短編小説「ア オ ク テ ウ ス イ」(全文無料)

「俺の血ってなんか薄いんだ..」


大学を卒業し都内の会社で働くようになって6年目。
29歳独身。出世、結婚、どちらの兆しも、まったくない。

未だに実家暮らしで、埼玉の家から1時間半もすし詰めの電車に揺られて都内の会社に通っている。
出社しただけでもうすでに疲れているけど、大丈夫。
誰にでも出来るような事務仕事を毎日毎日飽きもせず繰り返すだけだからさ。

真面目そうに見られる事が多いけど実はけっこう怠け者で、一度上司にこってり叱られた事もある。
それからは仕事の速度を上げるようにしたけど、今でもたまにぼんやりして時間経過の早さに焦る事がある。
時間泥棒が盗んでいるんじゃないか、って思うくらい。
それならそれで仕方ないけど、ちゃんと有効活用してくれよ。

家に帰ったら夕食を食べてお酒を飲んで、ネットゲームをして寝る。
たまには付き合いで同僚や友人とも飲みに行く。それなりに楽しいが、それだけだ。


夢は作家だった。

学生時代はよくわからない自信に満ち溢れていて、
自作品を小説投稿サイトにあげては僅かな反応に一喜一憂していたものだった。

「独特の世界観が素敵ですね」
そんな風に作家志望や素人作家好きの人に褒められる事はあっても、文学賞などを得る事は、ただの一度もなかった。

そのまま、周りに急かされるように就職活動をし意外とあっさりと内定を手にする。
こんな事を言うと生意気に思われるかもしれないけど、"フリ"をするのは得意だったんだ。
だって誰も本当の俺の事なんてわからないし、20年以上も生きていればそれなりに学ぶもんだよ。
だから、求められてるような人の"フリ"をするのには慣れていた、ってわけだ。

面接にも"フリ"で挑んだ。
それが功を奏したのか、悪夢の始まりだったのか、いつの間にか何年も月日は過ぎていった。

とりあえず、この会社での日々は小説にはならない。
仮になったとしても誰も読まない。
大丈夫。俺は書かないし、誰も書かない。


「宇宙人?」って、たまに言われる。
俺は日本人、でも地球人、さらに言えば宇宙人!もちろんそういう事じゃない。

つまり、地球外知的生命体。
「どうなのかな?そうなのかも」って思う。
でも、宇宙船と連絡する通信機もないし、これといった特殊能力もない。
誰とも混じらないってだけ。極端に冷静ってだけ。

大丈夫。精神科にかかった事も安定剤を飲んだ事もないよ。

でも、世の中は感情のぶつかり合いだ。
一緒に悲しまなきゃいけない。一緒に怒らなきゃいけない。
それが出来ないってだけで、人でなしのような扱いなんだよ。
それが普通だ、っていうなら、まともなのはむしろ病院通いの人達だろうよ。

だから、やっぱり俺は宇宙人なのかもしれない。

ろくに怪我もしてこなかった人生だからさ。
もし深い傷でも負ったら青い血が出ると、本気でちょっと思っているよ。


「命短し恋せよ...」ふと頭に浮かぶ言葉。
映画「生きる」の印象的なセリフだ。揺れるブランコ..。

会社に向かって陸橋を渡る時、春になれば桜の景色が広がってる。
年一ってわけじゃあないけど、俺の恋心にだって色付く事はあった。

でも、あの子に「帰りたくない」って言われた時も、あの人が綺麗な涙を流した時も、取り繕ったように笑って冗談を言って真剣に向き合わなかった。
あなたが何もなかったような顔をした時も、何も気付かぬ"フリ"をした。

「振り返ってみれば、けっこう好きだったのに?」
なんて今更どうしようもないよ。人の心は移ろいやすいんだから。

血が薄いのかもしれないな。
抱きしめた彼女を瞬時に愛おしく思えないなんて。

大切には思ってるんだけど、それだって怪しいもんだ。
つまり、潜在意識では利用してやろうなんて思いが働いているのかもしれないしさ。

信じる為に疑うんだけど、それって、"バラバラに分解した挙句、結局それが何だったかわからなくしてしまう行為"のようにも感じてるんだ。

「謝ったほうがいい?」って聞いたら、怒るんだろう?
「本気で俺も好きだったんだ」って言ったって、今更どうでもいい話なんだろう?

大丈夫。そんな事を言う機会はないからさ。
だって今では俺の傍には誰もいないんだから。


「見てみる?俺の薄くて青い血をさ」

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