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空手道業界をもっと良くしたい

福地さんというかたがYouTubeをしておられる。
その中で空手道業界の闇について伊藤蓮さんだったかな?
と語っておられた。
こういった若い世代が業界を良くしていくのはいいことだなと
僕は思う。

その中で言われていたのが、
押忍の精神で先輩から言われたら練習や指導に行かないといけないという話だ。
自分のためになるし、それはそれでいいと僕は思うのだが、
こういうパターンの時に指導料が出ない、
もしくは練習に強制的に参加させられているのに
練習料を徴収されるみたいなことがよくある。

これは悪しき伝統というやつで、
本当は先輩がお金をしっかり払ってやるものだと思うが、
そういった形でお金を徴収したり、
タダで指導させて、
会員からは自分がお金もらうみたいな
先輩がいたりするのだ。

その点正道会館の石井館長はめちゃくちゃお金の払いがよかったと、
明言されている。さすがといったところだ。

こういったお金周りをしっかりすることで、
空手業界が活性化すると思うのだ。
当たり前だが、お金の集まるところにひとは集まる。
空手は場所と身体があればできるので、
人数さえ集まればある程度回る。

そして、もう1点よくないポイントが、
「競技空手をあれは本来の空手ではない。」という人がいたり、
「本来の空手だったら、、、」みたいなことを言う人がいる点だ。
じゃあどのタイミングが空手なのか?
自分のしているのはちゃんとした空手なのか、
それを言い出したら琉球に残っている古流の空手の方が空手ではないのか?
じゃあ大元のテイや白鶴拳の方が由緒正しいのではないか?
と言おうと思えばなんとでも言える。

挙句テコンドーを批判して、空手ならあの軸足は駆られるという人がいたりする。
そもそもルールが違う競技の話をしているのだ。
ボクシングの選手相手に
「オレやったら蹴るけどね。」といっているようなものだ。
そもそもルールが違う。

いつも紹介している歯科医師が学会で発表した時に、
空手のルールが複数あることから、
伝統空手のルールといってもわかる人しかわからないと考え、
「オリンピック空手道競技」という表現を使っていた。
これはわかる。

どのタイミング、どのルールを空手とするのかというのは、
自分が決めることではない。
厳密に言うと自分の中でこれこそ空手だと思うのはいい。
しかし、それを他人も同じ基準を持っていると思ってはいけない。

僕が思うのは、競技空手は競技空手でよくって、
空手道に触れるひとが多くなれば、
武術的な空手道に興味を持つひとがいたり、
フルコン系の空手に興味を持つひとがいたり、
裾野が広がれば業界が盛り上がると思うのだ。

このお金にせこいひとがいたりとか、
他の空手ないし、他の競技を批判する人がいるというのは、
正直程度が知れる。
僕がいつもいう格闘技界の頭が悪い人が多い問題に発展する。

何度も断るが僕が頭いいわけではない。
僕より頭がいいひとはいくらでもいる。

僕はまだしごきがしっかりあったり、
体罰が許された時代に生きた生き残りだ。
正直自分の考えは古いと思う。
これからの若い世代に業界を変えてもらえたらと考えている。

老兵はただ去るのみなのだ。

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