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ガッキーは今日も可愛かった。

この文章は完全に私の妄想であります事をここに記しておきます。

この世は見た目がとても重要視されているため、人は自分や他人の顔の造形や身長、髪の毛質などによって優劣を判断してしまいがちです。
それは主に私たちの生活で染み付いてしまった習慣でテレビや雑誌のメディアは見た目が良い人物を良しとし、ある一定の基準以下の見た目を悪しとし時には笑い者にしたりします。こんな世の中に生まれ、生きている私たちはそれが普通となっています。

21世紀になり、令和になり、色々時代は変わりました。恋愛対象が異性ではない人を嘲笑したりするテレビ番組はナンセンスだとして今はありません。女性の裸がお食事時の番組で流れる事も無くなりました。
それを窮屈な時代だと嘆く人も沢山いますが、人が生きていく上でアップデートは必ずしていくべきだと思います。停滞は思考の死。それ即ち生きる屍。とは言い過ぎですが。ただただ命を消費しているだけかなとも思います。

さて、前置きが長くなりましたが。
「逃げるは恥だが役に立つ」という漫画原作のドラマが大ヒットしたのは記憶に新しいと思います。と、書いていてそういえばいつのドラマだっけ?と調べたらなんと2016年でした。5年前でした。ドン引きです。(時の流れの残酷さに)
私はこのドラマについて「政府の少子化対策説」を周囲に話していました。

イケメンや美女じゃないといけない。
という概念を覆すのが星野源です。このドラマの大ヒットまで星野源は知る人ぞ知るコアな役者・音楽家・作家でした。コアなファンが多く。ドラマのヒットにおいて「あぁ、世間にバレてしまった」と嘆く女性がめちゃくちゃ多かったと聞きます。
(もう一度言いますが私の説は私の妄想の話です。)
世の男性は思ったのじゃ無いでしょうか。
「この、のっぺりした顔の男がガッキーにめちゃくちゃ好かれている?」
「背も全然高くないじゃないか、服装も普通だぞ」
「まぁ、所詮ドラマ(フィクション)だしな」
「星野源がめちゃくちゃ流行っているぞ?!」
「俺の周りの女子が星野源かっこいいって言ってたぞ??」

俺でも、イケるんじゃね?

これはイケメンイケメンと世が持て囃す社会にあてられて、身も心もボロボロになり、自信が無くなってしまった男性にもう一度自信を取り戻してもらうのが星野源です。
このドラマのキャスティングは政府の思惑が絡んでいるに違い無い。と私は当時言っていました。(その説を考えた時に剛力彩芽や小西真奈美といった美女のテンプレに沿わない魅力的な女性も政府の思惑?と思ったりました。)

見た目で判断するような古臭い社会はもう平成に置いていくべきでした。
脱毛しないといけない。二重じゃ無いといけない。薄毛ではいけない。
そんな広告に惑わされて、自信を失って、コミュニケーションを取らなくなって。困るのは誰かと言うと国であり、将来の私たちでした。

逃げ恥はそれだけではなく、社会の問題提起も数多く取り入れているとてもいいドラマだと思います。
5年前に少子化対策ドラマだと説いていましたが、出生率は上がっていませんでした。それより先にもっとやるべき対策がまだまだいっぱいあったという事なのでしょう。

※この文章を書いている令和3年でもまだまだ見た目社会で、自己責任感は強い世の中だと感じます。
今年から、人が人として考える生き方や生活がそれぞれ思うままに実現できる年となりますように。
※ガッキーが可愛いのは事実です。だからってガッキーが良くてあなたが悪いという事は絶対にあり得ません。

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