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Last present③

「お前が御大層にミドリに語った夢はどうなったよ?」
明らかに怒った顔をしながらサンタ擬きのおっさんが凄む。

え?ミドリ?
なんでこのおっさんミドリを知ってる?
俺の疑問を見透かす様におっさんが続ける。

「自分のカノジョのお兄様を忘れたのか?」

え?ええ?ミドリに兄貴なんて居たのか?
それで一度会ってるって?
記憶に無いよ。

「俺の事はどうでもいいよ。それよりミドリに吹いてたよなあ、陽当たり良いカフェだっけ?
お前が珈琲を煎れてミドリがケーキを焼いて。
そのマスター様がなんで今フリーターなんてやっておられるんですかね?
挙句に自分の不甲斐無さをミドリにぶつけて喧嘩別れ?
ガキでもしねーよ、そんなみっともない事。」

あ……そうか、そうだったのか。
このおっさんミドリから聞いて此処に来たのか。
俺が妹を泣かせたから。
でも、もう、どうせ俺は。
自虐で頭を掻きむしりそうになった時だった。


ぐーぐるるーぐーっ!


と何とも間の抜けた音が重い空気を掻き分けて響く。
おっさんの腹の虫だ。

「あ、あの、腹減ってるの?」
「腹減ってるの?じゃねーよ!俺はな!仕事も終わって後は飯食って一杯やってぬくぬく寝ようと思ってたの!
なのにだ!ミドリがお前の事を思って泣いてるのを聞いちまったの!
それ無視出来るか?
来るしかねーだろがよ!疲れてても飯食ってなくても!」
「ちょっと待ってて。」

俺は狭いキッチンに行き冷蔵庫を覗き同時進行で湯を沸かす。
「あの……大したもん出来ないけど、良かったらこれ。」
俺は急拵えのチーズサンドイッチと珈琲を差し出す。
おっさんは無言で皿とカップを受け取るとガツガツと食べ始め、やがて空の皿を突き出して唇の端を歪めてにやりと笑い大きな声で「美味かった!」と叫ぶ。

「とにかく!言いたい事は言ったし俺帰るわ。」
「あ、あの、すいませんでした。その……今度ゆっくり来て……あの……ください。」
しどろもどろに言う俺を見ながらおっさんは「そーだなー。お前の道が方向変わる事が有ればまた来るわ。」ともう靴を履いてる。

外はいつの間にか雪も降ってる。

何だったんだ?
ほんとに何だったんだ?
そう思いながら俺は複雑な気分で溜息をつく。



あれから何年経った?



外は雪だ。

「どーしたの?ぼんやりして?」
「え?あ!おかえり。ちょっと昔の事を考えてて。」
「昔?」
「うん、昔。」
「それより、あのね、昨日ね。」
「お兄さん元気?」
「お兄さん?」
「うん、君のお兄さん。」
「は?あのね、私昨日ね……。」
「うん?結婚式にもいらっしゃらなかったし。」
「誰が?」
「いや、だから君のお兄さん。」
「私一人っ子だよ?何言ってるの?」
「え?」

その時入口のカウベルがカランカランと音を立て、一人の客が入って来る。
その人は真っ直ぐカウンターに向かって来てドカッと腰を降ろす。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょう。」
疑問は一旦置いといてきちんと接客しないとな。
お冷とおしぼりを薦めて向き直る。
そのお客は唇の端を少し歪めてにやりと笑いこう言った。

「チーズのサンドイッチと珈琲をくれ。」

「あ!」



おしまい

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