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記事一覧
【短編小説】 マッチ・ボックス ③
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「私はまず、良子さんが帰国する日取りを確認しました。水村さんが言うにはね、一月いっぱいは日本に滞在しているということでした。それで、さりげなく例のミニカーがいまどこにあるかということも聞いておいたんです。水村さんは、『南アフリカに帰る前に、実家に行って向こうに送るものを箱詰めするみたい』と言うもんですから、まだそれは奥さんの実家にあるということがわかったんです。だからね、私は計画の実行を
【短編小説】 マッチ・ボックス ②
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「すみません。実はずっと我慢してたんですよ。ええ。すみません。ところで刑事さん。大原美術館に行ったことはありますか? え? それはいけませんね。岡山県民たる者、一度は行っておかないと。いや、というのもね、私が収集活動に精を出すようになったのは、大原孫三郎先生の影響が大きくてね。刑事さん、ちょっと、私の生い立ちを含めて、その話を少しだけしても構いませんか? いや、今般の件とまったく関係の
【短編小説】マッチ・ボックス ①
【あらすじ】
倉敷市内で小さな運送業を営みながらヴィンテージ・ミニカーのコレクターをしている「私」。「私」は、倉敷紡績の二代目であり大原美術館の創立者である大原孫三郎を、自分勝手に人生の師匠と仰いでいる。
ある日、友人の義父が亡くなり、故人の遺品整理の手伝いを依頼される。故人の書斎の整理を始めると、そこには希少なヴィンテージ・ミニカーがあった。「私」は、それをどうにか譲ってもらおうと友人に頼
【短編小説】 鼻の下
いつもの整体院は、五階建ての古びたビルの二階にあった。二階へは階段で上がることもできるのだが、階段は屋外にあり、仄暗く、薄気味悪いので、ビルの利用者はみんなエレベーターを使うのだった。
漫画家は一階のエレベーター・ホールにいた。午後三時から整体院の予約を入れていたのだ。時刻は二時五十三分。
漫画家はいついかなる時も五分前行動を心がけている。この習慣は何も学校で教わったからそうしているわけ
【短編小説】 健康同盟
「私、須原美幸と申します」男はとても丁重な手つきで名刺を差し出した。「こちらの席、よろしいでしょうか?」
望月絋平は、夜の七時に駅前のコーヒーショップで彩子と待ち合わせをしていた。
思っていた以上に早く職場を出られることができた絋平は、約束の時間よりも三十分も前にその店に到着した。レジでアイスコーヒーを注文し、喫煙席で美味そうに煙草を嗜む喫煙者たちを尻目に、空気の綺麗な禁煙席に腰を下ろし
【短編小説】誕生管理局
日付が変わって三月十七日の未明、濃紺の空にまん丸い満月がぽっかりと浮かんだ深夜の出来事である。
「次の方!」礼服に白ネクタイという出で立ちの誕生管理局の男性審査官が大きな声を上げた。「後ろがつかえているから、早くこっちへ来なさい」
長蛇の列の先頭に並んでいた小さな赤ん坊が、審査官がいる窓口にてくてくと歩いてきた。赤ん坊は審査官に対して何やらパスポートのような帳面を提出した。帳面は真っ
【短編小説】よそ行きのワンピース
「ええ、そうなんです。紙幅の都合でですね…… はい。誠に申し訳ありません。その代わりと言っては何ですが、次号では巻頭のカラーページに掲載させて頂きますので…… ええ。もちろん写真もたくさん載せますよ。はい……
ということで、色々とご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします…… はい。ではゲラが仕上がりましたら、またご連絡させて頂きますね。ええ…… はい。それでは、失礼いたします」