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53「詩」コタン小路


「白はね黒とおんなじくらいに
いろんな白があるんだよ」
その人は俯きながら言った
睫毛の影がうっすらと頬に映ったのが見えた
その一瞬でこの人の
心の奥の遥か遠い所にある一点を感じた

ユトリロの絵が見たかった
いろんな白を見たかった

神田神保町を
足が棒のようになるまで
歩く
一冊の画集を買った
一つの作品が目に留まった

コタン小路



この白を見ようと思った
アルバイトをしてお金を貯めた
フランス語はメルシーボクしか話せない
そんなことどうでもいい
パリに行った

やっとやっと辿り着いた
一枚の絵が今目の前にある
ホンモノなのだ

毎夜毎夜画集で眺めたアノ絵のホンモノなのだ
絵の具の盛り上がりが小さな陰を作る
陰を作った絵筆が止まる
音のない重たい時間も一緒に止まる
止めているのはアノホンモノのユトリロ

心の宇宙の遥か遠くの一点にある
まじりけのないモノを
壊さないように
そっと
絵筆にのせようとしている

汚れてしまった白い建物が描かれる
使いふるされて汚れてしまった建物の壁面に
けして汚れることのないモノが
絵筆から重ねられていく

中央に描かれた階段を登る
この先には見慣れた人々の雑多な生活がひしめいている
林檎を売る市場の屋台や
世間話しに花を咲かせる奥さんや
子どもの泣く声など
人々の生きる音が混じって
ゴーつと

そこを越えて行けば
なにものにも邪魔をされない
まじりけのない白が
一面に塗り込められているに違いない
そこには
あの懐かしい人が立っていて
両手を差し出している

そして
静かに言う
「さて
この絵の白が
お気に召したかな」

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