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戦艦探偵・金剛~蘇る忍者伝説~①事件編

 ようこそ、金剛探偵事務所へ。
 みなさん初めまして。私の名前は五月雨っていいます。
 職業は駆逐艦―――じゃなかった、金剛探偵事務所の助手をしています。
 深海棲艦との戦いも終わって、退役した金剛さんは、なんと女流探偵として東京に並ぶ者が無い名探偵として活躍しているんです。
 すごいですよね!
 なんで私がそこで働いているかと言うと、かくかくしかじかという理由があって………って、そんなことはいいか。
 突然ですが、みなさんは忍者をご存知ですか?
 知ってますよね。
 手裏剣を投げたり、分身をしたり、印を切って不思議な術を使う不思議な人たちです。おっきなガマガエルを呼び出したりもするんですって。やだなぁ。アマガエルさんだったら可愛いのに。そういえば、大戦中には川内さんもよく忍者の真似をしていました。
 どうして私が忍者の話をしたのか、勘のいい皆さんならお分かりになるでしょう。
 今回、金剛先生のお相手は、何を隠そう忍者なのです!
 ですが、今は現代。金剛先生も忍者も、正面から空手の打ち合いをするものではありません。これは静かな、知略と知略の大戦争なのです。
 そして埼玉県は根尾村に今もひっそりと息づく、忌まわしい怨念の物語でもあります。
 戦艦探偵・金剛~蘇る忍者伝説~どうか、お楽しみ下さい!


「号外! 号外だよ!」
 道端で新聞売りの少年が、黄色い声を掠れるまでに叫びながら、新聞を売って回っていた。その声は東京駅の前、洒落た赤レンガ造りのビルの二階にある金剛探偵事務所までうるさく聞こえてきた。
 時刻は午後三時頃だった。西向きに位置した窓からは、既に傾きかけた日差しが刻一刻と入り込んでくる。季節は春の四月、日も次第に長くなるのを実感できる頃合いだった。
 そのとき金剛と五月雨は、特に急ぎの仕事もなく朝から来客も無かったので、のんびりとティータイムにの準備をしていた。金剛は足の低い、小洒落たテーブルの上にティーカップや、ビスケットを並べた皿を並べ、五月雨は給湯室で沸かしたお湯を持ってきたところだった。
「号外! 号外だよ!」
 相も変わらず、新聞売りの少年の声はいつまでも響いて来ていた。
「全くうるさいネー。一家惨殺事件でもあったんデスカー?」
 金剛が迷惑そう言いながら、テーブル横のソファーに座ってティーポットに茶葉を適量とってお湯を注いて蒸らし始めていると、
「あれ、先生。知らないんですか?」
 と、金剛の向かいのソファーに座った五月雨が、齧りかけのビスケットを口から離して言った。
「根尾埼玉製作所の社長をしてた、藤木戸奈落さんが亡くなられたそうですよ」
「フジキド・ナラク? 聞いたことないネー」
「嘘ぉ! 埼玉県にある日本最大の電機メーカーの社長さんですよ! 相変わらず先生って、ご自分の興味の無いことには全く何も知らないんですねぇ」
 と言って、五月雨は齧りかけのビスケットを口の中へ放り込んだ。その言葉に金剛は少しむっとした表情をして、
「ダージリンとアールグレイの区別もつかない小娘に言われたくないネ!」
 すると五月雨も、
「むー」
 と唸って、
「ここに来てから随分と経ちますからね。私だって紅茶の味くらい分かりますよ」
「じゃあ当ててみるネ」
 金剛が茶葉を蒸らし終えたティーポットを取って、カップへ紅茶を注いでいく。その手つきは、同じ女性である五月雨ですら、うっとりするような優雅なものであった。何より午後三時の日差しに輝く紅茶は、金剛が淹れると宝石のような輝きを得るように五月雨には思えた。
「ハイ、どうぞ」
 金剛が五月雨へカップを差し出す。
「いただきます」
 皿ごとカップを持った五月雨は、まず紅茶の香りを嗅ぎ、それから口を付けた。紅茶を噛むように味わいながら、記憶に残るダージリン、アールグレイのそれと比較する。
「う~ん」
 と言って、五月雨は首を傾げる。
 わかんないなぁ………。
 金剛は両手を拝むように合わせて、彼女をじっと見つめた。
 五月雨は覚悟を決めるように紅茶を飲み干すと、
「ダージリン」
 と、答えた。それを聞いた金剛は一気に悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「ブブー」
「あーん、何で―!」
「答えはこれネ」
 金剛は得意げに袖の下から小瓶を取り出した。それは昼頃にこっそり買った、セイロンティーの茶葉であった、
「えー! ずるいですー! 私、セイロンティーなんて初めて飲みましたよー!」
「だーれが、ダージリンとアールグレイの二択なんて言ったネ! 探偵助手たるもの、世界中の紅茶を飲んでおくべきデースー!」
 金剛がそう言って、
「あーっ、はっはっはっ」
 と、高笑いしたときである。
 コンコン、と事務所のドアをノックするものが現れた。
「あっ、お客さんかな?」
 五月雨がそう言うと、金剛はやる気の無さそうに、
「ティータイムを邪魔をするものは、たとえ総理大臣でも許さないワ。五月雨、追い返しなサーイ」
「そういうわけにも行きませんよ」
 と、五月雨は立ち上がって、事務所のドアを開ける。
「すみません、お待たせしました」
 ドアの向こうに立っていたのは、長身で恰幅のいい紳士だった。背広の上から着古してくたびれたトレンチコートを着ていて、服の下からでも隆々とした筋肉の分かる、たくましい体つきをしていた。
 それでも五月雨は最初、この紳士が老人かと思った。それは短く刈り込まれた髪が全て真っ白だったからだ。口元にポツポツと生えた無精ひげも真っ白である。
 戸惑う五月雨に、男は愛想の良い笑みを浮かべて、
「ははっ、どうも若白髪でしてな。これでも年は四十は行っていません」
 男にそう言われて、五月雨は慌てて、
「ご、ごめんなさい」
 と頭を下げた。
「いえいえ、気にしてはおりませんよ。慣れてますから。ところで、ここは金剛探偵事務所かい?」
「ぴんぽ~ん、大正解」
 金剛は先ほどのやる気のない態度から一転して、上機嫌で答えると、
「どうしたネ五月雨。さっさとお客さんをお通しするデース」
「はっ、はい!」
 五月雨が道を開けると、男はトレンチコートを脱いで一息つき、
「いやぁ、東京はもう春ですな」
「どうぞ遠慮なーく座って下サーイ。五月雨、ユーはもう一つカップを持ってくるネ」
 五月雨はティーカップを取りに台所へ向かう。
「ああ、そんな気を使わなくても」
 男はソファーに腰を下ろして、いかにも恐縮した風に言った。立派な体格に反して、小市民的な態度がユーモラスであった。
 五月雨が台所から出てきて、ティーカップへ紅茶を注いで男へすすめた。
「あっ、これはどうも。いただきます」
 男は五月雨に対して丁寧に頭を下げて、美味そうに紅茶を飲む。
「ほぅ、セイロンティーですな」
「わかるんですか!」
「ほらほら、話を逸らさない。それで、まず自己紹介と行きましょう。私は戦艦金剛デース。こっちは助手の駆逐艦五月雨ネー。それでユーは?」
「申し遅れました。私、こういうものです」
 男が金剛に名刺を差し出す。そこには、

 弁護士 高木龕灯

 と書かれていた。
 金剛は名刺を受けとって、
「えーと、タカギ………」
「ガンドウ、と言います」
「ガンドー? オッケー、ガンドー=サン。私に何のご用ですカー?」
「実は、こんなことを東京一の名探偵に頼むのはあれかと思いますが、事情が事情でしてね」
「ほう。ますます、そそられるネー」
「まずは話を聞きましょう、先生」
「おっけー。さぁ、ガンドー=サン。どうして埼玉の山奥からやってきた理由を話しなサーイ」
「え? どうして私が埼玉の山奥から来たって分かるんです?」
 龕灯がギョッとして訪ねると、
「実はさっき、あなたが東京駅から出てくるのを、ここからチラッと見ました。今の時間は、夜行列車が来る時間じゃありまセーン。荷物も小さいし、そう遠くないところからユーは来たネ。更に靴底とコートの端には乾いた泥がこびりついていマース。東京に雨が降ったのは三日前デース。更に気圧前線が移動して日本で雨が降ったのは関東では群馬と埼玉しかないネ。でも群馬から出たのなら、今朝出発したとしてももう少し時間がかかりマース。山奥なのは、電車の駅までの道後が遠いからデース。何故ならあなたは電車に遅れそうになって、今朝、慌てて家から飛び出してきました。駅まで近いところへいたなら、もっと余裕をもって準備が出来たはずネ。それで髭を剃る余裕もなく、無精ひげを生やして、背広のボタンも一つずつ掛け違えてるヨ。髪は駅で整えられたようですがネ。コートの襟に整髪料がちょっとついてマース」
 言われて龕灯は背広の上着を見る。すると、金剛の指摘通り上着のボタンが一つずつ掛け違えられているではないか。
「なるほど、流石ですね」
 龕灯は恥ずかしさに顔を赤くした。五月雨も、いつもながら金剛の推理に感心するばかりであった。
 ときおり金剛はこうやって依頼主の出所を言い当てることがあった。彼女によると、依頼を言い渋る依頼人には、論より証拠とばかりに実力を見せつけ、素早く信頼を勝ち取ってしまうのがいいのだという。
 ただ、あまりに金剛の推理が正確なので、神経の細い依頼主は恐れを無して逃げ出してしまうことも度々あった。だから、どちらかというと金剛にとっては信頼を勝ち取るためとは方便で、単に自分の能力をひけらかしたいだけなのかもしれない、と五月雨は考えている。
「まず単刀直入に申し上げますと」
 背広のボタンを直しながら、龕灯は言う。
「今回の依頼は、今、巷を騒がせている藤木戸奈落氏、彼の遺産争いについてのものなのです」
「ええ!」
 五月雨が驚く一方で、金剛は、
「ふむ、私もさっき五月雨から聞きましたが、一体、ナラクという人はどういう人なんデスか?」
「おや、ご存じないので?」
 さっきは驚くべき推理力を見せつけた金剛であったが、日本国民なら誰でも知っている大企業を知らないと聞いて龕灯は再び、驚きの表情をした。
「せ、先生は海外生活が長いので」
 慌てて五月雨がフォローしようとするも、
「私は無用な情報は常にカットアウトしてるネ! 情報は得るだけでなく捨てることの方が重要ネ。それで、ナラクとは何者デース?」
「で、では少々長いですが、順を追ってお話いたしましょうか」
 多少、狼狽しながらも龕灯は話し始めた。

 藤木戸奈落氏は、日本一の電機メーカー、根尾埼玉製作所を一代で築き上げた大実業家です。根尾埼玉製作所は、元々鉱山開発をしていたのですが、独自に鉱山を照らす発電機や、雨などで内部にたまった水をくみ出すポンプの開発するなどをしましてね。やがて、鉱山開発よりもそれが主な商売になっていったんです。先の大戦では、日本軍に発電機や電動モーターを卸していました。戦後は更にエレベーターや、自動車部品、テレビ、洗濯機、冷蔵庫までも手掛けるようになりまして。そうやって会社が大きくなっていったわけですな。
 それが先日、亡くなりまして。まぁ、本人も二十年前から入退院を繰り返していましたし、五年前から病気でほとんど寝たきりでした。とはいえ、七五歳まで生きたのですから大往生と言っていいでしょう。
 問題はここからです。
 奈落氏は、生前、私に遺言状の管理を依頼されましたね。その内容というのが、ちょっと突飛なんですよ。奈落氏には息子が一人おりましてな、普通なら財産は息子に優先的に相続されるはずですがね。なんとその財産を息子だけでなく、創業地の根尾村にある片倉家、益荒田家にも分配しろと書かれているんです。
 いや、正確には分配の『可能性』ですな。ここからが妙でしてな。分配の方法は、投票によって決めさせるというんですよ。
 投票権があるのは、奈落氏の息子である藤木戸家の健二氏、片倉家の富士夫氏、益荒田ますらだ家の海かい氏。それから分配の対象とはなりませんが、村の村長をしている柴田宗二朗氏、最後に地元の建設会社社長の羅尾本観氏の計五人です。
 この中で健二氏、富士夫氏、海氏の名前を書いた紙を一人、一票、投票していって最も票を獲得した人間が奈落氏の全財産を継ぐことになります。
 奈落氏が相続先に指名した三人の内、一名が死亡した場合は投票先は二人、二名が死亡した場合は投票なしで相続先が可決、三人が死亡した場合は全財産を村へ寄付することになります。また、投票を三度行って、分配先が決まらない場合も同様の結果になります。

「なるほど」
 金剛は頷いて、
「確かに不思議な遺言状デース。しかし、何の問題が? あなたが奈落氏の直筆と保証するかぎり、遺言状には法的拘束力がありマース」
「はい。実は、相続人の一人である益荒田海氏ですが、少し前から行方不明になっていまして。とりあえず、ダメもとで全国紙に新聞広告を打ったところ、何とあっさり戻ってきたのです。しかし、これがどうにも胡散臭い男でしてな」
「海氏本人であるという証拠は?」
「直接的にはありません」
 龕灯は首を横に振って、
「ですが、彼は三種の神器の一つ。『排除の手甲』を持っていたのです」
「三種の神器? なんですかそれは」
 五月雨が首を傾げると、龕灯は少しだけ躊躇うように間を置くと、
「実は根尾村は忍者の里でしてな」
「ええ! 忍者の里ですか! 伊賀や甲賀みたいな?」
 五月雨が驚きの声を上げると、龕灯は笑って、
「まぁ、そうですな。忍者と言うのは、我々が考えるよりも中々に先進的な存在のようで、首長も血筋ではなく、民主的な投票によって行われたそうです。今回の相続投票も、そういった根尾村の伝統の一環だそうでしてね。それで、三種の神器と言うのは村の中でも特に藤木戸家、片岡家、益荒田家だけが持つ秘宝なのです。藤木戸家は『破壊のヌンチャク』、片倉家は『支配の面頬』、益荒田家は『排除の手甲』をそれぞれ所有していたようで」
「では、現れた益荒田氏はその手甲を?」
 金剛がたずねると、龕灯は頷きつつ、
「はい。確かに藤木戸氏、片倉氏はもとより、村の祭りを取り仕切る尼僧にも確認させましたが、確かに本物の手甲のようです。ですが、私はどうも確信が持てませんのですよ。海氏が村を出たのは五年前、彼が十六才のころでした。当時、彼の家は村八分にされていて、村の者も海氏とは特に交流も無かった。当時、彼は母親と共に村のはずれで暮らしておったようですが、その母親もすぐに亡くなってしまいましてね。それを機に、一人で村を出たようです。だから村の者も、ほとんどその姿を見ないのですよ」
「写真は?」
「残念ながらありません」
「彼の生家に指紋が残っているのでは?」
「彼の家は二年前に地震で崩れてしまい、今はすっかり片づけて更地にしてしまいました。村八分にあう前に住んでいた家も、様々な人の手に渡った挙句に、取り潰されてしまったのです」
「医療記録などは? 例えば歯医者の治療記録があれば、それと照合ができます」
「それが、東京に近いとはいえ埼玉の山奥にある村ですからね。歯医者の方も古い治療記録など、さっさと捨ててしまうんですよ。出産記録や、戸籍なども戦中・戦後のドタバタで紛失しておりまして。結局、決め手が排除の手甲くらいしかないのです。それで埼玉の山奥から、ここまで足を運んだというわけですよ。金剛さん、どうか一つお力添えを願えませんか」
 そう言って龕灯は頭を下げた。
 普段の金剛ならここで考えるような間を置いて、依頼人をやきもきさせるところだが、この日の金剛は、
「分かりました。お任せくだサーイ」
 と、二つ返事で引き受けて、五月雨に契約書を取りに行かせた。こんなことは五月雨が事務所に来て以来、そう無かったことである。金剛がこのように上機嫌になるのは、残虐で冷酷、なおかつ狡猾な犯人を相手にするのみだ。
 故に五月雨は、
 もしかすると、既に先生はこの事件が大変なものであると予感しているのかな。
 と、不安を感じずにはいられなかった。
 後のこの五月雨の不安は的中することになる。行方不明であった益荒田海の身元を確認するという、金剛が今まで扱ってきた事件に比べると比較的単純なこの依頼は、やがて起こる凄惨な連続殺人事件の前触れに過ぎなかったのだ。

続く


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