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福寿外伝 ep.1|天上人間

「天にも昇る気持ち」。私は3回味わったことがある。
1回目は、海辺で父がとってきた岩のりで作ったバオズを口いっぱいに頬張った時。
2回目は、娘が生まれた時。
3回目は、本当に天に昇った時。

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此処「天界ニルヴァーナ町」に来てもう8年経ったようだ。
私は今、福福(フーフー)と寿寿(ジュジュ)という名の天使たちと暮らしている。
欲しいものがあればそれを思い浮かべて口笛を吹けば出てくる。
フーフーがまた、せいろに入った大好物の肉まんを召喚してきた。

背中に生えた羽根と頭上の輪っかは、下界にいるときは見たことあるものと同じだった。初めは慣れなかったが、今は様になった。
今日もメビウスとマルボロをふかしながら、他愛もない会話を交わしている。

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「ヴォルピュタスちゃん大きくなったね〜」
ミーハーかつさばけたジュジュが今日もYomitterにベッタリである。黄泉ートを言い聞かす。
「ヴォルピュタスって?」そういえば私は何が何だか分からなかった。
「バーバー知らないのお?クピドとプシュケの娘だよ。あの2人、恋愛してる時はそれこそ大変だったじゃん。姑さんのアフロディテ様に散々無理難題課されても、よく乗り切ったよね。勝ち組だよ」。おしゃべりなフーフー、いつもちゃらんぽらんに見えるが、人懐っこくよくいろんなことを教えてくれる。

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「娘か……私も、下界に一人娘がいてね」。娘というワードを久しぶりに聞いて、思わず口に出してしまった。
俗世に、「ユエファ」という名の娘がいる。私はよく「ユエちゃん」と呼んでいた。ユエちゃんは自分の妻と似て自由で頑固だ。いつも危なかっしくて、そしてよく我慢をしがちな子だった。今もなお、雲の隙間から、米粒大にしか見えない我が子を見守ってはいるが、老眼であるし、雲のもやがなかなか晴れず、よく見えない。

「バーバーの娘さんのお話、あまり聞いたことないな〜。実際見てみたいし知りたいよ」。ジュジュが肉まんを手渡してくれた。
「俺もこんなまさか呆気なくこっちに来ちゃうとは思ってなかったからさ。できればもっと近いところで見ていたいし。ほら、年に数回かのお盆くらいしか下界にしっかり足つけられないじゃん」。
「へいほのなははらのほへはいへいへはへはいいへふお」フーフーが肉まんを頬張りながら話すから、何を言っているのか分からない。

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「あー、蒸籠の中覗いて中に潜り込んでいけば下界すぐいけるよ〜」ジュジュがフォローして教えてくれたが、そんなこと、初耳だった。
「え…そうだったのか?俺もまだ知らないことが多すぎる。」
久しぶりに、心臓と背筋あたりに重りがのしかかったような衝撃が走った。顔が紅潮していくのが分かる。

「娘に…ユエちゃんに会いたい。今何をしているのか、どう過ごしているのか。気がかりなんだ」。
天界に来てから、自分の欲しいもの望むもの全ては自分の想像と口笛だけで全て叶ってきた。しかし、実際に自分の願いを言葉として口から出したのは、本当に本当に、久しぶりである。口にした瞬間、目頭が熱くなった。

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「そんなの早く言ってよ!今からでも行こうよ!」フーフーがいきなり立ち上がり、蒸籠を覗き込んだ。そして、吸い込まれるかのようにメリメリと音を立てながら、蒸籠の中に入っていった。光が、フーフーの体にまとわりつくように蒸籠の底から放たれている。
「見様見真似で、うちらに付いてくればいいんだよ。なんだったら、ジュジュのこと掴まっていなよ」。ジュジュが私を引っ張りながら蒸籠の方へ駆け寄った。
ジュジュの体がふわりと浮かぶ。私はどうしていいか分からないまま、咄嗟にジュジュの羽根の端っこと、小さな足を掴みながら、そのまま蒸籠の中に吸い込まれた。

蒸籠の中に入った瞬間、あたりが光で満ち溢れていて、何も見えなかった。ポカポカと光の温度を全身で感じる。父が初めて海辺へと私を連れて行き、岩のりがたくさん入ったバオズを作って食べさせてくれたあの日も、雲ひとつない快晴だった。裸で海辺へと駆け寄り、ゴツゴツとした岩の堤防の上でそのまま目を瞑って寝た。その時と同じ暖かさを覚えた。

「バーバー、ねえ、あの子?」
ジュジュの声で、私はいつの間にか閉じていた目を開けた。視界は薄暗かった。どうやらここは何かのライブハウスのようで、ステージの上になぜか大きな月が映ったスクリーンが配置されていた。人が集まり酒を交わした形跡があり、あたりが何となく散らかっていた。

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そこに、地面にひれ伏して横たわっている女の子がいた。ユエちゃんだ。
ユエちゃんは、なぜか泣いていた。
私の背中の羽根をキュッと掴みながら、フーフーがなぜか鼻を啜って涙を流している。フーフーは、おそらく目の前のユエちゃんの気持ちを、いち早く感じ取ってしまったようだ。
「そう、あそこにいるのは、ユエちゃん、娘だ」。

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私も一緒に連れてってよ、お父さん。
大好きだった人に恋人が出来た。私が持ち続けていた愛とか好きだとかの感情はいったいどこへ行っちゃうの?
そうか、私はいつもこうなんだ。愛そうと思った人、大切な人から離れていって、相手も離れていっちゃう。
愛されないなんて、生きている意味がない。愛なんか、もう知らない。

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「活該(いい気味)」。ユエちゃんの声がした。

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編集後記
昔もユエちゃんみたいな時期がありましたわ。ユエちゃんが横たわっているのは月見ル君思フですね〜外苑前の。私も2年前、友達のバンドのライブがあったんですけど、その時ちょうど失恋の翌日で(若いェ…)お酒飲んだあと散々に泣いて、周りのお兄様お姉様友人らにしこたま慰めていただきながらも、のたうち回った日がありました。
でも今ピンピンしてます。なので大丈夫。なんとかなる。

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