見出し画像

フードファイティンガ―爆食!!その5

 青山竜舌焼中学校(あおやまりゅうたんしょうちゅうがっこう)はフードファイティングの名門中学として広く名を知られている。部費の手厚さからくる設備の充実ぶりは県内一で、何度も全国インターハイに出場し、ベスト4以上の結果を残しいている。去年はダブルスの部で一年生の若き天才、風秤寺 窮奇(かざはかりでら きゅうき)が全国で頂点に立った。そんな全国トップクラスフードファイティンガーの風秤寺 窮奇であるが、今日は県予選の会場となった学校で会場準備をしていた。パイプ椅子を何個も並べ、ビニールテープで各学校ごとの荷物置き場を作る。男女混合競技であるため更衣場所には気を使い、学校中の教室を使った。そうした準備を終えると、県予選は始まる。ただ、当の風秤寺 窮奇はシードだったので今日は暇をしていた。裏門近くの日陰の花壇に座り込み、ぼーと会場を眺めている。太陽がアスファルトを焼いている中、汗もかかずに歩き回る蟻たちが何度も近づいてきては離れていく。どこか寂しい、夏の日だった。

「随分と余裕そうじゃねぇか。デース。キュロキュロ(駆動音)」

 無茶苦茶に付けた片言と身体に付いた機械の駆動音。同い年で別の中学校に所属し、おそらくライバルに当たるはずであった桜餅 大納言 猿田彦(さくらもち だいなごん さるたひこ)が目の前にやってくる。去年から何度もその実力と期待を耳にし、フードファイティングで肩を並べる日が来ると信じていたが、未だにその機会は訪れていない。なぜか今彼は一人の後輩の監督をしている。

「隣いいか?デース。ミャキミュム(駆動音)」

「普通に喋ってくれたらね」

「しょうがねぇなぁ。キュロリュキュ(駆動音)」

「なんでいるの?今年も出ないんじゃなかった?」

「あいつが出るんでね。先輩として色々見てやったのさ。キャプミュロ(駆動音)」

「ああ、饕餮君か。まあ彼ならそんなに苦労しないで予選を突破できるだろうね」

「俺が教えてるからな。予選だろうがぶち抜かせるさ」

「・・・まあ、その方が彼らしいかもね」

 爆食院 饕餮(ばくしょくいん とうてつ)とは一度練習ファイティングで相手をした。そのときは初めてのシングルというのもあり、少し追いつかれもしたが勝利した。あれから二か月。相当の力を付けているはずだろう。が、そこまでの進歩が無いということが何となく確信できる。この桜餅 大納言 猿田彦から白さを感じないからだ。

 風秤寺 窮奇は目と頭が良い。高い動体視力から得た情報を適切に捌ける頭脳を持っている。それが彼の武器である。しかし、それだけではない。名門中学校による洗練されたトレーニングと誰にも負けない日々の努力で彼は自分の武器を効果的に機能させている。そんな彼だからか、才能に任せるような食べ方を爆食院 饕餮にさせるのは不思議でならない。爆食院 饕餮を本当に勝たせるのならばもっと才能を生かせる土台を作らせるはずで、それなのに桜餅 大納言 猿田彦からそういった気配を感じない。勿論、何かしらのトレーニングを積ませてはいるのだろう。ただ、桜餅 大納言 猿田彦の目はどうにも勝利への道を見ていない。

「当り前だろ。お前だってあいつの力を肌で感じたろ?キュキュロ(駆動音)」

「まあね」

 風が吹いた。校庭の砂を巻き上げて球技に勤しむ男児を襲った風は、日陰では恵みの風だ。爽やかさが心を潤す。

「さて、そろそろ彼の出番だと思うが」

 風秤寺 窮奇が時計を指さす。桜餅 大納言 猿田彦はそれを見て、慌てることなく立ち上がって尻の砂を払った。上半身を軽く捻り、大きく伸びをして、さよならの挨拶もせずに歩き出した彼に風秤寺 窮奇は声を掛ける。それは決して応援の言葉ではなく、審判の言葉であった。

「なあ、なんでお前は出ないんだ?」


 あの人が出るから、出ないのさ


 そう言って去ってしまった。桜餅 大納言 猿田彦は常に自分の本心を隠そうとする。そのくせ、誰かに暴いて欲しくてたまらないのだ。そういう人間臭さというものを風秤寺 窮奇は愛していた。一人の少年の人生を自分のために使う我儘とそれを善意に見せる醜悪さ。恐らく、桜餅 大納言 猿田彦は山俵 竜(やまだわら りゅう)の名誉を取り戻すことしか考えていない。フードファイティングの創設者の血筋であり、一年生でシングルの全一を取り、二年生では急な棄権。あまりいい話をされなかった一年間は桜餅 大納言 猿田彦には耐えがたい苦痛だったのだろう。

 桜餅 大納言 猿田彦の後ろ姿は小さくなっていく。寄せては返す、夏の日。風秤寺 窮奇は彼の目的が達せられるまでは何があっても彼の味方でいようと、彼に倣って誰にも告げずに決意した。



 桜餅 大納言 猿田彦の作戦通り、爆食院 饕餮は初戦を圧倒的な大差で勝利する。相手になった三年生は二度とフードファイティングをやることはないだろう。それくらい彼の圧倒的な食は凄まじかった。これは今年のインターハイを荒らすだろうと誰もが考えた。同会場、山俵 竜もまた一年ぶりの大会であるにも関わらず、その食を発揮した。来るべき決戦の三回戦まであと一勝。しかし、二回戦を迎えようとする爆食院 饕餮は自分の体に違和感を覚えるのだった・・・

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?