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消えない光と陰

あのひとを不意に思い出すと、それは光の記憶も同時に蘇る。

「現代美術ってコンセプトありきって感じがして好きじゃない」
僕は初めて会った彼女に言う。
「そうだね。気持ちは分かる。だけど、
アメリカに行くと、本当の良さが分かるんだよね。
現代美術が何を表しているか、ってさ」
彼女は掌のグラスを少し掲げて、
僕はそのグラスが反射する光を見る。
彼女がグラスを手元にもどして、
氷と氷が溶け出した水とウィスキーをかき混ぜる音を鳴らす。
その反射する光がどんなものかはいまはもう、
覚えてはいない。
ビールでぼんやりした頭でラインを交換する。
横にいる彼女からの最初のラインは、
「幸せになろうねー!!」という微笑ましいものだった。

付き合ってから二人でたくさんの映画を観た。
彼女はTVの前にお布団を敷き、そこに寝転がり、TVを見上げている。
僕は小さなワンルームの隅っこに置いた
ソファーから彼女の背中越しにTVを見ている。
部屋の照明をまっくらにして、
映画をかける。
だけどいまは、どんな映画を観たかさえ覚えてはいない。
ただ、貧乏暮らしゆえカーテンすら買えない僕の部屋に、
線路沿いから飛び込んでくる、
10分に一度、行き交う電車がそのTVの置かれたテーブルの
さらにその上、白い壁を照らしていく。
その電車の光すらいまは正確に描写できないけれど、
映画より、彼女の後ろ姿を、
綺麗だな、と思う。

続く(かな)

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