2023/06/05「閉ざされたユーモアと一本満足バー」
・今日は午後の講義を1時限だけサボって、家で本を読んだり、ゲームをしたりと駄目な大学生生活をした。(既によく知っている話題の回の)講義を受けるよりも有意義に時間を過ごすことができたとおもう。しかし、同時に罪悪感にも苛まれた。講義を意図的に休んだのは入学してから多分3回目くらいだけど、全然初めてインフルエンザに罹った小学生の気分だ。
・休んだ3回のうち全てにおいてこの感覚があるので、どうやら意図的であってもなくてもこの種の罪悪感は生じるらしい。知人が馴染みの場所で同じ時間や経験を共有しているにもかかわらず、自分は私的な場所で別の時間を過ごしているという状況に、自分だけが隠し事をしているような気分になって罪悪感を覚えているのかもしれない。
・ところで、今日の午前中にきちんと受けた講義(の一部)は、「ユーモア」と「パロディ」を扱うものだった。内容については、細かい部分を省くと、大きく以下の2点に集約できる。
1.笑いの技法は共通であっても、笑いの感覚は地域的・時代的なものであったこと
2.反権威的な文脈で使われてきたパロディは、それらの文脈から離れてもそのもの自体に価値があること
「そうだよね!私もずっと真面目でずっとバカバカしい話がすき!」
・授業を受けて、とても雑ではあるけれど、私にとってのユーモアの定義を考えてみた。それは「ユーモアとは、言語ゲームの内部/外部から自分を理解することであり、また、同時に理解された自分を他者の前にさらけ出すこと」である。この定義は、ユーモアは子どものように心と現実を自由に行ったり来たりすることを可能にしているのではないか、という発想をもとにしている。なので、この定義を別の言葉で表すなら「自身の外側にある現実の価値観を内側の心の価値観で読み替えたり、その逆をしたりすること」ともいえる。心で現実をからかったり、現実で心をからかったり、そういう反復によって現実と心の適度な距離感の把握を可能にしてくれるのが私にとってのユーモアである。
・先にあげた「駄目な大学生生活」という恥ずべき自虐の言葉もその意味で一種のユーモアであるといえる。この言葉には「自分は駄目な人間としてそのまま生きたい」という内側の自意識と「大学生は〇〇する/であるべきだ」という外側からの要請(規範)との矛盾がある。しかし、実際はどちらも自身による思い込みの問題であると気づく。そのように言語ゲームの内/外から自身を理解した上で、「駄目な大学生生活」という言葉を再び表に出す。そうすると、その言語ゲームの内側に囚われていた自身の滑稽さが笑えてくるのである。
・しかし、こういうユーモアは大分使い古された感じがある。大学生の内輪を作り出すための常套句としか見られず、ユーモアが持っている現実や心の問題への悲痛に目が行かないようになっているのではないだろうか。そうだとすると、自身を言語ゲームの外部/内部に位置づけて楽しむことよりも、ただその態度を表明することが重要になっているということになる。言い換えると、外部に開かれないままでいる「内部に閉ざされたユーモア」と言うことができるかもしれない。
・先の例で言えば、「自分は駄目な人間としてそのまま生きたい」という内側の自意識と「大学生は〇〇する/であるべきだ」という外側からの要請(規範)との矛盾に囚われて苦しんだままで、自分のことを本当に駄目だと思いながら、他者にそのような自分をさらして消費しているという場合がありうる。閉ざされた現実や心の問題を他者に共有して悲痛なままに笑っているというのは不健康だが、そうすることで初めて照らされる部分もあるので安易に否定はできない。
「ずっと真面目にやっていると、心が現実から、現実が心から閉ざされていくような気がするね!」
・それはそうと、今日は人生ではじめて「一本満足バー」を食べた記念すべき日なので、その感想について書こうと思う。
・まず、最も重要な点である「本当にこれだけで満足するのか?」という点について触れておかなければならない。なぜなら、これまでの私は「こんなので満足するわけがないじゃん」と一本満足バーを馬鹿にしていたからだ。
「まじで満足した……?この私が、こんな棒切れで満足させられるだと?」
・私は食事の量はきちんと摂る方(質は駄目)で、平均して1日約1,800kcal程度は摂取している。なので、昼食として「一本満足バーシリアルブラック糖類80%オフ(179kcal)」だけでは原理的に物足りないはず……。どうして……?
・どうして満足したのかはわからない。が、現実には存在しないと思っていた「一本満足バーによって満足させられた人間」として生きていかなければならないというのは揺るぎようのない事実である。このどうしようもない事実を受け止める前に、1つだけ不満な点を述べたい。それは、断面が鳥の糞に似ているという点だ。とても胃袋を満足させられるような見た目をしていないので、なんだか不安になってしまう。むしろ、胃袋に吸収されることなく捨てられた排泄物の見た目に近い。くやしい~。でも、ふつうに味も美味しかった~。
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