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【じゆうけんきゅう】なぜ通信制の小中学校がないのか 3/3

以下の2つの記事の続きです。第1回は「1.実はあった中学校の通信制」、「2.通信制中学に関する制度」について、第2回は「3.おじいちゃん・おばあちゃんに限定した通信制中学校の趣旨」、「4.そもそも通信制の趣旨って?」について書きました。

前回の記事では、通信制の学校はどうやら働いている生徒に学習の機会を与えるために作られているようだ(だから働いていることを前提としない義務教育段階では基本的に通信制は提供されていない)ということを書きました。それでは、実際に通信制に通っている高校生はどうして通信制を選んだのかそれは当初制度が想定していたように働いているからなのかということを探っていきたいと思います。

5.通信制高校が選ばれた本当の理由

「なんか良い資料ねぇかなぁー」とネットで探していて見つけたのがこちら。

〇文部科学省 平成23年度「高等学校教育の推進に関する取組の調査研究」委託調査研究報告書
「高等学校定時制課程・通信制課程の在り方に関する調査研究」

平成24年3月 財団法人 全国高等学校定時制通信制教育振興会
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2012/05/29/1321486_01.pdf

ちょっと表紙のフォントが気合が入りすぎているのはご愛敬。平成23年度と少しデータが古いのが残念ですが、もしより新しいデータがありましたらご教示いただけると幸甚です。

以下、調査概要です。結構大規模で行われた調査だったようですね。

・ 調査研究の方法
 全国定時制通信制高等学校長会、全国高等学校定時制通信制教頭・副校長協会、全国高等学校通信制教育研究会の協力のもとに全国の定時制・通信制高校にアンケート調査を実施。
・ 調査対象
 全国の定時制課程または通信制課程を置く高等学校804校(定時制655校、通信制149校)
・ 回収率
 91.9% 739校/804校
・ 調査項目
 生徒数、教員数、教務、学校の実態について(32項目)
 生徒に関する項目(21項目)
・調査期間
 平成23年9月20日~平成23年10月31日
 通年で扱う事項については、平成22年度の数値である。

p.24、25に定時制高校または通信制高校に入学した動機・理由を聞いた結果がまとめられています。質問は以下の選択肢から一択。

【3-2】 定時制高等学校に入学した動機・理由は何ですか
1 経済的に働く必要があったから
2 経済的には問題がないが、働きながら学ぶことに意義があると思ったから
3 高等学校の卒業資格が必要だと思ったから
4 全日制高等学校を受検したかったが、合格する自信がなかったから
6 自分のペースで学習がすすめられると思ったから
5 全日制高等学校を受検したが、合格しなかったから
7 健康・身体的理由により毎日通学することができないので
8 時間にゆとりができたので、勉強をしたいと思ったから
9 時間にゆとりを持って勉強をしたいと考えたので
10 その他

「その他」以外を割合が高い順に並べるとこうなるかと思います。太字にしているのは働くため、つまり通信制の制度が当初想定していた理由を挙げているものです。

・高等学校の卒業資格が必要だと思ったから(45.8%)
・自分のペースで学習がすすめられると思ったから(17.7%)
・健康・身体的理由により毎日通学することができないので(8.6%)
経済的に働く必要があったから(5.4%)
・全日制高等学校を受検したが、合格しなかったから(5.2%)
経済的には問題がないが、働きながら学ぶことに意義があると思ったから(3.9%)
・時間にゆとりを持って勉強をしたいと考えたので(3.1%)
・全日制高等学校を受検したかったが、合格する自信がなかったから(2.9%)
・時間にゆとりができたので、勉強をしたいと思ったから(1.2%)

「経済的に働く必要があったから」が5.4%、「経済的には問題がないが、働きながら学ぶことに意義があると思ったから」が3.9%で、両者を合わせても9.3%。労働に関する理由は全体の1割くらいで、あまり多くないようですね。

全体の17.7%を占めている「自分のペースで学習がすすめられると思ったから」、8.6%を占めている「健康・身体的理由により毎日通学することができないので」という理由は、義務教育段階である小学校、中学校の児童・生徒でも当てはまることなんじゃないですかね

ただ、この設問では1つしかその理由を選べないので、「高等学校の卒業資格が必要だと思ったから」というのが一番の理由だけれども、実際には働くことも考えているという方もいるかもしれません。

それでは、実際にどれくらいの学生が就業しているのかという実態も見てみましょう。p.16、17に生徒の就業状況がまとめられています。

あくまで学校側が把握している数値のようですが、通信制の場合、正社員が5.3%、契約社員が0.4%、派遣社員が0.5%、パート等が28.3%、自営が0.9%、無職が64.6%となっています。6割超は働いていないんですね。もちろんパート等も含め、4割弱の方は働いていらっしゃるわけですが、半分以上の方々は通信制の制度が当初想定していた形態とは異なっていることになるようです。また、特にパート等に従事している方は、「経済的に働かなければならない→通信制で学ぼう!」という方もいれば、「(必ずしも働かなければいけないからという理由からではなく)通信制で学んでいる→昼間の時間に働こう!」という逆のパターンの方もいるでしょうね。

p.17では、このデータを踏まえ、「勤労青少年のための定時制通信制課程というこれまでの考え方を大きく変え、今後は、勤労青少年のための定時制通信制課程という使命についてはどのように考えていくべきかが重要な課題である」とコメントされています(ちょっと文意が取りづらいですが、「『勤労青少年のため』とされてきたこれまでのの定時制通信制課程の使命について、今後どのように考えていくべきか」という趣旨かと思います。)。やはり「勤労青少年のための(定時制)通信制」という考えは実態とは合わなくなってきているのかもしれません。これはあくまで委託事業者のコメントで、文部科学省の公式見解では必ずしもないとは思いますが。

6.通信制を選択した生徒のバックグラウンド

この調査では、生徒の属性に関する興味深い項目がいくつかあります。「小・中学校における不登校経験がある生徒はどの位いますか」、「母子家庭の生徒数(未成年)」、「父子家庭の生徒数(未成年)」、「保護者が両親以外の生徒数(未成年)」といったものです(p.17~19)。全てのデータに対応する全日制を含めた高校全体のデータが無いので比較することができないのが残念ですが…。

まずは不登校経験がある生徒の割合について。回答のあった通信制高校の生徒の14.6%が何らかの理由で小学校や中学校から不登校を経験しているようです。このデータに関するコメントで「不登校経験者にとっては、定時制課程に籍を置いて毎日通学して直接先生に指導を受けることの方が容易であり、通信制課程において自力での単位修得がいかに困難であるかが判る 」とありますが、ちょっとよくわからないですね。通信制よりも定時制の方が割合が高いのは事実ですが、不登校経験者は学校に行くこと自体にハードルが高いはずなので、むしろ毎日通学する通信制の方が困難だと思うのですが。そうだとすると、不登校経験者がなぜ通信制ではなく定時制を選んだかが気になりますね。この調査票をクロス集計できたら面白そうなのですが。

単純に比較することはできませんが、以下の記事で引用されている文科省が2018年10月25日に公表した2017年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題」の速報値では、全児童生徒に占める不登校の割合は、小学校で0.54%中学校で3.25%とのことなので、それから考えると想定される高校生全体における不登校経験者の割合よりもこの通信制の高校のデータは高いんだろうなと思われます。妄想の範囲を超えませんが。

次に生徒の課程環境について。回答のあった通信制高校の未成年の生徒の16.1%が母子家庭、3.6%が父子家庭、0.7%が保護者が両親以外ということのようです。このデータについて報告書では「比較的経済的に恵まれない経済的困窮家庭の生徒が在学していると考えられる」とコメントされていますが、これは本来の定時制・通信制の趣旨に近いかもしれません。ただ、「母子家庭・父子家庭である」と「通信制を選択した」の間の要因が、必ずしも「家計が厳しく、働かなければならないから」とはならないかもしれません。母子家庭・父子家庭であって働かなければならないとしても、全日制の学校に通いながらアルバイトをしている高校生もいるでしょうし。後段の「前述の母子家庭、父子家庭と併せて定時制通信制に在籍する生徒の多くは、勤労青少年と言われた時代から、今は働きたくても働けない生徒、働きたくても働く場所がない生徒など経済的に困窮した家庭からの生徒であるといえる 」というのは、このデータのどこから導きされたコメントなのか、ちょっとよくわからないです(実態としてはなんとなく想像できますが。)。

これもまた直接比較することは難しいのですが、以下の厚生労働省の資料によると、平成24年度時点で児童(18歳未満の未婚の者)がいる世帯のうち母子のみの世帯が占める割合は約6.8%、父子のみの世帯が占める割合は約0.8%となっています。このデータから、想定される高校生全体における母子家庭・父子家庭の割合よりもこの通信制の高校の数値は高いんだろうなと思われます。これもまた妄想の範囲を超えませんが。

上記のほか、「特別な支援を必要とする生徒はどの位いますか」、「学習障害のある生徒はどの位いますか 」、「発達障害のある生徒はどの位いますか」、「心療内科等に通院歴、療育手帳・障害者手帳等の手帳を取得している生徒はどの位いますか 」、「特別な支援の具体的な内容は何ですか」、「特別な支援を必要とする生徒への指導について、特色ある取り組みをしている場合はお書きください」といった設問もあります。比較できる全日制を含めた高校全体でのデータが無いので、その数値が通信制(または定時制)に特異な数値であるかを検討できないのが重ね重ね残念です…。

おわりに

以下、これまでの全3回のざっくりまとめです。

・ 通信制の小中学校はなぜ無いのか、と思ったら中学校は実はあった
・ ただそれは尋常小学校卒業者又は国民学校初等科の卒業生(推定84歳以上)のための中学校である。
・ この通信制中学校は、あくまで戦後の制度改正で中学校教育を受けられなかったおじいちゃん、おばあちゃんのための経過措置に過ぎない。
・ 基本的に通信制は「勤労青少年のため」のものであって、当然に学習することとされている義務教育段階の小学生・中学生はそもそも対象とは想定されてない
・ ただ実際に労働のために通信制を選んでいる生徒は少なく、「自分のペースで学習がすすめられる」、「健康・身体的理由」といった義務教育段階である小学校、中学校の児童・生徒でも当てはまるような理由も多い
・ 通信制を選択する生徒には、不登校経験があったり、母子家庭・父子家庭であったりというバックグラウンドを持つ生徒が比較的多い(ようである)。

そもそもこの件について調べてみようと思ったのは、学習支援のボランティアを数年間していて不登校の中学生に接する機会が何度かあり、「なんで義務教育はわざわざ学校に行かなきゃならんのかね?」と思ったことと、通信制のN高等学校を運営する学校法人角川ドワンゴ学園が今年の4月からN中等部を開校するものの、学校教育法の第一条に定める「学校」、いわゆる「一条校」ではないことから、既存の中学校に通いながらフリースクールとしてしか通えないということを聞いて「変じゃね?」と思ったことからでした。

もともとは「勤労青少年のため」として設けられた高校の通信制も、実際には自分のペースで勉強したい、健康・身体的理由があるからといった理由や、不登校の経験があるなど、義務教育段階にも通ずる様々な困難の受け皿になってきているんじゃないかなと思ったんですよね。それなら同じような困難を抱えた小学生、中学生のための通信制の課程があってもいいんじゃないかなと。もちろん様々な課題はあると思いますが。

なんだか書き足りないことがたくさんありそうだけれど、とりあえず今日はここまで。また適宜書き足そう。お疲れさまでした。楽しかったです。