見出し画像

10「Coquetterie dancer」/錆付くまで

1月20日リリースアルバム「錆付くまで/宮下遊」の感想noteとなります。
特典のコンセプトブックや対談CD、非公開MVについてもネタバレ有で触れてるので、未読未視聴の方はご注意ください。キルマーアレンジCD買いそびれ民(憐)。→2月27日追記:親切な遊毒者様に1枚譲っていただきました。ありがとうございます!note追加します。
錆付くまで/クロスフェード


生成された構造が錆付く前に、文字に留めておこうと思った。


大衆に媚を売る表現を、好きになれない
【Coquetterie dancer】

公開MV↓
Coquetterie dancer/煮ル果実×宮下遊


作り手は何らかの信条を抱いていたりする。掲げた指針に正しくあるように振る舞おうと勤しむわけだが、思想が深まれば深まるほど、周囲からの弾圧により受ける傷も深まるようになる。

煮ル果実氏の作った曲を全て聴いたわけではないが、大抵、物語が土壌にあり、特殊な過去に裏打ちされた特殊な信仰を胸に秘める魅力的な変人が多い。物語である以上、彼らの心情を語り尽くすだけで曲を完結させるわけにもいかず、外部からの影響を受けながら、その人物が取りうる次なる行動をとり、それぞれの落とし所を迎える。キルマーは強かな逆襲劇となり、ヲズワルドは運命に翻弄され疲れ果て自ら命を絶つ。だから、先にあげた曲の主人公と物語がテレコになったら、もしかしたら違うラストを迎え、当然、曲から受ける印象も全く別物になっていた可能性もありえそうだ。聴者はそれぞれの登場人物に共感できる部分や自分や知人と重なる経験をエッセンスに曲の展開やメッセージ性を楽しんだりする。反感や違和感を抱きながら観察するケースもあるかもしれない。
曲とMVでしか語られない限られた領域の中で、ファンタジックテイストな、しかし遠くないフィクションとしての地位を確立している作曲家、と言うのが、私が彼に抱いたイメージだ。

今回の【Coquetterie dancer】は、主人公にとってあまり好ましい最後を迎えられなかったように見えてしまう。コンセプトブックにも、「ダンスで日銭を稼ぐ少年が、貧困とストレス、周囲からの手酷い扱いによって自暴自棄になり、自分を馬鹿にした人たちを狩りその血を纏って注目を集めるようになる哀れな末路を迎える」と明記されている。しかし、本当にそれだけだろうか?主人公のとった行動はあまり褒められたものではないし、滑稽そのものだろう。しかし、捲し立てるように紡がれる本音の中には、被害者意識に塗りつぶされた身勝手な愚痴や辛辣な世情批判だけでなく、1人のダンサーとしての気高い信仰も確かに息づいている。

「毒も薬にもなりゃしない歌じゃ世界を変えられないから」
「僕の否はずっと燃え尽きず、誰もが観ずには居られないでしょう」

ここで、少しおかしいと思わないだろうか?主人公はダンサーのはずだ。なのになぜ踊りではなく「歌」なのだろう?
おそらく、作者の信念の吐露ではないかと思われる。彼の作った「ハングリーニコル」と言う曲は、YouTubeではセンシティブで攻撃的な内容を含むとして、再生時にアテンションが加えられている。一部のコミュニティに打撃を与えるほど、強く表現したい、しかし、口に出すことを咎められている思いが彼にはたくさんあるのだろうと暗に気づく。

都会の飲み屋に行けば、駆け出しのバンドマンや役者志望が、酒を煽りながら長々と持論を語ったり、リハーサル中にはぶちまけられなかった愚痴や共演者への批判を吐き出す姿を目撃することがないだろうか。コロナ禍でそんな人たちを見かける機会は最近なくなってきたが、彼らと【Coquetterie dancer】はよく重なる。格好悪く、惨めにも思えるかもしれないが、腐ってない時は、あれはあれで必死に自分の思いを形にしようと努力するパフォーマーなのだ。しかし、そう簡単にうまくいくわけではない。だからいじける。わかったような口ぶりをしていることに関しては察してほしい。

さて、いきすぎた承認欲求と自暴自棄は、苛烈で陰鬱な顛末を主人公に与えた。しかし、MV制作をしたうぐいす工房さんの気配りか、煮ル果実氏の隠れた意図なのかは判然としないが、一見バッドエンドにも思える幕引き間際に、実は「ささやかな救い」がある。
その伏線は、先ほど引用した歌詞の一部が展開されるMV映像でクローズアップされるコモンドールという犬の存在だ。あの犬はおそらく、主人公の唯一の理解者あるいは観客なのだろう。主人公の持つ「毒(魅力)」に思わず体が動き出し、主人公を追いかけ、飲み込まれ、一つになってしまう。
あの不思議な描写は一種の「洗脳完了」だったのではないだろうか?と私は推察している。その証拠に、主人公が自分の殻に閉じこもり、人前でダンスをしなくなったために(あるいは殺傷罪でお縄になったために)寂しくなったストリートで、寝ているコモンドールの背中から黒い植物が生えてくるのだ。
主人公が踊りを披露することはなくなってしまった。しかし、彼が他者に刻みつけた想いは、他者の中で生まれ育ち、発芽した。まともに相手にされなかった彼のダンスだが、誰かに託すくらいには影響力を持っていたのだ。

主人公の思いが、次なる悲劇を呼んでしまうのか、あるいは幸せな方向に昇華できるかどうかは、きっとコモンドールの物語で明かされる。

この文量からもお察しの通り、「錆付くまで」全12曲における私にとってのベスト1が紛れもなく【Coquetterie dancer】だったからだ。全ていい曲だし、一番泣かされたのはダリアだが、自身の心の在り方や信条に最も近く、スラム街の街並みをはじめとするMVの世界観がとても気に入っており、また、自分が創作する際に参考にしたいと思える言葉遊びやトリックがたくさん散りばめられていた。
他に【Coquetterie dancer】が一番好き!という人がいたら、どのような点でそう感じたのだろう。案外TLでお見かけしないし、みんな大好き輪廻転生を除き、結構ばらけているように思える。最後から3番目という大詰めポジション、起承転結における転、「錆付くまで」を象徴する錆びついた街並み、2000万再生を叩き出した夢の共演再び、難易度の高さなど様々な視点で見ても、宮下氏の勝負曲だと思って推しているのだが。

(FA/もっぷ大佐)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?