2023/06/12「よし、いいぞ。」

 目を覚ますと、街には雨が降りしきっていた。街は雨に降られることで綺麗になって嬉しいのかもしれないが、私はまったくダメだった。頭痛がして何もする気が起きなかったので、ベッドの上で寝転がったままぼーっと天井を眺めていた。8時すぎには家を出なければならないが、あと2時間はダラダラしていても問題ない時刻だ。巷ではスキマ時間をどう使うかで人生が変わるとか言われるけど、私にはそもそもどこからが隙間なのか分からない。もしかしたらこの2時間は隙間なのかもしれないが、熟考した結果、この2時間は隙間には該当しないであろうと判断した。

「あー、二度寝したいのに寝れないなー。」

 カーテンから射す光が次第に強くなってきた。まずい、そろそろ起きなければならない。道路を走行する車の音も窓を揺らすように大きく聞こえてくる。他の人はもうすでに朝ごはんを済ませて社会的な活動を開始している。私も早く起き上がっていつもの生活をはじめなければならない。そう思うと、ようやく決心がついて起き上がることができた。よし、いいぞ。

 アパートの角部屋に住んでいるので、身支度を進めている間、ずっと雨粒の外壁を打つ音が鳴っていた。

「ポ、ポト、ポ、ポタタ、ポポ……。」

 うるさい……。不規則な音であるはずなのに、脳が勝手に規則性をつくりあげてしまう。嫌だ。騒がしくてもいくつかの雨音だけに意識を向けることができるのはすごい能力だけど、自分の意識の存在があらわになるのでダルい。音をごまかすために、ベッドの上のスマホに手を伸ばして適当な音楽をかけることにした。頭の中の勝手な規則と注意が聞き馴染んだ音楽のリズムによって固定されてだいぶマシになった。よし、いいぞ。

 今度は、頭のなかに流れ続ける自分の言葉が嫌になってきた。視界に入るものについて「ここがいいな、でもなぜ?そういえば、どのようにして『いい』と思うことができるのか」と脳がぐるぐると意味について考えてしまう。そういう類の思考は無限に背進するのでつらい。行き先のない言葉が頭の中で滞って大行列の騒ぎをはじめる。ズシンズシンと足踏みをして頭痛を引き起こす。痛い。そこで、Twitchで適当な実況者の配信を見ることにした。視界に映される画面情報に対して実況者が勝手に言葉を与えてくれる。私はその言葉を頭の中で理解して、安易な返答をするだけでいい。吹き溜まりの行列が多少おさまって、頭痛が軽減された。よし、いいぞ。


・すべてが自分の外側にある一日だったので、少し小説(?)仕立てに書いた方が面白みが出るのではと思い、書いてみた。でも日記として書くには大変すぎる。慣れないことはあまりするものではないな。

・こういう日は自身の主体性の無さが浮き彫りになってげんなりする。欲と理性と身体とが一致すれば動けるのだけど、そうでないときは頑張って元気を出さないと動くことができない。元気ってかなり頑張らないと出ないのに、頑張るのにも元気が必要なので大変だ。だからというわけではないけど、そういう元気の体力がある人のことを尊敬している。

・純粋な欲、たとえば寝ようとかスマホを触ろうとかは自然に遂行される。この場合、いつの間にか欲しており、そのまま行動することができるため、「欲求が然るべき行動によって満たされる」という自然な理路が成立する。しかし、そうでない場合は、「行動によって満たされる欲求を用意する」という逆の理路を成立させる必要がある。言い換えると、手続き的、義務的なものになる。マウス実験でも明らかなように、逆の理路を働かせるには外的な要因を用意しておく必要があるが、それがなかなか難しい。一人でどうにかできるものじゃないなあといつも思う。

・うるさい、黙りなさい。今日もがんばって元気出すぞ!うおー!

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