フードファイティンガー　爆食！！　その4

　踊杭鮮海鮮中学校（おどりぐいせんかいせんちゅうがっこう）三年　フードファイティング部主将の山俵　竜（やまだわら　りゅう）は爆食院　饕餮（ばくしょくいん　とうてつ）との”高速融解かき氷”でのフードファイティングを終え、彼の才能と未発達さを肌で感じた。しかし、後輩の桜餅　大納言　猿田彦（さくらもち　だいなごん　さるたひこ）の言った「胃を開いてはいけない」という言葉の真意は掴み兼ねていた。何しろ、爆食院　饕餮のフードファイティングでの強みといえば柔軟な顎と驚異的な消化能力であり、胃を膨らませる技術とは相性が良いはずである。この定石をなぜ桜餅　大納言　猿田彦は外したがるのか、山俵　竜は後輩の考えを知るために、皆が帰らせた後、爆食院　饕餮と少し話すことにした。蝉も静まった18時過ぎ、橙ではない陽光を背にして爆食院　饕餮を隣に座らせる。二人の視線の先には輝かしい一昨年の写真と賞状だけが飾ってあった。

第12回フードファイティング全国インターハイ中学生の部優勝　

山俵　竜

　去年の賞状はどこにもない。山俵　竜は一昨年、一年生にして全国の頂点に立った。当然、多くの期待が降りかかった。山俵　竜はフードファイティングの考案者の一人である山俵家の男であり、フードファイティングへの思いは人一倍強かった。それゆえ、他者からの期待は枷にはなれど、トレーニング機器と何ら変わらない。では、なぜ彼は去年の大会に出場しなかったのか。強豪踊杭鮮海鮮中学校を作らなかったのか。理由はただ一つ。桜餅　大納言　猿田彦の存在である。

「爆食院よ。フードファイティング、どう思う？」

「・・・楽しいっすけど。今日も初めて主将と合ってやりましたけど、胃を満たしてるのに体が飢えてるんすよ。満ち足りない喜び、というか・・・」

「そうか。すまない、普段もっと平日の部活にも顔を出せればな」

　山俵　竜は三年生になり、受験や自分の家のことで常に部活動のことだけをしていられなくなっていた。フードファイティングには触れている。ただ、フードファイティング部には触れていられなかったのだ。土日になれば活動に参加もできるのだが、爆食院　饕餮は桜餅　大納言　猿田彦が特訓に連れまわすため、土日に顔を出さない。

「・・・桜餅は元気か？」

　育ちか生まれか、威厳のある人物である山俵　竜が爆食院　饕餮には先程から小さく見えている。姿勢は良いのに、今日のフードファイティングで自分は負けたのに、全国一になったこともある人なのに、どうしてこんなに弱く見えるのか。爆食院　饕餮には何もわからない。山俵　竜がこの部活でどのような二年を過ごしたのかを知らない。彼は元気である、としか言えなかった。

「そうか」

「そうなんすよ。先輩はすごくて、俺いっつも色んなこと教えてもらったり、見せてもらったりで。特訓はきついときもあるけど、ほとんど楽しくて、いや、楽しいっても遊びの楽しいじゃなくてっすね。真剣な楽しいで・・・」

　爆食院　饕餮は立ち上がって語り続けた。自分がいかに楽しいか。夏の夕日を背に受けて、暗くなった主将に思う存分語った。山俵　竜の表情は見えなかったが、時折大きくうなずく主将を見て爆食院　饕餮は自分の中にあるものを全部語った。語りつくした。そうして、少し気恥ずかしそうに席に着いた。山俵　竜は自分の賞状を見つめたまま、言葉をこぼす。

「あいつはすごい奴だからな。楽しくて、元気なら、良い」

「さ、爆食院。もうそろそろ帰ろう。鍵は私が返しておく。明日、学校に遅刻するなよ」

　山俵　竜は席を立つ。扉を開けて爆食院　饕餮を待つ。爆食院　饕餮は駆けて教室から出る。扉を閉め、鍵を掛ける。

「主将、さよならす。今日はありがとうございました」

「ああ。頑張れ、いや違うな。頑張ろうな」

「はいっす！それじゃあ！」

　爆食院　饕餮は廊下を掛けていく。そして陽光が差し込む曲がり角へと消えていく。山俵　竜はそれを見送った。先ほどまで居た部室に、去年の自分が見える。大会当日の日にぽつりと部室で座る自分。隣には誰もいない、空の椅子。期待され、アメリカに行き、帰ってきて県予選にすら不参加を宣言した桜餅　大納言　猿田彦。そんな彼の隣に山俵　竜は座ったのだ。大会当日の誰もいない部室で初めてフードファイティングから逃げて、二人で黙って夏の日を過ごした。あの時から、山俵　竜は立てていなかったのだ。桜餅　大納言　猿田彦はとっくにいないのに。

　山俵　竜は職員室に鍵を帰しに爆食院　饕餮とは反対側に歩き出した。光は背に向ける。それでいいのだと、そう思えた。

　ついに始まる全中インターハイ。爆食院　饕餮はシングルの部で出場する。しかし、県予選表を見ると反対のブロックには、風秤寺　窮奇（かざはかりでら　きゅうき）の名前があった。ダブルスではなくシングルで出場した真意とは？しかも、三回戦まで進めば主将山俵　竜と当たってしまうことに！？
　そして、今年も欠場した桜餅　大納言　猿田彦の真意とは・・・