いつか辿り着けなかった場所に

「この歌は、対岸まで泳ぎきれなくて
溺れてしまったひとたちに捧げられているの」
彼女は歌い始める前に、
その歌をそうやって短く紹介する。
レクイエム。
ありふれたことばを使えば、
夢の在り処、希望の彼方。
レクイエム。
「きっと僕たちは幸せな場所がどこかにあるんだって幻想に長らく苦しめられてきた」
彼は歌い始める前に、
その歌をそうやって短く紹介する。
レクイエム。
気の触れたことばを使えば、
終の住処、希望のあの歌。

いつか辿り着けると信じていたはずの夢。
その手前で、憂鬱に溺れて死んでった友。
酒に溺れ、憂鬱に溺れ、気が触れて、
路上で中断した夢の続きを、
あいつはいまも見てるはずで、
若くない僕は、もう若くもなく、
喪うことにも慣れたはずの僕は、
あいつのかわいい少年の頃の写真を眺めては、
煙草を一服する。線香のかわり。
レクイエム。
夢の在り処、希望の彼方。
レクイエム。
子供たちが眠る場所が、
せめて静かであればいい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?