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【番外編】歯列矯正に興味を持っている方へ~セルフマウスピース矯正(DIY矯正)に警鐘~

近頃「マウスピース矯正」という言葉をよく目にするようになりました。マウスピース矯正の中でも「歯科医院に通う必要がない!」などを謳うサービスが、世界的に問題視されています。「安い!」「短期間!」「歯科医院に通わなくていい!」と聞くと飛びつきたくなりますが、いったいどのような問題があるのでしょうか?

本記事では「マウスピース矯正ってなに?」という素朴な疑問から「セルフマウスピース矯正の問題点」を解説します。お子さんの歯並びが気になっている方も含め、歯列矯正に興味を持っている方には是非一度目を通して頂きたいです。

執筆:akina先生
チェック:2名以上のトンデモ歯゛スターズメンバー
(写真素材提供:みっきー。先生@dentist_mickey)
(見出し画像:akina先生@nakixa)

トンデモ歯゛スターズ的結論

セルフマウスピース矯正は問題点が多く、歯科医学的にかなり注意が必要。

参考とした資料

日本矯正歯科学会の発信


【抜粋】
これらの製品を使用し歯の移動を行うことは、歯科医学的にも非常に危険であるため絶対に避けて下さい。

アメリカ矯正歯科医会(AAO)の発信


【抜粋】
矯正治療は、正しく行われなかった場合、歯や歯茎の喪失、かみ合わせの変化、その他の問題など、後戻りできない深刻なダメージに繋がる可能性があります。
「矯正治療は製品やデバイスではない」事を忘れないで下さい。矯正治療は専門的な医療サービスです。


マウスピース矯正とは

マウスピース矯正とは、アライナー矯正とも呼ばれることもありますが、ご自身の歯の形にあった透明のマウスピースを一日のうち20時間以上(とする事が多い)使用する事で、少しずつ歯に力を加えて、歯を動かします。(図1)

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図1:マウスピース矯正装置


このマウスピース矯正は歴史が比較的新しく、20年ほど前から実際の患者さんに使われてます。マウスピース矯正のトップランナーは、インビザライン・システム(アラインテクノロジー社)(※)です。(図2)歴史も古く、シェアも多くマウスピース矯正についての論文はほとんどこのインビザライン・システムです。もちろん20年前から爆発的に普及したわけではなく、3Dスキャンの技術の進歩、3Dプリンターの精度の向上、光学印象装置(図3)の普及などがあり、日本でも10年程前からかなり普及し始めました。

(※INVISALIGN、ITERO、CLINCHECK などはAlign Technology, Inc. またはその子会社もしくは関連会社の商標および/またはサービスマークであり、米国および/またはその他の国において登録されている可能性があります。)

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図2:インビザライン・システム

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図3:光学印象

また、近頃の「格安マウスピース矯正」の会社が乱立したり、「セルフマウスピース矯正」の会社が出てきているのには、このアラインテクノロジー社が持っていた特許が切れたのが、その一因と言われています。特に数年前からアメリカで大きな問題になっているのは「セルフマウスピース矯正」(「DIY矯正」「DTC矯正」などとも呼ばれます)です。


マウスピース矯正の利点・欠点

セルフマウスピース矯正の前に、もう少しマウスピース矯正について述べます。
日本矯正歯科学会のポジションステートメントを引用させて頂くと、下のようになります。
専門用語もあるので、内容を詳しく理解して頂く必要はありません。ざっと眺めていただいて、「利点も欠点もあるんだなぁ~」くらいに思っておいて下さい。

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このように、利点もあれば欠点もあります。
そもそも

マウスピース矯正とは、
矯正治療の中の豊富なオプション(道具)の一つに過ぎない

この事を強調してお伝えしたく思います。
治療のゴールがあって、そのゴールまでたどり着くために最適な道具を選んで治療を行うのが当たり前です。もちろんその”最適な道具”の選択する要素には「他人から見えにくい」などの要望も含まれます。
道具から先に選択して、治療をするのではないのです。

治療の道具を包丁に例えると、大きなマグロをさばくには、それ専用の大きな包丁を使うはずです。小さい果物ナイフで綺麗にさばけるはずがありません。そんなことはすぐに分かるはずです。でも矯正治療の事になると、「これはマグロ、これは鯛、これは果物」みたいに一般の人が口の中を見ても違いを区別できません。(図4)

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図4:マグロにはマグロ専用の包丁が必要

それぞれの人がどういう状況か区別するのが”診断”であり、その人の要望なども含めて治療の道具を決定し、治療するのです。さきほどマウスピース矯正の利点・欠点をあえて紹介しましたが、歯科医師の頭の中にはもっと詳細な利点・欠点が入っています。さらに”その人にとって”の利点・欠点をより具体的に考えて治療計画を考えるのです。


セルフマウスピースの問題点

「セルフマウスピース矯正」は「DIY矯正」「DTC矯正」などとも呼ばれています。
アメリカで問題になっているのは、「歯科医院に行く必要が全く無い矯正治療」です。
(※実際にはサービスを受ける前にむし歯や歯周病のチェックとして、歯科医院に行く必要があります)

手順としては

①自分で歯の型をとる
②「矯正のシュミレーション」を確認する
③マウスピースが送られてくる
④マウスピースを使って歯を動かす


という形態です。「医者飛ばし」などと言われたりしていますが、
シュミレーションを作る時点「歯科医師が監修している」とされています。

このような歯科矯正を「セルフマウスピース矯正」と呼んでいますが、極端に医院への来院頻度が少ないことを謳うサービスなども併せて言われることもあります。

ではこの「セルフマウスピース」の問題点について、AAO(アメリカ矯正歯科医会:アメリカの矯正歯科医の約95%が所属するかなり大きな組織)が一般消費者に向けてアラートを出しているので、そちらを抜粋・要約して注意点を列挙します。

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1. ”本当に”矯正専門の歯科医師があなたの治療を監督してますか?
「医療専門チームが対応する」など、ぼかされてませんか?
担当あるいは監督している歯科医師の氏名や経歴、資格がはっきりしてますか?
担当の元患者からのレビューやコメントを読むことが出来ますか?

2. あなたの矯正治療について、オンラインで誰と話すことが出来ますか?
その人の氏名・経歴・資格などははっきりしてますか?

3. あなたの歯と歯茎が矯正治療に十分健康であるか、誰が判断しましたか?
むし歯も歯周病も写真だけで判別出来るほど簡単ではありません。それぞれに適切な検査が必要です。例えば、むし歯や、歯周病、被せものの状態、根の先の病気、あるいは顎の関節の病気などがあると矯正治療中に大きなトラブルに繋がることが多いですが、それを事前に調べる責任は誰にありますか?あなたですか?「セルフマウスピース矯正」の会社ですか?他の歯科医院ですか?


4. 治療中に問題が発生した場合、誰がそれに気づき、どのように対処し、誰が責任を負いますか?
例えば、矯正治療中に歯の根が短くなるリスクもあります。それに誰がいつ気づきますか?そしてその責任は誰が負うのかはっきりしてますか?


5. 検査はちゃんとされてますか?
歯を並べるのに必要な情報は歯の位置情報だけではありません。
歯の情報(むし歯や被せものの状態)、
歯茎の情報(歯周病や歯肉炎、歯茎の厚み)、
顎関節の情報(動きや音、触覚)、
顔の情報(口元の情報や左右差、話し方、動きの癖)、
骨の情報(セファログラムと呼ばれるX線規格写真やオルソパントモグラフィと呼ばれる顎の全体X線写真など)、
体の情報(姿勢や、動き、癖)など様々な情報が必要です。
それらの情報はちゃんと伝わってますか?


6. 緊急事態が発生した場合、どのように連絡できますか?


7. 勧められた治療オプションは「セルフマウスピース矯正」1つだけですか?
一般論ではなく、”あなたにとって”ワイヤー矯正や舌側矯正、あるいは部分矯正など「セルフマウスピース矯正」以外の治療方法についてのメリット・デメリットの説明はありましたか?


8. 怪我をしたり、矯正治療に関連するトラブルが発生した時、それはどのように解決されますか?
返金はありますか?矯正治療で発生した怪我や病気の治療費は出ますか?

これに加えて、注意して頂きたいことに

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1. リスクや副作用についてホントに理解してますか?
矯正器具による不快感・痛み
治療期間の延長
むし歯・歯周病
ブラックトライアングル(歯と歯の間に三角形の隙間が目立つようになる)
矯正後の後戻り
歯根吸収(歯の根が短くなる)
アレルギー
歯肉退縮(歯茎が下がる)
フェネストレーション(骨から歯の根が出てしまう)
咀嚼障害(噛めない、噛んだら痛い)
この他にも、歯並びがより悪くなる可能性もあります。
想定外の歯の圧下(押し込まれる)、開咬(前歯で噛めない)なども十分に起こりえます。

これらをしっかり説明をうけて理解して頂いてるでしょうか?

2. 本当に安いですか?
全ての歯を並べる全顎矯正の費用と、一部の歯だけを並べる(前歯だけ並べるなど)部分矯正の費用を比べさせられてませんか?
部分矯正なら部分矯正の費用と比較した方が良いです。


3. 本当に治療期間も短いですか?
全ての歯を並べる全顎矯正の治療期間と、一部の歯だけを並べる部分矯正の治療期間を比べさせられてませんか?
意地悪をして矯正の治療期間を伸ばす先生などいません(絶対とは言い切れませんが)。マウスピース矯正の方が歯の移動速度が速いんでしょうか?そんな事実は認められません。もしマウスピース矯正によって6ヶ月で”本当に”治療が完了するなら、他のワイヤー矯正でも同様の期間あるいは、もっと早く治療が完了するはずです。


まとめ

ご理解頂けていると思いますが、マウスピース矯正自体を否定しているわけではありません。歯科の中ではマウスピース矯正自体の賛否も未だにありますが、個人的には矯正治療の道具(オプション)の一つとしては十分に価値があるものだと考えています。
また、医療アクセスの問題も痛感しながら、日々診療にあたっているので、近くにマウスピース矯正を取り扱っている歯科医院がない方もいらっしゃることだと思います。そんな方にも等しく歯科サービスが届いて欲しい気持ちもあります。
しかし、「セルフマウスピース」という歯医者の介入が極端に少ない矯正治療となると、今の技術では、先ほど列挙した量の問題点・不安点があります。

どうか「たかが歯並びくらい」と軽く考えずに、どうしても「セルフマウスピースに惹かれる」という場合は、上記問題点がないか?などを参考に慎重に検討いただければと思います。
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トンデモ歯゛スターズの活動は、基本的に全てボランティアで行っております。本活動を持続可能なシステムにしていきたいと考えておりますので、是非ご支援いただけると幸いです。