸二という男

決戦! 安芸高田市長選②

席につくと、
松岡が『鈴木、こちらは石丸伸二さん、今度の市長選に立候補予定なんだ』と唐突に紹介した

その言葉を聞き、席から転げ落ちそうなくらい驚いたが、平静を装って

『は、初めまして、鈴木です。』と言ったが、
明らかに声が上擦り、それ以上の言葉が出てこなかった

とりあえず3人分のビールを頼み、乾杯した

松岡は、この町の未来を憂いており、腐敗した市政や議会に対しての不満を堰を切ったように語り始めた。

そして、この町を救うには石丸伸二という人を市長にするしかないと熱弁をふるった

当の本人はあまり喋らずに、どちらかと言うと物静かで、松岡の話に相槌をうっていた

石丸の印象としては、
物静かではあるが、頭の良さそうなキレ者
同年代にしては眼光も鋭く、何とも言えないプレッシャーを感じた

だが、松岡の話を聞いても、私がここに呼ばれた理由が全くわからない

地元出身でもないし、市役所での立場も微妙だ、管理職ではあっても、出世コースにのっているわけでもない

自分で言うのも何だが、
私は平凡を絵に描いたような人間で、これと言った特技もない

( そんな人間に一体何の用だ?)

すると、松岡が用を足しに席を外した

おもむろに石丸が、
『自分が何故今日ここに呼ばれたか、不思議に思ってますよね?』

私の様子を見て、少し面白くなったらしい

『まぁ、そうですね。自分が、石丸さんにとって重要な人物だとは思えなくて』

私がそう答えると、
石丸は
『私が松岡さんにお願いしたのは、普通の人間で、かつ、この町に染まっていない人物を紹介してほしいと頼んだんですよ。』と言った

ますます意味がわからない、
普通ならこの町の有力者かこの町をよく知ってる人間を紹介してもらうはずだ

石丸は続けて、
『この町について率直にどう思いますか?』と聞いてきた

私は、
『良い町だと思います』
と紋切り型の返答をした

石丸は表情を変えずに
『良い町ですか、私もそう思いますよ。
でも、今のままだと、この町って消滅すると思いません?』

そう言われて、背筋が寒くなった
実際に、この町だけでなく地方都市が抱える問題は共通している

大した産業もないので、若い世代は町を出て行く
残るのは高齢者ばかりで、仕事は農業か役所、農協くらいしかない

税収は右肩下がり、先行きも暗い、ただこの町だけではなく、ほとんどの地方の自治体が抱える問題だ

この問題の効果的な解決策はない、
だから殆どの人間は見て見ぬフリをする

よっぽどの馬鹿でなければ気づいている、

だが、自分だけは大丈夫という根拠のない理由に基づいた希望的観測を持ち、生きている間は逃げ切れると自分自身を思い込ませている

すると、松岡が席に戻り、再び熱く語り始めたしばらくして、会はお開きになり、石丸とはそれ以上の言葉はかわさなかった

そして石丸が別れ際に、
『近いうちにまた会うことになると思います』と言ったので

私が『 それはどういう意味ですか?』と聞くと

何も答えず、『フフッ』と笑って行ってしまった

石丸伸二という奇妙な生き物に興味を惹かれたが、2度と会うことはないと自分に言い聞かせながら、暗い夜道を1人帰って行った

決戦! 安芸高田市長選③に続きます

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