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線上のキンクロハジロ 第十七話

 登美彦はハバタキのスタジオ内を案内すべく、藤岡少年をカフェから連れ出した。寝袋から這い出てきた響谷が春斗を見かけるなり、やけにフランクにべらべらと話しかけた。

「なに? 君、中学生? えっ、なに? 高校生なの。ふーん、童顔だねえ。えっ、見学?アニメーター志望なの? えっ、話を考える方? そうか、じゃあ脚本志望なの? 大体そんな感じ? ふーん、じゃあせっかくだからいろいろ教えてあげるよ。あ、ぼく、響谷っていうの。作画監督っていってね、平たく言えば、絵の責任者かな。そうそう、偉いんだよ。航空母艦で言えば艦長みたいなものだね。いうなれば沖田艦長みたいな。えっ? ヤマトを知らない? あっそう。じゃあ後でじっくり教えてあげる。そっちのトロそうなのが下っ端の奥野君。みんな、トミーとかトミヒコって呼んでるよ。まあ、彼はこっち側の人間じゃないから。職場で抜け駆けするようなヤツは戦場じゃすぐ死ぬものだよ」

 根が教えたがりの響谷に捕まった藤岡少年は、さして興味もなさそうにレクチャーに耳を傾けている。

 戦艦ヤマトシリーズのプラモデルが大量に置かれた響谷のデスクは相変わらず乱雑で、響谷はアニメーションの基本原理を説明していたかと思いきや、いきなり戦艦の台座を掴みだし、空中で八の字に旋回させている。

 響谷の操る戦艦の動きに合わせて話はあちこちにダッチロールし、制作委員会の仕組み、アニメーターが薄給になるカースト構造についても語り始めた。

 いつぞやそんな話を聞いた気がするが、まったくもって同じ説明に聞こえた。

「アニメの世界って、みんなこんな感じの人が多いんですか」

 いつまでこの話が続くんだという、うんざり気味の表情をほとんど隠さない藤岡少年が小さな声で言った。

「響谷先輩は少し特殊だと思う。ごめんね」

「もうそろそろ大丈夫です。あとは鳥について知りたいです」

「なにが知りたい?」

「参考になりそうなものならなんでも」

 藤岡少年はこの場を離れたがっているらしく、いまだにべらべらと話し続ける響谷とスタジオの出口の方へ交互に視線を送っている。妃沙子と沙梨は積もる話がまだ大量に残っているようで、こちらには同席していない。今頃、優雅にコーヒーを飲んでいるのだろう。

「響谷先輩、どうもありがとうございました。アニメ制作の現場はよく分かったそうなので、あとは深川図書館と清澄庭園を案内しようと思います」

「図書館? 清澄庭園? なんで?」

 ようやく話をストップした響谷は目をぱちくりと瞬かせた。

「彼がハバタキのマスコットキャラクターのプロットを考えてくれるそうで、その参考としてキンクロハジロについてもっと知りたいそうです」

「なんだ。そうだったの。最初から言ってよ」

 響谷は古狸のような腹をぽんと叩くと、長年の知り合いであるかのような親しさで藤岡少年の華奢な背中をばんばんと叩いた。

「それじゃあ脚本家の適性がありそうかどうか、ぼくが判断してあげるよ。プロットができたらぼくにも見せてね。分かっていると思うけど、戦艦と波動砲は必須マストだからね」

「先輩、どうかそのへんで」

「分かってる。そろそろ仕事するよ。じゃあ少年、プロット楽しみにしてるからね」

 プロットに求めるハードルを上げるだけ上げた響谷は、ずり下がったジャージのお尻をぼりぼりと掻きながらトイレの方へと歩いていった。

 ようやく解放された藤岡少年がぼそりと呟いた。

「強烈ですね……」

「こんなので話を作るのは無理そうだよね。ごめんね」

「いえ、平気です。むしろ作れそうな気がしました」

 頭の中で物語を組み立てていたのか、今までぼんやりしていた少年の目つきがほんの一瞬だけ、鋭くなったように見えた。

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