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埴輪の歌舞に思いを馳せて。

「男女像(馬曳き人: 俗称「踊る男女」)」と呼ばれている埴輪。

埼玉県熊谷市野原古墳から出土したもので、現在は東京国立博物館に収蔵されている。
この埴輪の男女とものレプリカを、つい先日、大田区山王の地元陶芸店で手に入れた。

一般的には、背の低い方が女性と言われているが、角髪(美豆良:みずら)という当時の男性の髪型に見えることから、こちらが男性という説もある。そしてこの2体は、被葬者の殯(もがり)などの葬儀の儀式における歌舞の姿ではないか、と言われている。

埴輪の起源としては、日本書紀の記述がたびたび引用される。

垂仁天皇の時代には、貴人が亡くなると、陵墓の近親者を生き埋めにする殉死の風習があったという。
天皇は生き埋めにされた人々が泣き叫ぶ声を聞いて心を痛められていた。
皇后の日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)が亡くなった際、家臣の野見宿禰が進言して、出雲の国の土部に埴土で人や馬などの形を造らせ、これを陵墓の周囲に立てることで、殉死の風習を辞めさせたという。

このように埴輪は、貴人の死を悼み、聖域を示すために並べたり、古墳の土が崩れないように置かれたといわれている。

本日2020年3月29日は急死された恩師を悼み、桜と雪が舞う中、2体の埴輪の歌舞の姿を想像しながら、祈りを捧げたい。

合掌。

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