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私から見た『彼』の物語(0:0:1)

ジャンル:日常、ミステリー
上演目安時間:20分
登場人物:1人(性別不問)

私:『彼』を見ている語り手。
  男女設定なし、自由にどうぞ。


0:タイトルコール
0:私から見た『彼』の物語

私:私から見た彼は、退屈そうな人だった。

私:彼はいつも窓際の席で本を読んでいた。
私:頬杖をついて、単調な動きでページを捲る。
私:賑やかな教室の音など聞こえていないように、読書に没頭する姿はまるで、お喋りに夢中な同級生を『くだらない』と言っているようだった。

私:彼が誰かと仲良くしている姿は見た事がない。
私:でもいじめを受けたり、無視をされている訳ではなかった。
私:彼は自分から、人と関わるのを避けているのだ。
私:クラスの女子が気を遣って声をかけても、うっとおしいと言わんばかりに興味を示さず、今では先生も彼を空気の様に扱っている。

私:彼の周囲の世界は、静かで綺麗だ。
私:私はいつも少し遠くから、教室の片隅に溶け込む姿を眺めていた。
私:彼は、そんな私を知らない。
私:…知らないままでも、いいと思った。

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私:初めて彼と話したのは、高校2年の夏。
私:体育の授業で校庭に向かう途中、水飲み場近くの階段に座っているのを見つけた。
私:2人1組でペアになって準備運動をする同級生の姿を、ぼんやりと眺めている。
私:私は思い切って、その背中に声をかけた。

私:「退屈だね」
私:彼は驚いた顔で振り向いた。
私:しかし直ぐに目線を逸らしてまた前を向く。
私:「準備運動しないの?」
私:「今日は暑いなー熱中症になりそうだ」
私:挨拶代わりの世間話を投げても、適当な相槌しか返ってこない。消えろと言いたいのだろう。
私:隣に座る私に向けた溜息が聞こえる。
私:私は気にせず、彼と一緒に校庭を眺めた。

私:「……」
私:黙ったままの私達に、容赦なく日差しがつきささる。
私:熱を持った体に、じわりと汗が浮く。
私:遠くに聞こえる蝉の声、それをかき消す様な生徒の笑い声、グラウンドに舞う砂埃…。
私:私は思わず、口を開いた。

私:「……全部、どうでもいい事なのに」
私:「全部、どうでもいい」
私:「夏の暑さも、くだらない会話も、仲間とか成績とか…。…そう、思わない?」

私:数秒の無音、唾を呑む音、震える呼吸。
私:ぐしゃりと表情を歪めた彼は、膝に顔を隠すように俯いた。

私:「…ああ。そうだな」
私:絞り出すように呟いた彼の足元のコンクリートに、次々と黒い染みができては消える。
私:きっと、泣いているのだ。
私:私は校庭に目線を戻して、口を閉じた。
私:雑音にかき消されてしまいそうな小さな嗚咽を、一つ残らず聞いていたかった。

私:彼は、孤独だったのかもしれない。
私:同級生の話題に興味が持てない事が、おかしい事だと分かっていたから。
私:だから平然を装って、一人で堪えた。
私:こんな些細なやりとりで泣き出す程、共感に飢えていたのだ。
私:…私には彼の気持ちが、痛い程分かった。

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私:それから時々、彼と話をする様になった。
私:私が話しかけると本に目を向けたまま、ぽつり、ぽつりと彼が話しだす。
私:その言葉を拾い集める様に聞いていた。

私:彼が好きなものは、本。
私:嫌いなものは、うるさい場所。
私:文学の知識は深くて広く、ジャンルを問わず読む。特に好きなのはミステリーやサスペンス。
私:「人と人が関わる中で産まれる感情が、自分には程遠いもので面白い…」と、落とすように彼は笑った。

私:「君は人と関わりたいと思わない?」
私:私の質問に、彼は考えてからおもむろに話し出した。
私:「全ての物には役割があって、誰もがその役割に準じているんだ」
私:「子供には子供、大人には大人の役割がある」
私:「望まれた役割をどれだけ上手に演じられるかが、この世界を上手く生きるコツなのだ」…と。

私:「だから物語が好きだ」
私:「どこへでもいける。何にでもなれる」
私:「自分を曲げることもなく、仕事を投げ捨てて、恋に生きることもできる」
私:「馬鹿馬鹿しくて、愛おしい」
私:そう言いながら、本を撫でる目が細くなった。

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私:何度も話しているうちに、彼の表情は少しずつ優しくなっていた。
私:「最近、笑うようになったね」
私:そう伝えるとむっとした彼は「お前の方が笑っている」と目線をそらしていじけて見せる。
私:案外照れ屋なのかな、新発見だ。
私:「いつも顔に笑顔が張り付いている」
私:「よく面白いこともないのに笑えるな」
私:……彼に言われて、はっとした。
私:自分では気づかなかったがそうかもしれない。

私:私の笑顔はいわゆる『擬態』だ。
私:人の話に共感出来なくても、馬鹿らしいと思う事でも、笑顔でいれば大体うまくいく。
私:群衆に紛れて生きる為の武器であり、鎧だ。
私:言葉を迷いながら話す私に、彼は眉を顰めた。
私:「こんな生き方も悪くないよ?」と笑ってみせると、彼はうんざりだとぼやく。
私:「自分の役割を、こなしているだけだよ」
私:いつかの言葉を引用してみると、彼は苦笑するように笑って、本の続きに目線を落とした。

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私:私から見た中学の彼は、賑やかな人だった。
私:きっと彼は覚えていないだろうけど、実は、中学生の頃から私は彼を見ている。
私:当時の彼はいつも話題の中心にいて、勉強もスポーツもトップ。自他共に認めるスクールカースト上位の人間で、悩み事とは無縁に見えた。

私:事件が起きたのは、高校受験の時だった。
私:県内屈指の名門校に推薦を受けていた彼が、受験の当日に失踪し、校内で騒ぎになったのだ。
私:夜にふらりと帰ってきた彼は、鬼の形相で問い詰める家族に一言「面倒になった」と言い放ったらしい。
私:それがさらに問題となり数日間の謹慎。
私:久しぶりに登校した時には、がらりと雰囲気が変わっていた。
私:学校も休みがちになり、仲が良かった友達とも疎遠になって、県外の学校に進学を決めた。
私:順風満帆だった筈の人生を、彼は自分でめちゃくちゃにしたのだ。

私:その秘密をある日、こっそり教えてくれた。
私:当時の彼は私と同じように『擬態』していた。
私:両親が望んだ成績、教師が欲した人望、友達が求めたカリスマ性。
私:本当にやりたい事は出来ず、言いたい事は言えない。代わりに流行りの話題を追いかける毎日。
私:「型抜きする様な学校というシステムの中で、自分を押し殺して生きていた」
私:「望まれる自分を演じる事に、疲れた」
私:そう呟く目には当時の苦悩が滲んでいた。

私:高校進学という岐路に立った時、彼は考えた。
私:「本当に自分にとって必要な事か?」と。
私:そして気づいた。
私:今まで必死でしがみついていたものを、自分は「どうでもいい」と思っている事に。
私:だから全ての役割を捨てて「空気」になった。
私:どこか寂しげに、でもすっきりとした表情で語る彼の横顔を、私はただ眺めていた。

私:「…そっか…」
私:私から見た彼は、とても、優しい人だった。

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私:高校を卒業する頃には、彼は少しずつ以前の明るさを取り戻していた。
私:大学生になると文学サークルに入り、共通の趣味を持つ学生とも交流が増えたようだ。
私:二人で話す機会は減ったけど、たまに会うと、お互い日頃の疲れを吐露(とろ)する様に言葉を交わした。

私:大学4年間で、彼の疲弊した心は徐々に回復していった。
私:楽しそうにサークルの話をする横顔を眺めながら私は「ずっとこの時間が続けばいい」と思っていた。
私:彼のような人間こそ、幸せになって欲しい。
私:しかし、私の願望が叶う事はなかった。

私:…私から見た彼は、可哀想な人だった。

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私:大学を卒業した彼が就職した会社は、俗に言うブラック企業で、彼の生活は仕事中心に回る様になっていた。
私:休みも満足に取れず、仕事に奔走(ほんそう)する毎日。それでも彼は、与えられた役割を必死にこなそうとしていた。

私:社会人になった今でも、私達は時々話をしている。
私:しかし最近では会話と言うより、彼の話を一方的に聞く様になっていた。
私:脈絡のない言葉を、彼は繰り返し呟く。
私:「…昔と同じだ!」「自分が擦り切れていく」
私:「思ってもない事ばかりを口にしている」
私:休んだほうがいい、頑張りすぎだと伝えても
私:…私の言葉はもう彼の耳に届かなかった。

私:ある日、深夜に仕事から帰宅した彼は、暗い部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
私:天井から垂らしたロープの前でぽつりと呟く。
私:「…疲れた…」
私:「これ以上は、無理だ」

私:…私にとって彼は、不器用な人だった。

私:頑張って、頑張って、疲れ果てて。
私:それでもまた、頑張ろうと立ち上がった。
私:でも彼は、多くの人がそうするように「こんなものか」と、諦める事ができなかった。
私:彼は声を上げて泣きながら、可哀想なほど肩を震わせる。
私:そして私に、こう言った。

私:「なぁそこにいるんだろう」
私:「…もう、…変わってくれ」

私:…私からすると彼は、優しい人だった。

私:他人の期待に疲れ果て、擬態する事をやめた彼は、孤独を埋める為に『私』という共感者を作った。
私:自分と同じ苦しみを抱えた他人。
私:理想の理解者であり、代理人。

私:初めは、空想混じりの願望だったが、教室の中で積み重なる孤独が『私』という人格を、より確固たるものに変えていった。

私:やがて彼は私を、心の内側に住まわせた。
私:社会に溶け込める『私』
私:求められた役割を完璧に演じる『私』

私:作られた私からすれば、彼はなんて不器用で、生きづらい人間なのだろうと思った。
私:でも私にはないその必死さが、不器用さが…愛おしかった。
私:私の存在が作られた物だとしても、少しでも彼が楽になるのなら、それで構わないと思った。
私:…だから最後に、助けを求めてくれて良かった。

私:明日からは私が『彼』を演じよう。
私:彼の努力を、絶望を、決して忘れない。
私:例え君が忘れても、私だけは覚えているよ。
私:きっといつかまた、自分の足で立ち上がる日を信じて、その日まで…。

私:「私から見た彼は、最愛の…」
私:「もう一人の『私』でした」

私:お疲れ様。
私:…ゆっくり、おやすみ。

0:―end.


2021/10/23 ボイコネ投稿作品。

お疲れ様でした。
ここまで読んで頂きありがとうございます。

再掲載するか迷っていた作品ですが、
見出し画像の絵を描いたら書きたくなりました。
大分直したけど少しは読みやすくなったかなー。

二人称のお話って、語り手の主観が入るので
水に屈折した景色を見てるようで好きなんです。

本作は「私からみた『彼』の物語」1人読み版です。
『私』と『彼』に分けた2人読み版も書き直しが終わり次第、掲載予定です。
また多分忘れた頃にひっそりと投稿します(予定)
最後まで書き切れてよかった、ではまたどこかで。


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